投資教育は、従業員の加入時にはもちろん、加入した後においても継続して行わなければならないとされており、実施時期によって「導入時教育」と「継続教育」に分かれる。しかし、罰則規定がない努力義務であるため、その取り組みには企業間に意識格差がみられるのが現実だ。
(本記事は、山崎元氏著『
確定拠出年金の教科書
』日本実業出版社(2016/6/9)の中から一部を抜粋・編集しています)
「カタチだけ」投資教育
企業年金連合会が実施した「確定拠出年金制度に関する実態調査(平成25年)」によると、導入時教育が概ね全ての事業所で行なわれているのに対して、継続教育については、実施率が55.2%と、未だ6割に満たない状況である。
導入時教育についても、その具体的方法や教育の質までは問われないため、同連合会による実態調査では、導入時の教育は1回やって終わりという企業が全体の8割を超える。また、実施方法を見ても、殆どが集合研修や配布物などで済ませていることが分かる。
こうした「カタチだけ」の投資教育しか受けておらず、基本的な知識を得る機会のないまま運用を始めてしまった加入者は、何をどう選べばいいのか分からないまま、「とりあえず」元本確保型で全額運用しているというケースが少なくない。
確定拠出年金は、自分でリスクを負って運用する年金である。「会社が選んだものなのだから、これで十分だろう」と、デフォルト商品(大抵は元本確保型の定期預金といった商品だ)のまま運用していて、自分の望む通りの運用成果が得られなかったとしても、それはデフォルト商品を選んだ自分の責任になる。
もちろん、自分で判断をした結果、全額を元本確保型商品で運用するという選択肢もあるが、それは、よく分からないからと、考えることや自分で選択することを放棄してデフォルト商品のまま放置することとは、根本的に別の話だ。
率直に言って、知識がないために、金融機関の「カモ」となって、複雑な仕組みの商品に誘導され、不要に高い手数料と過度なリスクを払っていることに気付かず運用しているケースが方々で見られるのが現実だ。
どちらにしても、最終的には加入者個人の「自己責任」に行き着くとは言え、導入企業の側において、従業員の年金と投資教育に無関心でいるのはよくない。従業員の運用の巧拙は、従業員が最終的に手にすることが出来る実質的な経済的報酬に関わるので、会社がこれに無関心でいることは適当ではない。
「カモの養殖」型投資教育の危険
それでは、熱心に投資教育を行う企業に勤めている加入者は、皆が皆、幸運だと言い切っていいのだろうか。
導入教育が複数回に亘って行われ、継続教育も定期的に、外部から「プロ」の講師を呼んできて行われる場合、量は申し分ないのかもしれない。しかし、投資にかかわらず、教育に最も重要な要素は、その「質」にあることを忘れてはいけない。企業型の確定拠出年金において、特に不適切なのは、実施するべきとされている投資教育を、確定拠出年金を取り扱う取引金融機関に丸投げしているケースだ。
商品ラインナップを考える段階で、制度導入の採算を早く取りたい(加えて、もちろん儲けたい)金融機関のいいなりになった財務部が、取引金融機関に恩を売りたいという思惑から、商品ラインナップの選定を取引金融機関に任せて、実質的に「従業員を売り渡す」ような行動を取る可能性も無いとはいえない。
そうなると、ラインナップの中心は、制度を担当する金融機関グループの商品になり、適切な商品(シンプルで手数料の安い商品が適切である)が選択肢にない場合もあって、加入者である従業員には、お気の毒としか言えない事態となる。
適切な商品がラインナップに含まれていたとしても、同じ金融機関のグループから無料で提供される投資教育を通じて、加入者が、金融機関に好都合な商品(手数料の高いバランス・ファンドなど)に、誘導される場合が少なくない。
運用に関する教育的な情報提供は、運用会社や運用商品の販売者ではない独立した専門家から提供されることが望ましいと強く申し上げておく。
なお、確定拠出年金の選択肢に「自社株」を入れている企業を見かけるが、リスクが集中するので運用セオリー上好ましい事ではない(社員を安定株主にしたい経営者の気持ちは分かるが、それは我慢するのが真に社員のためを思う経営者としての見識だろう)
山崎元
経済評論家。専門は資産運用。楽天証券経済研究所客員研究員。マイベンチマーク代表取締役。1958年、北海道生まれ。1981年、東京大学経済学部卒業、三菱商事入社。野村投信、住友信託、メリルリンチ証券など12回の転職を経て現職。雑誌連載、テレビ出演多数。