「人と会うこと」を楽しめば、顔と名前は苦もなく覚えられる

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(写真=The 21 online/重永 忠 [株]生活の木 代表取締役社長CEO)

毎年、新入社員の顔を覚えるのもひと苦労という人も多いのではないだろうか。アロマテラピー関連業界でトップを走る「生活の木」の社長・重永忠氏は、780人以上いる社員全員の顔と名前を覚えているという。社長として多忙な中でどのように記憶しているのか。そして、社員の名前を覚える理由とは?

自分から「取りに行った」情報は記憶しやすい

アロマテラピー関連業界で売上げ第1位を誇る、生活の木。同社は社員の満足度調査でも「東日本第1位」を獲得している。その秘密は、代表取締役社長・重永忠氏の徹底したコミュニケーション重視の姿勢にあるようだ。重永氏は、780名を超える社員の顔と名前をすべて記憶しているという。

「時間があるときは、社長室のパソコンで社員の履歴データを見ています。現在の部署や店舗だけでなく、これまでの異動歴や入社前の経歴などを、顔写真を見ながらイメージしているのです」

しかし、それだけでは記憶に刻むことはできないとも語る。

「データでわかる情報は限られていますし、正直それだけでは覚えられません。人となりを知るには、直接会うことが大前提。データを見るのは、対面して記憶した情報の復習でもあります。本社に勤める社員とはしょっちゅう顔を合わせますが、店舗となるとそうはいかない。ですから、よくアポなしで店舗を回ってスタッフと会話を交わします。社長室では知りえない情報を『取りに行く』わけです」

定期的に行なわれる社員研修も、「情報を取りに行く」格好の機会だ。

「1回の研修は、6人から、20~30人の規模。研修中は仕事に関わる話ですが、その後の食事会ではテーブルを回って一人ひとりと趣味や出身地などのパーソナルな話をします。すると公私両面でその人の記憶を刻むことができ、『あのとき、あの話をした方だな』と思い出す引き出しが増えるのです」

その際はできるだけ、数多くの情報を入れるように心がけているという。

「情報は詳細なほど記憶に残りやすいものです。ですから私は積極的に質問します。とくに聞くのは『相手が興味を持っていること』。その人の興味の所在を知るのが、その人自身を知る一番の近道だからです」

重永氏自身、「相手への興味」を膨大な記憶の原動力にしている。

「興味と関心があれば、苦もなく覚えられるもの。楽器の上手な人は複雑な旋律を暗譜して演奏しますが、あれもただ『練習する』だけでなく、その曲をもっと奥深く知りたいという欲求が働くからできるのでしょう」

反対に、そうした欲求の働かないことに関してはからっきし覚えられない、と語る。

「学校の勉強は苦手で、とりわけ暗記系は大嫌い。ところが人への興味となると、ガラリと変わるんですね。友人の発言や行動はやたら詳しく記憶していて、今も古い友人と話すと『なぜそんなことを覚えているんだ』と、よく驚かれます」

販売スタッフが持つ「お客様貯金通帳」とは?

人への興味の赴くまま、心のこもった関係を築く重永氏。しかし、「経営者と社員」という関係上でもそれを徹底するのはなぜなのだろうか。

「人を大切にする企業であることを、社員に伝えたいからです。社員と同様、一人ひとり違った背景と要望を持つお客様に、マニュアルどおりの一律な対応をしてほしくない。その想いを伝えるためにはやはり、トップ自らが実践することが重要だと思います。私の行動を通して、心のこもった接客の重要性を知ってほしいのです」

店舗を対象とした研修では、「何人の顧客の顔と名前が一致するか」をよく質問するという。重永氏の基準では、10人くらいでは「猛省が必要」なのだそうだ。

「知っているお客様が増えるほど、接客は楽しくなるもの。こうした『馴染み』の感覚が最も大事です。馴染み客が増えるのは売り手の喜び、馴染みの店に来るのはお客様の喜び。双方の幸福感の中で信頼関係が築かれていく──それこそが商売の本質だと思います」

そのために、販売スタッフには、「『お客様貯金通帳』を作りなさい」と言っているという。

「『貯金通帳』というとお金を貯めるためという誤解を招きそうですが、お客様のお顔や名前、その方とのやり取りを、通帳にお金を貯めるように増やしていきましょう、という意図があります。

たとえば、来店された方にハーブティーをお出しして、『味はいいと思うけど、この香りはあまり好みではない』と言われたとしたら、『味についてはご理解いただけたので、次はお好みに合うような違う種類のものをお出ししてみよう』などと、気づいたことや次への課題をあとでメモする。お客様のお顔や名前だけでなく、その方とのエピソードも交え、ストーリーで覚えるとより記憶に残りやすいことは、私の経験からも実証されていることです。

後日お客様が来店されたときに、店のスタッフが自分の顔や前回のやり取りを覚えていたら嬉しいはず。こうやって『お客様貯金通帳』をどんどん上書きしていけば、『馴染み』のお客様も増えていくはずです」

記憶を確かにする「予習」と「復習」

人との関わりをとことん楽しみ、社員にもその楽しさを伝えている重永氏。その姿勢は社外の人物と接するときも一貫している。

「会う約束をしている人について、データがあればそれを見て予習しますし、ない場合も、どんな人なのかを想像して『楽しみだなぁ』と思います。毎晩、寝る前には翌日会う人のことを必ず考えるのが日課。そのプロセスを経ると、実際にお会いしたときに印象がより深く刻まれます。

会ったことのある方なら、前に会ったときの目的、話の内容、そのときの情景などをおさらいして、記憶を呼び起こしておきます。これは予習であると同時に、復習とも言えますね」

復習は、会ったあと「すぐに」行なうことも重要だと語る。

「社員に関しては専用のノートがあって、食事会や店舗訪問などの直後に、交わした会話の内容を書きとめます。他方、社外の方とお会いしたときに行なうのは『名刺の復習』。帰りの電車の中などで、交換した名刺1枚1枚見返します」

この日、同社を訪れた取材陣の名刺も「このあと、必ず見ますよ」と重永氏。

「印象が強く残っているうちに見るのが、記憶を消さないコツです。それにより、時間を置いて再会したときも必ず記憶がよみがえります。顔を見て声を聴いて、『ああそうそう、この人だった』と。その感覚が、人と会う楽しみをさらに増してくれるのです」

重永 忠(しげなが・ただし)[株]生活の木 代表取締役社長CEO
1961年、東京都生まれ。東京経済大学卒業後、大手流通業を経て、ハーブ・アロマテラピーの製造・販売を行なう[株]生活の木に入社、代表取締役に就任。現在、日本全国に直営店120店、提携店90店を展開する。商店街振興組合「原宿表参道欅会」副理事長も務め、地域に根差した幅広い活動を行なう。著書に、『まかせる経営』(PHPビジネス新書)。(取材・構成:林加愛 写真撮影:まるやゆういち)(『 The 21 online 』2017年7月号より)

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