不動産テックへ高まる期待
◆不動産テックとは
不動産テック(Real Estate Tech)とは、不動産(Real Estate)とテクノロジー(Technology)をかけあわせた造語で、IT技術と不動産の融合による技術革新を目指す取り組みのことである。金融分野で注目を集めるフィンテック(Fintech)に数年遅れ、昨年あたりから日本でも関心が高まっている。
不動産業においてIT技術を活用しようという動きは、今に始まったことではない。リクルート社の「SUUMO」やLIFULL社の「HOME'S」、アットホーム社の「at home」などの不動産情報サイトは、すでに身近なサービスとなっている。しかし、IT技術の活用は特定の業務領域にとどまり、不動産業全体に浸透したと言える状況ではない。不動産業でIT化が遅れている理由としては、不動産がIT化しにくい商品であることや、不動産業が他の業界と比較して保守的であることが指摘されている。
不動産テックの機運がさらに高まり、不動産業に変革をもたらすのだろうか?
昨今のIT技術の進歩には目を見張るものがある。先進的なIT技術を武器に、新興企業が中心となって、幅広い業務領域で革新的な不動産サービスがリリースされ始めている。しかし、どこまで普及するかは、現段階では未知数である。
日本の不動産業の課題として、IT化の遅れは長年指摘されてきた。不動産テックによりIT化が進めば、情報の非対称性や取引の煩雑さなど、不動産業の課題が解決される可能性もある。また世界と比較しても低いとされる、日本の不動産業の労働生産性が向上していくとの期待も大きい(1)。
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(1)厚生労働省(2015)「平成27年版 労働経済の分析」によれば、2000年代の日本のIT資本投入は米国の10%程度の水準である。また日本の不動産業の労働生産性は米国の40%程度である。
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◆不動産テックの類型
不動産テックにおける主要な不動産サービスは、以下4つに分類できる。
マッチング
取引相手の情報などを収集・提供するなどして、買い手や売り手などを結びつける機会を創出するサービスである。「SUUMO」や「HOME'S」、「at home」などの不動産情報サイトはここに分類できる。最近の不動産テックでは、不動産の売買・賃貸のみならず、リフォームやリノベーションなど不動産に関する幅広い分野のマッチング・プラットフォームが誕生している。また米TenSource社は、オフィス・商業ビルのオーナーが入居テナントを探すことのできるサービスを提供している。これまで一般的だったテナントが仲介会社を通してビルを探していたプロセスを逆転させる面白いサービスと言える。また仲介会社を介さずに直接取引できるP2P(Peer to Peer)のマッチング・プラットフォームの検討も進んでいる。
不動産情報提供
不動産情報を収集・加工・分析し、提供するサービスである。特に不動産テックでは、AIやビックデータを活用して不動産価格を推計することで、情報の非対称性を改善しようというサービスが多い。米Zillow社は世界的な不動産テックの先駆者とされるが、同社の「Zestimate」は、不動産登記情報や統計データを元に不動産価格を推計するサービスである。また日本でも、マンション価格を推計するマンションマーケット社の「マンションマーケット」や投資用不動産価格を推計するリーウェイズ社の「Gate.」などのサービスがある。
小口化
権利や資金などの形や大きさを変えることで、新たな流動性を創出するサービスである。不動産のシェアリングサービスやクラウドファンディングなどがこの分類にあたる。例えば民泊サービス大手である米Airbnb社(エアビーアンドビー)は、1ヶ月単位の契約が一般的だった賃貸借契約を1日単位に小口化することで、持ち家や賃貸住宅を宿泊施設に変えた。またクラウドファンディング大手の米Fundrise社は、不動産の資金調達を小口化することで、少額資金からの不動産投資を可能にした。2011年の米国同時多発テロで倒壊した世界貿易センターの再建プロジェクトにおいて、同社のクラウドファンディングを通じて一部の資金を調達したことで話題となった。日本の例を挙げると、不動産のシェアリングサービスであるスペースマーケット社の「スペースマーケット」や駐車場シェアリングサービスであるakippa社の「akippa」、クラウドファンディングを提供するロードスターキャピタル社の「OwnersBook」などがある。
業務効率化
IT技術を活用することで、不動産会社の業務を効率化するものである。米View The Space社の賃貸仲介やアセットマネジメント向けの業務を支援するクラウドサービスは、不動産ポートフォリオの状況をリアルタイムでモニタリングしたり、パフォーマンスレポートを作成するなど幅広い業務を自動化・効率化できる。日本では、物件確認の自動応答サービスであるイタンジ社の「ぶっかくん」や、VRを活用して現地に赴くことなく物件を内見できるナーブ社の「VR内見」などがある。
以上のように、日本における不動産テックで注目を集めているのは、今のところマッチングや不動産情報提供に関連したサービスである。また活用されているIT技術も、AI(人工知能)、ビッグデータ、VR(仮想現実)、スマートフォンなどが多い。しかし今後、不動産テックにおいて注目されるのは、ブロックチェーンという技術の活用である。不動産業の労働生産性を大幅に向上させる可能性を秘めているからだ。
ブロックチェーンの不動産への応用
◆ブロックチェーンとは
ブロックチェーンとは、資産や権利などの情報を、インターネット等を通じて複数の参加者で共有しながら、記録・保管する技術である。これまで重要な情報は、特定の管理者が巨額のコストをかけたデータサーバーなどで集中管理することで、正確性や安全性を担保してきた。しかし、ブロックチェーンでは、管理者がなくても、正確性や安全性の確保が可能となる。これがブロックチェーンの画期的な点である。というのも、特定の管理者が特定の場所で保管することで情報の信頼性を担保するという構造は、情報を紙で管理していた時代から、電子化された現代においても、変わっていなかったからだ。そのため、ブロックチェーンは、パソコンやインターネットに匹敵する技術革新だとの声もある(2)。
ブロックチェーンを活用することで、セキュリティが高く、ダウンすることのないシステムを低コストで実現することが可能だと言われる。現在は管理者が巨大なデータサーバーに保管し、何重もの対策を施すことで、システムの安全性や安定稼動を保証しているが、ブロックチェーンではこれらが不要となる。複数の参加者がデータを共有しているため、1ヶ所が止まってもシステムを稼動し続けることが可能だ。また、参加者間でデータが共有されることで、複雑な事務プロセスを簡素化することができ、事務コストを削減できるメリットもある。システムコストよりも事務コストの削減効果が大きいとの見方もある。
また、ブロックチェーンはコストを削減するだけでなく、今後の産業構造を変える可能性があるとも言われる。ブロックチェーンと親和性が高いとされる分野は多岐にわたるが、経済産業省の報告(3)では有望な分野として以下の例を挙げている。
1.価値の流通・ポイント化プラットフォームのインフラ化(地域通貨、電子クーポン、ポイントサービス)
2.権利証明行為の非中央集権化の実現(不動産登記、電子カルテ、各種登録)
3.遊休資産ゼロ・高効率シェアリングの実現(デジタルコンテンツ、チケットサービス、C2Cオークション)
4.オープン・高効率・高信頼なサプライチェーンの実現(小売り、貴金属管理、5.美術品等真贋認証)
5.プロセス・取引の全自動化・高効率化の実現(遺言、IoT、電力サービス)
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(2)ネットスケープ社を創業したマーク・アンドリーセン氏は、2014 年時点のブロックチェーンを「1975 年のパーソナル・
コンピュータ、1993 年のインターネットに匹敵する技術」と述べている(New York Times 紙、2014 年 1 月 21 日)。
(3)経済産業省(2016/4/28)「平成27年度 我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備(ブロックチェーン技術を利?したサービスに関する国内外動向調査)報告書」
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◆不動産業へのブロックチェーンの応用
不動産分野でのブロックチェーンの応用例としては以下3つを紹介したい。
不動産登記を含めた不動産情報の記録・管理
ブロックチェーンの不動産分野への応用としては、不動産登記が有望事例として紹介されることが多い。現在は政府などが管理者となり、登記情報の正確性・安全性を担保している。しかし、ブロックチェーンを活用することで、管理者が不要となり、コスト削減や登記手続きを効率化できる。また不動産登記システムのセキュリティが高まることで、不動産取引の安全性が向上する可能性もある。
海外では、すでに実証実験などの取り組みが見られる(4)。一方、日本での動きは、やや遅れているが、今年4月の規制改革推進会議の投資等ワーキング・グループでは、不動産登記にブロックチェーンを活用すべきとの提案もあり、不動産登記情報に加え、取引情報や課税状況などを含めた不動産情報プラットフォームを構築する案が示されている。不動産情報を集約したプラットフォームが構築されれば、情報の非対称性の改善につながり、中古住宅の売買活性化にも寄与するであろう。
スマートコントラクトによる不動産取引の電子化・自動化
スマートコントラクトは、ブロックチェーン上に契約を書き込み、設定された条件が満たされれば、契約を自動で執行する仕組みである。従来のデリバリーを約束する契約などでは、契約の執行が契約の相手方に委ねられることが多い。そのため、相手方が信頼できるか、第三者保証がないと契約は成立しづらい。しかし、ブロックチェーン上で、契約と執行をプログラム化すれば、相手方への信頼や第三者への保証は不要となる。契約内容が自動で執行されることの業務効率化のメリットも大きい。
不動産取引には多くの契約が伴い、また紙での契約書を用いることが一般的である。スマートコントラクトを活用すれば、契約書を電子化できることに加え、契約に付随した資金決済や不動産登記などの業務を自動化・効率化することもできる(5)。
日本でもブロックチェーンを不動産取引に活用しようという動きが出てきている。売買契約ではエスクロー・エージェント・ジャパン社、賃貸借契約ではAMBITION社が実証実験を行っている。また積水ハウス社は2017年度内に、スマートコントラクトの仕組みによる不動産情報管理システムの運用を開始するとしており、将来的には銀行、保険、不動産登記、マイナンバーなどとの連携を図るとするなど、今後の動向が注目される。
IoTによる不動産管理の効率化
IoT(Internet of Things)は、パソコンやスマートフォンなどの情報通信機器のみならず、身の周りのあらゆるモノがインターネットでつながる仕組みである。モノの情報を収集・分析・活用することが可能となる。例えば、IoTの先進企業であるGE社は航空機エンジンにIoTを活用している。航空機エンジンにセンサーを取り付け、その情報を収集・分析することで、故障を事前に察知し、整備・修理などのコストを削減している(6)。
IoTでは、常時ネットワークに接続しているため、セキュリティの確保が課題となる。その解決策としてブロックチェーンへの期待が集まっている。IoTにブロックチェーンを活用している例として、トヨタ自動車の研究機関であるToyota Research Institute社(TRI)による自動運転車の開発がある。ブロックチェーンを利用することで、自動車会社や車の所有者などが、走行実績のデータを安全に蓄積・共有することが可能になり、自動運転車の開発が加速すると期待されている。また将来的には、カーシェアリングや走行距離に応じた損害保険などのサービスを、スマートコントラクトを利用して提供することも視野に入れている。
不動産分野におけるブロックチェーンを活用したIoTの取り組みは、世界的にも多くない。日本で不動産に関連した分野では、ディア・ライフ社がスマートロック、セゾン情報システムズ社がスマート宅配ボックスにブロックチェーンを活用しようという取り組みがある。
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(4)海外では、スウェーデン、ガーナ、ジョージア、ホンジュラス、ウクライナなど様々な国々で不動産登記のブロックチェーン化に向けた研究・実験が行われている。
(5)資金決済や不動産登記などの付随する業務を自動化するためには、それらのシステムもブロックチェーンなどで構築し、連結させる必要があるため、実現のハードルは低くない。
(6)GE社のIoTシステムは、ブロックチェーンを活用したものではないが、ブロックチェーンのメリットを鑑みれば今後導入される可能性はある。
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◆ブロックチェーン化された世界での不動産売買の仲介業務
不動産情報プラットフォームやスマートコントラクトが実用化された場合の、不動産売買の仲介業務を考えてみよう。
不動産売買の仲介をするにあたって、現在は不動産情報を収集するために複数の役所などを巡る必要があり、過去の取引価格や修繕履歴などはそもそもデータが存在しない場合も多い。しかし、ブロックチェーンによる不動産情報プラットフォームが整備されれば、スマートフォンなどから一括して情報を取得できるようになる。また、契約書はスマートコントラクトとして効率的に作成・管理することができる。各種手数料や税金、売買代金(手付金を含む)など複数にわたる資金の支払も、スマートコントラクトを利用すれば、契約に定められたとおり、自動で執行される。不動産売買で仲介会社が担ってきた情報収集や資料作成などの業務の多くが自動化・効率化される可能性がある。
消費者からは見えにくいが、不動産売買における仲介会社の事務作業は決して少なくない。これらの業務が自動化・効率化されれば、他の業務に費やす時間を捻出したり、一人の社員が多くの顧客を担当することが可能になる。例えば、顧客へのコンサルティングなど不動産の専門知識を活かした業務の比重が増えていくことが予想される。ブロックチェーン化された世界では、仲介会社の姿が今とは異なったものになるかもしれない。
まとめ
少子高齢化の進展により市場縮小が懸念される不動産業界では、海外事業を拡大するなどして、将来の売上減少に先手を打とうという会社も多い。しかし、少子高齢化は、物流・小売業界などで顕在化してきたように、従業員不足といった問題も引き起こす。今後は事業継続性という観点からも不動産業における生産性向上が喫緊の課題であろう。
不動産テックによるIT化の推進は対応策の一つである。特にブロックチェーンは、不動産情報管理や不動産取引、不動産管理の業務を大幅に効率化しうる技術である。
しかし、ブロックチェーンを活用する上では、課題も少なくない。そもそもブロックチェーンは技術として発展途上である。現在は、研究・実験段階にあり、海外でも不動産で実用化した例は少ない。またIT技術の活用による効果が期待される分野は、現在、効率が悪い分野とも言える。多くの人が関わっている業務と言い換えることもできる。そのためIT技術の導入には反発も予想される。そのため、いかにステークホルダーを巻き込んでいくかも重要である。
ブロックチェーンを活用した不動産サービスの創出には、腰を据えた研究・開発が必要とされるだろう。しかし、ブロックチェーンは生産性向上に大いに寄与するだけでなく、産業構造を変革する可能性がある技術でもある。不動産市況が好調な今こそ、ブロックチェーンのように、将来大きく花開くかもしれない技術への種蒔きが期待される。
佐久間誠(さくま まこと)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部
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