いまやタクシー会社だってAIを活用する時代である。ビッグデータを活用することで、お客様を拾える可能性の高いエリアをAIが教えてくれる。経験や勘に頼らずとも効率的な営業が可能になる。銀行も同じではないか。膨大なデータを有している銀行なら、もっとAIを活用して成果をだせるはずである。しかし、実際には銀行の金融商品販売の現場は旧態依然とした営業を続けている。

銀行の営業活動ってどうなってるの?

「推進リストを提出しなさい」「リストアップした先に対するアプローチ率はどれくらいですか?」営業の最前線では役職者が部下にこんな言葉をかけている。営業成果があがらない行員に対しては「リスト先に対するアプローチができていないから数字が上がらないんだ」と結論づけるのが常だ。リストアップした先になぜアプローチできていないのか。何がネックで成約に結びつかないのかを問い詰められる。

つまり、銀行の営業というのはリストを作成する。リストアップした先に対し電話や訪問を行う。この繰り返しである。

特に4月や10月は「推進リスト」の作成に追われるのであるが、経験を積んだ銀行員の中にはこの作業を苦痛に感じる者もいる。なぜなら、その推進リストには「いつも同じ名前」が並んでいるからだ。推進する前からおよその結果は見えている。

それでも「100件の推進先を選定しろ」との指示を受ける。結果として、見込みのない先であっても数合わせ的にリストに加えるという事態となる。

銀行のWebサイトには、経営理念等が掲げられている。銀行がどのような理念を掲げ、何を目指すのかが示されている。多くの場合、時代を先取りするようなスマートなメッセージをそこに見ることができる。ところが、現場で実際に行われている営業スタイルは10年前、いや20年前と何ら変わっていない。推進対象リストを作成し、対象先にアプローチする。それを延々と繰り返しているのだ。

「推進リスト」とはどのようなものか?

私は推進対象先をリストアップし、そのリストに基づいた営業活動を全否定するつもりはない。しかし、肝心のリストがいい加減なものだったらどうだろう。どんなに熱心に営業活動を行ったところで、成果が上がるはずはない。

現実問題として、営業活動で成果に結びついた先は「リストにはない顧客」であったということが往々にしてある。実は成果を上げている行員ほどこの傾向が顕著なのだ。リストはリストにすぎない。実際には独特のノウハウで数字を積み上げている猛者がいるのだ。彼らは知っている。推進リストがいかに当てにならないかを。

銀行の営業の根底には「顧客セグメント」という考え方がある。「顧客セグメント」とは効率的に成果を上げるために、顧客を一定の基準でグループ化するものだ。最も一般的に用いられる基準が「預金残高」である。たとえば5000万円以上の預金がある先、1000万円以上の預金がある先といった基準で顧客をセグメント化し、最も効果が見込める先に対し集中的に推進活動を行う。

預金者の中には銀行から何のセールスもされない人もいる。自宅に銀行員が営業に訪れることもないし、電話がかかってくるわけでもない。なぜなら推進対象のセグメントに入っていないからだ。たとえ営業しても効果は見込めないと考えているからだ。その一方で、何度もしつこく銀行からセールスされる人もいる。たまたま銀行が有望と考えるセグメントの条件に一致したことで、繰り返しセールスされるのである。

なぜ、セグメントが間違っていることに気づかない?

そもそも預金残高が数億円もある富裕層が本当に資産を増やすことを望んでいるだろうか。ペイオフを気にして複数の銀行に1000万円ずつ預金している人が運用を望んでいるだろうか。

逆に預金残高は少なくとも、これから資産形成を始めたいと考えている人だっている。こうした「本当の意味での推進対象先」が現在のセグメント営業でリストに入ることはない。

「リストアップ先にアプローチできていないから成果があがらないんだ」そう部下を叱りつけたところで何一つ改善することはない。むしろ、そのリストが「実態を反映していない」ことに気づき、軌道修正したほうがずっと成果をあげる可能性を秘めているのである。

精神論だけで営業する時代ではない

推進対象先をAIで選定する。一部ではこうした動きが始まっているが、経営資源が限られている銀行こそ真っ先に取り組むべきだ。

たとえば、ある特定の投資信託を保有している人は次にどんな金融商品を購入する傾向があるか。マーケットが下がったときに逆張り投資を行う可能性の高い顧客は誰か。一定のレベルまで預金が貯まれば証券会社へ送金する行動パターンの顧客がいないか。AIを駆使することでこうした顧客を抽出することができるはずだ。そうすれば、むやみやたらと無意味な推進リストを作成する必要はなくなる。無意味だと分かりながらも推進リストを塗りつぶす徒労からも開放される。

これからの時代、若い優秀な銀行員を守り育てる意味においても、AIを上手に活用する施策を推し進めるべきである。もはや、精神論だけで営業活動する時代ではないのだ。(或る銀行員)