「AIやロボットが仕事を奪う」といった内容の記事を読んだことがある人は少なくないだろう。そうした指摘が広がったせいか、AI活用は往々にして人員削減とセットで語られる。労働者からすると恐怖であっても、雇用者からすると効果として期待できるのも頷ける。しかしその点を明確に否定、「それは副次的な効果としてはあるかもしれないが、AI活用の目的ではない」としているのが三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)だ。三井住友銀行は早々にワトソンをコールセンターに導入して成果を上げていることが知られている。SMFGは最近では、渋谷にイノベーション施設「hoops link tokyo」をオープンさせるなど、イノベーションの推進、スタートアップとの協業に力を入れ始めているようだ。グループおよび同行でAI活用に携わるシステム統括部、ITイノベーション推進部に話を聴いた。(取材:濱田 優ZUU online編集長)

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山下雷行氏・システム統括部 部付部長(写真中央)、船山明信氏・システム統括部 IT技術活用グループ長(同右)、松山次郎氏・ITイノベーション推進部 業務推進グループ長(同左)(写真=ZUU online編集部)

ワトソンを導入すれば成果が出るわけではない 続けて成果を出す秘訣

——グループにおけるAI活用の取り組みでは、コールセンターへのワトソン導入がニュースなどで大きく報じられたと記憶しています。当時は金融機関のワトソン導入がほかにも取り上げられましたが、まず御行およびグループでの導入についてうかがいたいのですが、これはどのような取り組みなのでしょうか。

船山 ワトソンは2014年から邦銀では初めて導入した後、1年以上、PoC(Proof of Concept、概念実証)と実用検証をして、16年10月からコールセンター全席に入れました。お客さまからのお問い合わせ内容を音声認識システム「AmiVoice」で即時にテキスト化し、オペレーターが見ている画面に、ワトソンが回答候補を表示する仕組みです。コールセンターでの取り組みは「カスタマーサポート表彰」(企業情報化協会主催)でも優秀賞をいただくなど、高い評価を頂くことができたと思います。

——なるほど、着実に成果がでているようですね。具体的な指標が改善したとか、数値で分かるような成果はありますか?

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船山明信氏(写真=ZUU online編集部)

船山 いくつか具体例をお示ししましょう。まず「正答率90%超」。これはワトソンの正答率です。ワトソンが提示する回答選択肢の上位2位の中に、適切な回答が含まれる確率が既に90%を超えている、ということです。

例えば、上位5位で80%という事例もあるようですが、まさにお客さまと会話しているオペレーターへ選択肢が5つも提示されると、オペレーターも回答にとまどってしまいます。私たちとしては本当は選択肢1つまで絞り込みたいのですが、現場のオペレーターから「1つでは不安なのでせめて2つにして欲しい」という要望がありまして、2つ提示するようにしています。

また、オペレーターは回答が分からない場合、スーパーバイザーと呼ばれる上司に相談するのですが、上司に頼らずに回答できた割合、「自己回答率」が向上し、お客さまとの「通話時間」も減少しました。

このような効果もあって、一番重要な指標である「お客さま満足度」が向上しています。他にも様々な指標がありますが、お客さま満足度の向上こそが本取り組みの大きな目標でした。

——ワトソンの活用に取り組んだ企業は御行に限らず複数あったかと思いますが、そのあたりの状況はどのようにご覧になっていましたか?

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山下雷行氏(写真=ZUU online編集部)

山下 ちょうど2014年ごろ、他の金融機関を含めて多くの企業がワトソンを利用し始めましたね。当行は着実に成果を出せたことから、実際、他社様からの視察がここ最近の間でも数十社くらいあります。お話を伺ってみると、プロジェクトが続かずPoCで終わってしまうことが多いようです。

——関心はあって導入に向けて動いても続かないと。いろいろな理由はあると思いますが、どうしてプロジェクトが続かないんでしょうか?

船山 ワトソンも一種の機械学習ですので、データを与えて、ちゃんと教えてあげることが必要なんです。そこでただやみくもにデータを与えても効率的な学習はできません。その与え方・手法については、一定の秘伝のスパイスみたいなものがあって(笑)、そこはお話できないのですが、ただそういうものを除けばやっぱりやり続けることがすごく重要なんです。

地味な話ではありますが、当行が続けられたのは、PoCの段階でKPIをしっかり置き、実用検証に入ってから実際に現場としっかり一体感を持って取り組み続けたからだと思います。

——ワトソンのほかの活用例をうかがいたいのですが、これまでにコールセンター業務以外での導入事例などはあるのでしょうか。

船山 行員からの照会業務にも拡大をしています。たとえば国内与信業務に関する行内照会。法人顧客からの問い合わせ対応など4業務で実業務に入っています。これまでは現場行員と本部行員が電話でやり取りしながら、本部の職員も資料やマニュアルから該当する部分を探して回答していたのが、かなりスピーディーに行えるようになりました。

山下 あと海外からの照会で威力を発揮していますね。時差がありますし、日本にいる本部職員が問い合わせメールを受け取って調べてとやり取りをしていると数日かかるところが、いまは海外駐在の行員がワトソンを使って自分で調べられるようになってきています。

ワトソンは、自分で(回答候補や状況を)見て判断ができる人間にとっては、非常に自然言語で、普通に打ったものをちゃんと意図解釈をした上で、一番正しい答えを、上位2位で90%以上の確率で返してくれますので、これは非常に役立つ。

ほかとは違うディープラーニング形式のチャットボット

——なるほど。ただコールセンターにせよ照会にせよ、質問する側が何を聞くべきか、解決すべき課題が分かっていないと、答える側も困るのではないかと思います。堂々めぐりになったり、回答に対して「そんなことが聴きたいんじゃない」となって、質問の仕方を変えたりする必要もあると思います。

船山 おっしゃるとおり、照会で困ってしまうのは、聞きたかったことに到達できない場合なんですね。そこで活用できるのがチャットボットです。当行のチャットボットはMicrosoftのCNTKというディープラーニングライブラリを使って独自に開発をした、ルールベースではなくディープラーニング形式のチャットボットです。

困っていることをそのまま伝えられてもたどり着けるとは限りません。どう聴けばいいか分からない場合でも、AIを使ってボットがいろいろな選択肢を提示してくれる。それに素直に返していけば、欲しかった答えにたどり着く。それがチャットボットの取り組みです。

——チャットボットも多くの企業への導入事例が報じられています。似たようでいろいろな種類があるのだと思いますが、ディープラーニングだとルールベースのものと大きく違うんでしょうか。

船山 私たちの考察ですが、深層学習モデルの場合は、対話全体の文脈や意図をしっかりとらえて、質問が追加されたり、もしくは場面が変化したりということにも対応ができます。これに対して一般的なルールベースのチャットボットは文脈を理解できないので、意図と違う回答になってしまう。ご指摘されたように、質問の仕方を質問者が替えなければいけないこともある。

人員削減を目的にAI活用をすることはない

——顧客とのコミュニケーションなどで効率化が進むわけですよね。この文脈で必ず出てくるのがいわゆるリストラに関する、「効率化を進めることで行員の数を減らせるのでは」というものです。実際そうしたニュースも時折聞かれます。その点についてはどうお考えなのでしょうか?

船山 登壇するイベントやセッションでいつも申し上げるのですが、われわれは人員削減のためにAIを活用するという気はさらさらない。副次的な効果として最終的にそうなるかどうかは別ですが、AIが人員の置き換えになるという乱暴な議論ではなく、人間1人に対してAIを付けてあげで2人分も3人分も仕事ができるような、人間自身の機能を拡張していくものだととらえています。

山下 一番大切なことは、お客さまがお求めのサービスを効率的に届けられること。行員の生産性向上の取り組みを続けながら、最終的に人員が少なくても回るような時代が来ることはあるかもしれませんが、行員の数を減らすことが目的ではありません。

——今うかがった分野に限らず、また現状で使っているかどうかはともかく、今後AIをこの分野で使いたいなというような考えはありますか?

船山 例えば、私見ですが「融資の自動化」はできるかもしれません。ただ、技術的、仕組み的にできたとして、銀行員のDNAが何なのか、それで本当に銀行員としていいのかということが問われると思います。

山下 業務量を減らして効率化する必要はあります。ただ効率化の視点だけでは見落とされるものがある。(効率化の観点や機械的な判断では)見つけられない何かを見出し、銀行はこれまで一緒に成長してこれた。その意味で、なくなっていいものと失ってはいけないものが必ずあると思います。できる−できないだけではなくて、やっていい−やってはいけないという視点。企業のDNAとして、何を残すべきかはしっかりと考えるべきだろうと。

——銀行員もやることが多く、かばんを持って融資先を丹念に回って状況が把握できればいいですが、なかなか難しい。さらには、融資だけではなく投資。どの金融商品や市場に資金を投じたらいいのかを判断するときに、人間の予断を排除して、リスクを抑えるために人工知能が活用できるのではないでしょうか。

船山 おっしゃるとおりですね。人間が何かを知りたいとき、もしくは間違った方向にいきそうなとき、横からそっとインサイトを与えてくれるような、相棒のような存在がAIだと思うんです。AIは人間に置き換わるものではなくて、使うことによって、1+1が2ではなくて、5や10に広がる。それがこれからのAIの正しい使い方なのではないでしょうか。

カードの不正取引 人間判断だと100件がグレーでもAIなら8件だけ

——ここまで主にシステム統括部のお話をうかがってきましたが、ITイノベーション推進部の取り組みについても教えてください。

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松山次郎氏(写真=ZUU online編集部)

松山 ITイノベーション推進部は新しい金融サービスをどういう形で生むかという観点で考えてます。今在籍およそ40人で6割がキャリア採用。もともと銀行員ではないメンバーが多いんです。大方針としては、プラットフォームとして、データを集めて分析し、よりよいサービス提供につなげる。このサイクルを確立することです。

過去において金融業務はお金の仲介、つまり個人のお客様から預金を集めて、それを企業様に貸し出していた。今はそこにデータが入ってきている。今、GoogleやFacebookがあれだけ大きくなったのはデータを押さえていることに尽きます。われわれの目指す姿も、データを押さえたプラットフォーマーです。そこでプラットフォームとして集めたデータの分析にAIを使うと。別に結果が出るならAIでなくてもいいので、既存の統計手法も使いながら、機械学習などいろいろ取り組んでいます。

いまの具体的な案件では、PoCはいくつかやっていますが、既にリリースしてるものだと、三井住友カードで実施した不正使用の検知の高度化でしょうか。検知したカード取引には絶対問題あるものもあれば、グレーなものもある。これはお客さまに1件1件確認をしていたわけですが、そのルールベースを人工知能に置き換えてみたわけです。

今まで例えば100件、グレーな取引データがあったとすると、本当に問題あるものはうち5件くらいの割合だった。つまり誤検知が結構あって、そこの調査、確認にもコストがかかっていた。それでAIを使って解析させてみたら、AIが問題の可能性を示唆した取引は8件しかありませんでした。もちろん8件にはアウトの5件も含まれていました。

船山 ワトソンに取り組みだした頃、まだITイノベーション推進部はありませんでした。イノベーションの案件が増える中で、AIを動かすにしてもサーバーをどうするか、データセンターは、ネットワークはと実務の話を進めないと動かないので、ここはシステム統括部が担当します。ITイノベ—ション推進部はもっと先見ていて、役割分担していますね。

——それはAIを動かすのにもコストがかかるということでしょうか。

船山 AI自身は正直そんなに高いものではないですが、既存のものにAIを組み込む、現行のシステムと組み合わせる開発費用のほうが高いということが今の課題だと認識しています。

——なるほど。現場でAIに向き合ってらっしゃる銀行員の方が、どういうふうに考えているのかを知りたいです。たとえば、日常業務など、どの分野がどう便利になっていくというイメージを現時点で持っていらっしゃるのでしょうか。

船山 お客さまへの価値の提供、間口の増強が一つ。何か疑問や相談があっても、「銀行員には聞きづらいので、チャットのほうがありがたい」という方も。こうしたご要望には対応すべきだと思っていて、お客さまのニーズに合わせて多様な間口を、総合金融グループとしてご提供差し上げる責務がある。AIはその一つだと考えています。

山下 日本の労働人口は減っていますから、今以上の仕事をやらなければいけなくなっていく。そのために、ちゃんと生産性の高い組織をつくりあげる。そこでAIを活用する。なくてはならないパートナー。敵でもなんでもなく、人間に寄り添ってくれる欠かせない相棒だととらえています。

hoops link tokyo
(画像=Webサイトより)

三井住友フィナンシャルグループは2017年9月、東京・渋谷にオープンイノベーション拠点 hoops link tokyoをオープンした。"hoops" は、「輪」を意味で、「この『輪』の中で、多様な『知』と『情熱』がつながり、 この『輪』をくぐった先に、世界を動かす『イノベーション』が生まれる」との思いが込められている。広さは約188平方メートル、収容人員は100人くらいまで。設備はWi-Fi、プロジェクター、120インチスクリーン、キッチン(ケータリング可)、ブルーレイディスクプレーヤーなどがあり、6席の会議室も2部屋ある。

メンター陣には守屋実氏(守屋実事務所代表)、斎藤祐馬氏)(デロイト トーマツ ベンチャー サポート事業統括本部長)、春田真氏(Scrum Ventures パートナー)、Patrick Newell 氏(シンギュラリティ大学 ジャパンサミット代表)、太田洋哉氏(SMBCベンチャーキャピタル執行役員 投資営業第一部長)、東博暢氏(日本総合研究所リサーチ・コンサルティング部門 主席研究員/融合戦略グループ長)が名を連ねている。

東京都渋谷区宇田川町28-4 三井住友銀行 渋谷西ビル6階
http://hoops-link-tokyo.com/