トランプ政権は今後どのような動きを見せるのでしょうか。主要な4タイプのシナリオを前提に考えてみます。そしてそれを前提としたときに、世界の産業界がどう立ち振る舞うか、日本はどのような態度を取るべきなのかを考えていきます。

(本記事は、大前 研一氏の著書『マネーはこれからどこへ向かうか 「グローバル経済VS国家主義」がもたらす危機』KADOKAWA(2017年6月16日)の中から一部を抜粋・編集しています)

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大前研一,マネーはこれからどこへ向かうか 「グローバル経済VS国家主義」がもたらす危機
(画像=Webサイトより、クリックするとAmazonに飛びます)

大統領令へのサインで「自爆」する

私はトランプ政権は良くて1期4年で終わると思いますが、あるいは、もっと違う結果を迎えることになるかもしれません。シナリオとしては、4つの可能性が考えられます。

【シナリオ1】政策の失敗
トランプ氏が考えを変えずに反グローバル化政策を推し進め、アメリカの孤立を加速させるケース。悪性インフレを招き、国民の支持を得られません。

【シナリオ2】公約修正
ギリシャのチプラス首相のように次々と公約を修正し、国民の支持を失うパターンです。借りてきた猫のようになるかもしれません。

【シナリオ3】有限不実行
言い続けるだけで何もしない、ということもあり得ます。国民だけでなく世界からも批判を浴び、1期4年持たない可能性があります。

【シナリオ4】辞任
にっちもさっちもいかずに政権を投げ出すことです。その場合は副大統領のマイク・ペンス氏が大統領になりますが、マイク・ペンス氏は強固な右翼であり、日本にとってはトランプ氏よりは望ましい大統領です。トヨタ自動車の全米で2番目に大きな工場があるインディアナ州の州知事を務めていたこともあり、日本企業のありがたみが分かっているからです。

トランプ氏は次々と大統領令にサインをしていますが、自爆行為以外のなにものでもありません。産業界は表向き「イエス、サー」 と言うものの、現実問題として世界最適化から逸脱し、閉鎖主義によって国内ですべて生産するなどあり得ないでしょう。大統領令の多くは実行できませんし、もし実行してしまえば、彼を支援してくれた人たちが真っ先にひっくり返る。そんな皮肉な結果、悲惨な結末が待っているのです。

ファミリーや支持者との秘密のディール

トランプ氏には複雑な状況があります。

彼は世界中で300ほどの事業を展開しています。インドで3つのトランプタワーを造る計画があり、深いビジネス関係にあるインド人が何人かいます。サウジアラビアでもトランプタワーやリゾート、カジノの計画があり、ロシアのモスクワにもトランプタワーやリゾートの計画があります。プーチン大統領と仲がいいのはそれが理由です。

前述のハロルド氏のようにアメリカのエネルギー関連にも巨大なスポンサーがいます。アメリカでは大統領などの公職に就いた際、資産や事業を自分は手が出せないブラインド・トラストに委ねることが慣例化しています。職権乱用を防ぐため、自身やファミリーが意思決定に関われないよう、第三者の受託機関に資産管理や事業を委ねるというものです。

政策によって株価が上昇する場合でも、利益を得ることができません。トランプ氏は自分だけが退き、息子や娘のイヴァンカ氏、その婿であるジャレッド・クシュナー氏に引き継がせると言っていますが、クシュナー氏はすでに政権移行チームに入っていますから、これは無理です。

また完全にファミリーから切り離すだけではなく、事業においてトランプというブランドを使わせないようにしなければなりません。「トランプ」の名前で事業をしていると、別の人間がやっているとしても、他国ではアメリカ大統領が関わっている事業として認識され、コンフリクト(衝突)が生じます。

これまでの大統領はみな、ブラインド・トラストに供託しました。この信託をトランプ氏が拒否するのは、秘密のディールがあるからととられても仕方ありません。彼が大統領として身ぎれいになれるかどうか。これも大きな問題です。

日本はトランプ氏の言うことを聞いてはいけない

今のやり方ではトランプ大統領は長く続かない。それが私の見立てです。

とはいえ、トランプ氏の大統領令が実行されても自分たちの市場を守り抜くための準備は進めておかなければなりません。

トランプ氏がもしも政策を実行した場合、あるいは実行されなかった場合、日本はどのような影響を受けるでしょうか。まずおさえておきたいのは、日本はトランプ氏の言うことをあまり聞かない方がいい、ということです。外務省はアメリカの言うことを聞くことが自分たちの仕事だと思っているようですが、その考えを変えなければなりません。

トランプ氏はTPP離脱の大統領令にサインし、正式に離脱を表明。日本と二国間協議を行うことを要請してきました。そのほうがアメリカの国益を反映させやすいと考えているからです。

日本はこれまで30年間にわたってアメリカと二国間協議をしてきた歴史があります。 70年代から90年代半ばまで続いた「日米貿易戦争」です。

最初に結ばれたのは繊維協定でした。アメリカは日本の繊維産業が強過ぎる、不公平だから是正せよ、と言い出しました。宮澤喜一元首相が初期の交渉を務め、長年の交渉の末にようやく決着したときには、繊維産業のおもな担い手はもはや韓国や台湾、やがてはインドネシアに、そして中国にと移っており、皮肉なことに日本の繊維産業には競争力がなくなっていました。

アメリカが日本を敵視している間に、新しいライバルが次々登場していたというわけです。日米繊維協定がどんなものだったか、今では覚えている人もいないという有り様で、アメリカの言うとおりにしたものの、アメリカから感謝されることもなければ、アメリカに利益をもたらすこともなかったのです。もちろん、アメリカの繊維産業が再生されることもありませんでした。

鉄鋼についてもアメリカの言うとおりにしましたが、結果的にはアメリカの鉄鋼会社はなくなってしまい、効果なし。テレビも同様でした。

二国間協議において日本が優勢をとったことは一度たりともなく、全敗でした。日本はアメリカとの協議が極めて苦手で、そもそも政治家の多くはビジネスを分かっていません。役人はアメリカの機嫌をとるばかりの酷い有り様で、アメリカに気に入られようとする役人が関わっている限り、二国間協議に勝ち目はありません。

したがって、WTO(世界貿易機構)に準じるか、TPPにするしかないのです。現在の政治家の経済に対する理解力と、表面を取り繕うしかない役人の思考方法からいって、アメリカと二国間協議をすれば日本は全敗です。

そうかといって、日本の敗北がアメリカに利益をもたらすかといえば、決してそうではありません。前述の繊維のように、アメリカは貿易交渉には勝つものの、利益を得たことはないのです。

日本企業の努力で本当は平和な自動車産業

自動車もアメリカの言うとおりにしたものの、結果的にはアメリカで660万台もの日本の自動車が売れています。これは日本車に魅力があるからにほかなりません。アメリカでの現地生産は500万台近く、日本からの輸出が160万台です。

アメリカ車が売れないのは不公平である、製品に占める付加価値の50%以上がアメリカ製でなければメイド・イン・アメリカとは認めないなどと言われ、日本の自動車メーカーは、部品会社をアメリカに連れていきました。それにより、アメリカの自動車メーカーも日本の自動車部品を調達できるようになり、デトロイトのビッグ3が蘇りました。

日本の自動車はアメリカ市場の40%程度をおさえていますが、決して独り勝ちをすることなく、そしてまた、アメリカの自動車メーカーも力を得て、仲良く平和に共存しているのです。

それも30年に及ぶ、血のにじむような日本の努力があったからこそですが、トランプ氏はそういった経緯を全く知らず、日本の自動車メーカーは不公平だと全く実態と異なることを言っています。ロビイストの一人であるウィリアム・フォード氏の言うことを鵜呑みにしているのでしょう。フォードは2016年に日本から撤退し、日本へ恨みを持っているのかも知れません。

「なぜ日本だけ?」と切り返せ

これまでの日米交渉の歴史を政治家も役人も知りませんが、日本でアメリカ車が売れないのは、不公平なのでも、日本がずるいわけでもありません。アメ車が売れていないのは、アメ車に原因があるのです。

アメ車がユーザーの好みに合わないか、ハンドルの遊びが大き過ぎて日本の道に向いていないのか、あるいはスタイルが悪いのか、マーケティングが足りないのか。ジープなど、一部の車は人気がありますし、私もファイヤーバードに乗っていた時期もありますが、アメリカの車を好む日本人は少ないのです。

ドイツ車のトップスリーであるアウディ、BMW、メルセデス・ベンツはそれぞれ日本で5万台~7万台が売れています。ドイツ車が売れているのですから、外車が国産車に比べて不公平というわけではありません。トランプ氏は「日本は為替操作をしている」などと言いがかりをつけていますが、ドイツ車など欧州車は売れているのですから、アメ車が日本で売れないのは自分たちの責任です。

それを棚にあげて、トランプ氏は20万台輸入しろ、などと具体的な数量を要求してくるでしょう。日本はトランプ氏の言い分を聞く必要はありません。

そんな理不尽に対して、「アメリカの車はヨーロッパでは売れているのですか。ヨーロッパでも売れていませんよね。なぜ日本にだけ輸入するよう要求してくるのですか」と切り返せる人材が日本側にはいないのです。

自動車の製造販売では抵抗しきれないから資本を持とうということで、クライスラーが三菱自動車の株を20%所有した時期もありました。フォードはマツダと資本提携し、現フォード会長・CEOのマーク・フィールズ氏がマツダの社長を務めていました。GMはいすゞ、スズキ、スバルとも資本提携していました。日本の市場に資本で参入したのです。

ところが自分たちの経営がうまくいかなくなると、クライスラーは三菱を売り、フォードはマツダを売ってしまいました。日本は資本まで開放したのに、アメリカは自分たちでそれを手放したのです。

売る車もないし、売る資本もないのに文句を言わないでいただきたい。そういうことを言える人間が日本にいないというのは恐ろしいことです。アメリカを怒らせたら日米安保の点でいいことがないので言うことを聞きましょう……それはとんでもない考え方で、国民に対する犯罪です。

交渉を有利に運ぶ材料はいくらでもある

トヨタ自動車がアメリカへの投資を増やし、インディアナ州の工場を復活すると言ったのは、ペンス副大統領を意識してのことだと考えられます。ペンス氏の出身地であるインディアナ州の工場を大きくすることで、ペンス氏からトランプ氏に進言させようという狙いがあるのでしょう。

過去20年、トヨタはアメリカの雇用確保に大きく貢献していますし、傘下の部品会社ほとんどをアメリカに連れてきたことでデトロイトの自動車産業にも非常に大きなメリットを与えています。

日本の自動車メーカーの工場は広く全米に広がっており、トヨタはインディアナやケンタッキーなど、8つの州で10の工場を展開、年間200万台以上を生産しています。日産もスマーナの工場を皮切りに、各地に広がっています。

役人による犯罪的な妥協

あるメディアから、もし私がアメリカとの通商交渉役を頼まれたらどうするか、という質問を受けましたが、引き受けることはできません。時間の無駄だからです。

通商交渉は全権を与えてもらえなければ成果が出せません。日本ではそこかしこに人事権を持った政治家がいて、役人がいて、何人もが足を引っ張ってくる、という構図になることは目に見えており、それでは成果が出せないのです。例えば半導体についての二国間協議では、モトローラのガルビン会長(当時)や、半導体製造のマイクロン・テクノロジ社などがアメリカでロビー活動を展開し、日本側は通産省の黒田審議官(当時)と盛田昭夫ソニー会長(当時)がハワイで秘密裏に交渉を行いました。

日本の半導体市場を開放せよ、アメリカの商品を購入せよと言われたので、15%買うということを秘密裏に合意。USTR(アメリカ合衆国通商代表部)は、実行しているかどうか、毎年調査に行くと言いました。

しかしアメリカで生産されているのは軍事用の半導体で、日本が使う民生の半導体は生産していませんでした。そこで日本は韓国のサムスンやLGなどに技術を教え、そこから半導体を輸入し、輸入品が15%になるよう辻褄を合わせました。アメリカではなく、韓国から輸入するのですから、アメリカに利益はありません。

15%輸入せよと騒ぐものだから、合意する文書をまとめた。実に役人らしいやり方です。アメリカは自分たちが15%輸出すると思っての合意でしたが、日本は「どこかの国から15%輸入」という合意です。

役人の仕事というのは、ことごとくこういうもので、要するに問題の本質に向き合っていない。「買いたい気持ちはあるが、アメリカでは生産していないではないか」と言えばいいのに、それができず、アメリカをなだめるためにまやかしのような文書を作って合意する。日米どちらにもいいことはありません。

この交渉は、ある意味で犯罪的な妥協といえます。機械も人も派遣して韓国メーカーに半導体生産のノウハウを教えた結果、韓国に寝首をかかれて日本の半導体メーカーは低迷。90年代には韓国の半導体が圧倒的に強くなり、日本は惨敗したのです。

無意味な歴史を繰り返すな

アメリカの要求に従って牛肉市場も開放しましたが、アメリカのものより、オーストラリアの牛肉の方が人気は高くなりました。

ピーナッツ農園の息子であるジミー・カーター元大統領に言われてピーナッツを開放すると、中国からは入ってきたものの、アメリカのピーナッツなど入ってこない。

さくらんぼも開放しましたが、やっぱりアメリカンチェリーより山形の佐藤錦だ、といって日本のさくらんぼの売上には影響がありませんでした。アメリカはそうやって市場を開放させてきましたが、ほとんど効果はなかった。役人は顔ぶれも変わりますし、そういった歴史を知ろうとしないため、同じことを繰り返しかねませんが、30年見ている私からしたら、全く意味がない、効果がないことをしているに過ぎません。

あれだけ言うから市場を開放し、自動車の排気ガス規制を緩和しても、結局撤退してしまう。そのうえ企業自体の資本を開放し、買えるようにしても、いいときに売り抜けてしまう。なんと意味のない協議なのでしょうか。

私が30年見ていると、こうした事実が新鮮な記憶として湯水のごとく出てきますが、今の50歳くらいの役人はこういった交渉の経験も記憶もありません。多くは80年代終わりまでに起きたことで、そこから30年近く経っているためです。

最近、新聞記者ともこの話をしましたが、彼らは交渉の事実を全く知りませんでした。「大前さん、テレビに出て話してくださいよ」とも言われますが、私は自身でテレビ局を持っていますから、ほかのテレビには出ません。日本のコメンテーターたちの中に、こういうことを話せる人はいないのでしょうか。

日米貿易戦争華やかなりし頃には、日米を衛星テレビで結び、大ディベートをやったこともあります。ソニーの盛田昭夫氏、セイコーエプソン初代社長の服部一郎氏と、私が日本側にいて、アメリカ側と議論したのです。

そういった方々も逝去され、日米貿易戦争の歴史を知る人は非常に少ない。またここでデジャヴのようにゼロから始めて、意志のない政治家、丸く収めたい役人が出てきたら大変なことになります。無意味なことを繰り返さないという意味でも、歴史を紐解くことは非常に重要だと思います。

トランプ氏はグローバル化に反対していますが、自身はトランプというブランドを作ってロシアに進出し、フィリピンに進出し、サウジでも展開し、世界中でトランプタワーを建設してきた。娘のイヴァンカ氏はアパレル会社を経営し、中国で生産している。自分たちはグローバル化しておきながら、なぜほかのアメリカ企業がグローバル化してはいけないのか。

私はこういう辻褄が合わない人とは付き合う必要がないと思います。少し苦しい思いをしてでも、しっかりと理論を構築して彼と向き合い、彼の言うことを突っぱねる。

そうする覚悟が必要ではないでしょうか。

大前研一
株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長/ビジネス・ブレークスルー大学学長。1943年福岡県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号、マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、常務会メンバー、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。