私は経営をするのに読書は必須だと常々言っていますが、その際に注意しなければならないことがあります。それは、会社の事例研究にハマり過ぎないことです。成功事例の研究は確かに必要です。あの会社はどうやって事業を拡大したのか、あの社長はどう判断決断を下したのか、その事例を知ることで、なにかしら自分の経営に役立てるものが無いとは言えません。

(本記事は、岩松正記氏の著『 経営のやってはいけない! 』株式会社クロスメディア・パブリッシング (2016/11/14) の中から一部を抜粋・編集しています)

経営のやってはいけない!
(画像=Webサイトより ※クリックするとAmazonへ飛びます)

数字に注意、真摯に向き合う

しかしながら、大企業や上場会社の事例はあくまでも強者の事例です。カネもヒトも何でも揃っているところの実例を、そのまま真似てはいけません。特に組織作りの話や人事制度などは、話のネタとして知っておけば十分で、決して自らの会社に当てはめようなどと思ってはいけないと思います。

頻繁にマスコミ等に登場する事例にも注意が必要です。多くの場合、雑誌やニュースで取り上げられるような制度は単に時流に乗っているだけで、トライアンドエラーで数年のちに変わっているのがほとんどです。さらに、大企業と中小・ベンチャー企業との決定的な違いは、何と言っても収益力です。大企業にはスケールメリットが働くので、同じことをやっても効率が必ず良くなります。

そのために、利益率は中小・ベンチャー企業よりも必ず良い数字が出る。そんな大企業の指標を自分の会社に当てはめても、あまり…… というか、全く参考にはなりません。一般に公開されている指標や、それを用いた経営指標の数字も、そもそもが利益を出している企業を基に算出されるので同様です。

また、アンケートを基に集計した経営指標にも注意が必要です。

そもそもアンケート結果は、数字の良い会社は喜んで回答しますが、本当に数字の悪い会社はアンケートに答えるはずがありません。だから、集まる数字は良い数字になるのが当然で、それを基に算出された指標より、あなたの会社の数字が劣るのは至極当たり前のことなのです。

数字の分析に比較対象が不可欠なのは言うまでもありませんが、さらに、その数字の根拠が問題なのです。一番いいのは、自分の会社の前年や前月と比較することです。

では起業直後はどうするのか。そこで必要となるのが、自分で作った目安です。格好良く言えば「事業計画」。そんな大それた話でなく、いわば自分で作った数字の見積り。それと比較していけば十分です。それすらできないという人は、きついことを言うようですが、そもそも経営者になどならないほうがいいのかもしれません。

大社長のオーラを知れ

エイチ・アイ・エスの澤田社長(現会長)と打ち合わせで同席したときのこと。今でも思い出すのが、澤田社長が入室してきた時の様子です。

彼が入室した瞬間、会議室の空気がピンと張り詰めたのが今でも忘れられません。私は当然にその時が初対面だったのですが、その雰囲気というかオーラには全く圧倒された覚えがあります。

私が社会人の第一歩を踏み出したのは山一證券でしたが、1ヶ月に及ぶ研修の初日と最終日に社長の顔を拝むことができました。しかし大変恐縮ですが、その時私はまったくオーラというものを感じませんでした。今はなきその社長は大変小柄で青白い顔をしており、社員数万人の上場会社(特にその当時、山一證券は年間所得ランキング全国10位でした)にしては迫力の無い方だなぁと感じた記憶が残っています。

その後の社会人生活の中でも、中小・ベンチャー企業の経営者は言うまでもなく、売上数百億円の会社や急成長して世界展開している会社の社長など、非常に多くの経営者に私はお会いしてきました。しかし、私はそもそも物怖じしない性格なので何とも思ったことがありませんでした。それが、澤田社長に対してだけは、今でも忘れられないくらいの迫力を感じたのでした。

私の感覚などというものはたまたまのものだったのかもしれません。ただ、これまでも何人もの経営者と会ってきて、ある一人にだけは全く違ったものを感じたということは、本当にいい経験だったと思います。言葉で言い表すことのできない究極の感覚という経験は、自分の商売においても何らかの役に立ったと自信を持って言うことができます。感じたことの無い人間には間違いなく理解できない感覚ですが。

たった一人の経験でもこうですから、もっと数多くの成功した経営者に会えれば、これまた全く別の感覚を経験することができるでしょう。私の場合は幸運にも同じ部屋に同席できたので余計にそう感じたのかもしれませんが、これは大会場でのセミナーでも、感じ得るものはあるに違いありません。

若輩者は先達から学ばなければならないことには事欠きません。上手な表現はできませんが、その存在に触れることだけでも、私は大いに勉強になると思います。起業した者、起業を志す者は、積極的に大会社の社長と接触するチャンスを求めるべきです。その時の体験は、間違いなく将来の役に立ちます。

成功は「運」のおかげ、失敗は「自分」のせい

倫理法人会の会合で、菓匠三全の田中社長から「萩の月」誕生秘話を伺った時の話。最後に「成功した理由は何でしょう?」と一緒に聞いていた人が尋ねたところ、田中社長はちょっと考えて一言、「運だな」とおっしゃいました。

「ある状況で判断を求められた時、後から考えてなぜその時そう判断したかわからないことがある。でもその時はそれがベストだと思って行動した。その積み重ねの結果が今の状況だ」と言うのです。その時は取り巻き全員で大笑いになったのですが、後でよくよく考えると、やはりこれこそが真理ではないか、と強く思うようになりました。

松下幸之助さんもまた、自分のことを「運がいい」と言っているそうです。

松下さんは社員の面接で必ず「運がいいか?」と尋ね、「運がいい」と答えた人間を採用したという逸話があります。これは、自分のことを「運がいい」と考えている人は逆境においても人のせいにしないからだとか。ことの真偽はともかく、世界的企業の創業者もまた、「運」を大事にした人であると言えます。

こう言われると、何か自分ではどうすることもできない力に左右されてしまうのかと思うかもしれません。事実、世の中は自分の思い通りにはいかない。それは誰でも経験済み。いくら努力しても成果が出ないことなんてことはザラです。何で結果が出ないのか、何で自分は認められないのか、悩むことも多いでしょう。

そんな時、悩んだ心を救うのは宗教……という人も、それはそれで結構。しかし本来、ビジネスの悩みはビジネスで解決するしかありません。

松下幸之助さんはこうも言っています。

「運がいいと思えば運がよくなる。悪いと思えば悪くなる。運がいいとか悪いとか、本来そういうことはなく、本人がどう思うかである」「けっして失敗を運やツキ、他人のせいにしてはならない。そして成功は自分の力量とうぬぼれないこと」。

これを見ると、成功は運のおかげだが、失敗は自分のせいであって運のせいではない、と言っていることがわかりますね。

成功するという目標のためには自分が頑張るしかない。しかし、運だけに頼ったり、やみくもに自己満足の努力だけしても決して成功はしない。結局、運は成功するための要素の一つ。運とは自分の行動の結果なのかもしれません。

岩松正記(いわまつ・まさき)
政府系起業支援団体の第1期アドバイザーとして指名数東北北海道No.1(全国3位・起業相談部門)となった税理士。山一證券では同期トップクラスの営業成績。地元有名企業のマーケティング、ベンチャー企業の上場担当役員等10年間に転職4回と無一文を経験後に独立。開業5年で102件関与 と業界平均の3倍を達成。