シンカー:政府の働き方改革の推進もあり、企業は賃金の引き上げや待遇の改善に取り組み、既に職を持っている労働者のよりよい条件の職を求める動きが活発になっている。5月の失業率のリバウンドはよりよい職を求める労働者が増加したテクニカルなものであり、新規求人倍率が急上昇していることからみても労働需給がかなり引き締まっている状態に変化はなく、6月の失業率は低下する可能性がかなり高いだろう。失業率が異次元である2%台に再び低下し、正社員の有効求人倍率が1倍を越えた段階で、企業の人材争奪戦が明確になり、賃金上昇は加速していくとみられる。よりよい職を求める動きによる失業率の一時的な上昇は賃金上昇へ向けたポジティブな動きであると判断する。企業の強い雇用不足感がサービス業を中心に物価上昇圧力になり始めている。2017年の実質GDP成長率は3年連続で潜在成長率を上回る可能性が高く、「マクロ的な需給バランス」は更に改善していく可能性が高い。物価は緩やかに持ち直していき、2018年前半までに全国コア消費者物価指数が前年同月比で1%程度に戻るだろう。人手不足により企業は効率化と省力化を設備・機器への投資で進めなければならなくなっている。資本財の生産と先行きの計画はかなり強く、設備投資には大きな動きが見え始めたと判断する。来週公表となる短観で2017年度の企業の設備投資計画は大幅に上方修正されるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(写真=PIXTA)

5月の失業率は3.1%と、4月の2.8%から上昇した。

ゴールデンウィークの日並びがよく、一時的に職を離れた労働者がいたとみられる。自発的な離職者が前月比8万人増加した。工場が長期間停止するなどの影響もあったとみられる。政府の働き方改革の推進もあり、企業は賃金の引き上げや待遇の改善に取り組み、既に職を持っている労働者のよりよい条件の職を求める動きも活発になっている。条件の改善が魅力的になり、労働市場に新たにできた労働者も増えたとみられる。新たに求職し始めた失業者も8万人増加している。

一方、5月の有効求人倍率は1.49倍と、5月の1.48倍から更に上昇し、1980年代後半のバブル期のピーク(1.46倍)を超えた状態が続いている。5月の新規求人倍率は2.31倍と、6月の2.13倍から大幅に上昇した。企業の強い雇用不足感を背景として、4月の新年度入り後の企業の積極的な採用活動の結果だろう。5月の正社員の求人数は前年同月比+8.2%、新規求人数も同+9.1%増加し、有効求人倍率は0.99倍(4月0.97倍)まで上昇してきた。

5月の失業率のリバウンドはよりよい職を求める労働者が増加したテクニカルなものであり、労働需給がかなり引き締まっている状態に変化はなく、6月の失業率は低下する可能性がかなり高いだろう。労働需給の引き締まりが賃金上昇を強くし、物価上昇が緩やかに高まっていくという好循環が明確になってくるのかが今後の注目である。よりよい職を求める動きによる失業率の一時的な上昇は賃金上昇へ向けたポジティブな動きであると判断する。失業率が異次元である2%台に再び低下し、正社員の有効求人倍率が1倍を越えた段階で、企業の人材争奪戦が明確になり、賃金上昇は加速していくとみられる。

5月のコア消費者物価指数(除く生鮮食品)は前年同月比+0.4%と、4月の同+0.3%から上昇幅が拡大した。

潜在成長率を上回る成長を続けて需給ギャップが縮小し、需要超過に転じ、景気回復が継続していても、なかなか物価上昇圧力が強くなってこなかった。その理由は主に四つある。

一つ目は、原油価格の低迷だ。エネルギー価格の前年同月比は2015年1月から2017年1月までマイナスとなっており、コア消費者物価指数の下落基調(前年同月比は2016年3月から12月までマイナス)を引っ張ってきた。

二つ目は、企業の頑強性だ。これまでのリストラと構造改革の成果で、売上高経常利益率は過去最高に上昇し、ある程度のコストの上昇には価格引き上げなしで耐えることができるようになっている。

三つ目は、消費の弱さだ。2014年4月の消費税率の引き上げは明らかに家計のファンダメンタルズにダメージとなり、企業は低価格戦略により消費活動を刺激する必要があった。

四つ目は、携帯電話関連の価格下落だ。政府の通信料引き下げの推進と格安スマホとの競争もあり、携帯電話関連だけでコア消費者物価指数の0.25ppt程度の下押し圧力になってきたとみられる。

五つ目は、家賃が上昇していないことだ。帰属家賃を含めウェイトの大きい家賃は動きが鈍く、期待インフレ率が大きく上昇した後に動き出すとみられる。

一つ目から四つ目のこれまでの下落圧力は弱くなってきている。原油価格の持ち直しによりエネルギー価格は上昇に転じており、携帯関連の下落幅も縮小していくとみられる。失業率が3%前後まで低下し、企業の強い雇用不足感がサービス業を中心に物価上昇圧力になり始めている。賃金上昇が始まり、消費税率の引き上げの悪影響をようやく乗り越え、消費もしっかりとした回復を見せ始めた。2017年の実質GDP成長率は3年連続で潜在成長率を上回る可能性が高く、「マクロ的な需給バランス」は更に改善していく可能性が高い。

しかし、まだ期待インフレ率の大きな上昇は確認されず、家賃の動きも限られ、2018年前半までに全国コア消費者物価指数が前年同月比で1%程度に戻るのが精一杯だろう。6月の東京都区部のコア消費者物価指数も前年同月比0.0%(5月の同+0.1%)と、下落は止まってきている。企業の価格競争の激しい東京都区部ではまだ物価が弱いが、賃金上昇は逆に強いため、物価の上昇は徐々に明確になるだろう。

5月の鉱工業生産指数は前月比-3.3%となった。

4月に同+4.0%と強く上昇した反動と、ゴールデン・ウィークの日並びがよく、輸送機械と耐久消費財を中心に、長期休業となった工場が多かったとみられることを考慮すれば、堅調な結果であると判断する。

2016年後半からIT関連財を中心とする生産・在庫循環がグローバルで好転し、日本の生産・輸出も強く持ち直してきた。経済産業省の判断は「生産は持ち直しの動き」となっている。6月の経済産業省予測指数は前月比+1.8%から+2.8%まで上方修正され、持ち直しの予想となっている。

誤差を修正した6月の予測値である前月比+1.7%を前提にすると、4-6月期の鉱工業生産指数は前期比+2.1%と強く、1-3月期の同+0.2%から加速することになる。4-6月期の生産がしっかりとした拡大になったことを考えると、4月の新年度入り後、日本の製造業が新製品の投入などで攻勢をかけようとしていることがうかがえる。

企業物価指数では、中間財の価格が5月に前年同月比+4.1%となり、12月までの24ヶ月連続のマイナスを脱した後、2014年1月以来の高水準まで回復している。仕掛品の在庫も減少傾向にあり、販売増を見越した積極的な在庫投資による生産拡大の局面に入ってきている可能性がある。

人手不足により企業は効率化と省力化を設備・機器への投資で進めなければならなくなっていることや、2020年のオリンピックに向けた本格的な対応もあり、企業の設備投資は徐々に強さを増してくるだろう。4・5月は資本財(除く輸送機械)の出荷は前月比+6.5%・+2.1%、6・7月の生産予測指数は同+2.6%・+3.0%とかなり強い。設備投資には大きな動きが見え始めたと判断する。来週公表となる短観で2017年度の企業の設備投資計画は大幅に上方修正されるだろう。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
会田卓司

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