「クルマはいらない、高級ブランドもいらない」
「酒は飲まないし、タバコも吸わない」
「旅行もそれほど行きたいとは思わない」
「欲しいものもあまりない」

近年、メディアで「若者の○○離れ」といったタイトルを見かけることがあります。○○には様々な言葉が入りますね。私はバブル時代を経験しているのですが、実際に最近の若者に話を聞いてみると「なんと低欲求なのだろうか」と驚かされます。時代背景の違いでしょうか……。ただ、消費には消極的なのですが、一方で貯蓄等には関心が高い印象も受けます。

今回は若者の「○○離れ」「低欲求」の背景について経済学の観点からアプローチします。

バブル時代と現在、若者の「消費行動の違い」

ユースフル労働統計によると、大卒・大学院卒の男子の一生涯に受け取る給料(生涯賃金)は2000年の時点で2億7900万円でした。それが2013年には2億5470万円に減少しています。つまり、生涯賃金は13年間で2400万円も少なくなっているのです。

ただし、上記は正社員の生涯賃金です。非正社員はさらに3割近くも賃金が低いと言われていますので、生涯賃金もさらに低くなります。

収入が少なければ、欲しいものがあっても購入できないのは「当たり前」です。また、年金の受取額も将来減っていくのは確実なので、老後に対する不安から消費を控え、貯蓄に回そうと考える側面もあるかも知れません。

しかし、バブル時代の若者はローンを組んでまでクルマを購入していました。クルマに限らず、欲しいものがあれば借金をしてでも手に入れていたのです。時代背景の違いが、消費行動の違いをもたらしているとも考えられるのですが、それは具体的にどういうことなのでしょうか。

若者の「○○離れ」を経済学で考える

人間の一生涯にわたる消費行動は、経済学の「ライフサイクル仮説」で説明することができます。

「ライフサイクル仮説」とは、人間は「いま持っているお金だけ」を考えて消費するのではなく、「将来のお金(※一生涯に手にするお金)」も考慮しながら消費行動をするという説です。

バブル時代の若者が、ローンを組んでまでクルマを購入したのは「いま持っているお金だけ」ではなく、「将来のお金」も考慮した結果の行動といえます。この時代は空前の好景気と呼ばれ、今年よりも来年、来年よりも再来年と給料がどんどん増えることが「当たり前」と考えられていました。そうした「将来のお金」を考慮し、返済が可能と考えていたからこそ「安心して」自動車ローンを組むことができたのです。また、当時は公的年金制度や企業年金についても、不安など一切ありませんでした。定年退職後は悠々自適な年金生活が「当たり前」と考えられていたのです。

一方、いまの時代はどうでしょうか。もはや毎年確実に給料が上がる保証などどこにもありません。5年後、10年後に自分の年収がどのくらい増えているか、具体的にイメージできる人がどれだけいるでしょうか。それどころか、特に非正社員は収入が「途絶える」リスクもないとはいえません。公的年金制度や企業年金についても破綻はしないまでも、やはり「将来への不安」は否めず、ある程度の蓄えが必要となります。

そう考えると昨今の若者の○○離れ、低欲求も「起こるべくして起こった」と言えるのかも知れません。

若者は「いまの生活」に満足している?

私はバブル時代を経験しているので、いまの若者は大変だと考えてしまいがちです。ところが、本人たちは意外と「いまの生活」に満足しているようです。

内閣府が発表した2016年度の「国民生活に関する意識調査」によると、国民の約7割が現在の生活に満足しており、その中でも18歳から29歳の若者の満足度が特に高いとの結果がでています。

それによると、18〜29歳で「満足している」割合は20.6%で、「まあ満足している」を加えると83.7%になります。この結果は意外でした。

幸福度は「他人との比較」で決まる?

人間の幸福度や満足度は、自分だけで決められるのではなく、相手と比較して得られるとの説があります。これは経済学の世界では「相対所得仮説」と呼ばれています。

たとえば、自分の給料が増えると幸せな気持ちになりますね。でも、同僚の給料をたまたま知ったとします。そして、もしその同僚の給料が自分よりも高ければ、幸せな気持ちは一気に冷めてしまいます。人によっては不愉快な気分になるかも知れません。新車を購入したときもそうです。新車を手に入れて幸福度が最高になったのに、隣の家がもっといい新車を買った場合はちょっと悔しく感じるかも知れません。

つまり、私たち人間は他人との比較で自分の「幸福度」「満足度」を測ってしまうようなところがあるのです。

いまの若者は全体的に収入が落ちていて、横並びという感じなので、「相対的」に満足度が高い(不満を感じにくい)のかも知れません。そう考えると先の内閣府の調査結果もなんとなく理解できます。

若者が、将来のためにお金を貯めるのは、悪いことではありません。貯蓄があれば、精神的にも余裕ができて安心ですよね。でも、保守的なあまり、預金などの安全資産で保有をしているのは少しもったいないようにも思います。もっとお金のリテラシーを高め、「貯める」のはもちろんのこと、少しでも有利に「増やす」ことを学ぶことができれば、もっと幸せになれるのではないでしょうか。

長尾義弘(ながお・よしひろ)
NEO企画代表。ファイナンシャル・プランナー、AFP。徳島県生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。1997年にNEO企画を設立。出版プロデューサーとして数々のベストセラーを生み出す。著書に『コワ~い保険の話』(宝島社)、『こんな保険には入るな!』(廣済堂出版)『怖い保険と年金の話』(青春出版社)『商品名で明かす今いちばん得する保険選び』『お金に困らなくなる黄金の法則』(河出書房新社)、『保険ぎらいは本当は正しい』(SBクリエイティブ)、『保険はこの5つから選びなさい』(河出書房新社発行)。監修には別冊宝島の年度版シリーズ『よい保険・悪い保険』など多数。