ニューヨークは街中が華やかなイルミネーションで彩られ、クリスマス・ムード一色の趣である。ところで、ウオール街ではこの時期、毎年恒例となっているもう一つの話題がある。ゴールドマン・サックスが年末に発表する「来年のトレード戦略」である。
ゴールドマン・サックスがこのほど発表した2018年版では「7つの投資戦略」を推奨している。ただ、その戦略には投資初心者には敷居が高いトレードも含まれており、具体的にどうやって実践して良いのか分からない人も多いことだろう。
そこで今回は同社の「7つの投資戦略」を解説するとともに、その戦略をベースに投資初心者にも実践できる投資対象(手段)も紹介しよう。
ゴールドマン・サックス「7つの投資戦略」とは?
まずはゴールドマン・サックスが推奨する「7つの投資戦略」と推奨理由を簡単に紹介しよう。
【米国債の売り】
ゴールドマン・サックスは2018年末の米10年債利回りを3.0%と予想している。理由は2つで、まず労働市場に改善の余地がほとんど残っていないと見られること。そのためFRB(連邦準備制度理事会)は現在市場が織り込んでいるよりも速いペースで利上げを実施することになる可能性が高いという。
もう1つの理由は、タームプレミアムの正常化だ。バランスシート縮小でFRBがロールオーバーしている米国債の額が減る一方で、米国債の発行額は増える。その結果、タームプレミアムが上昇することになる。
【ユーロ円の買い】
ゴールドマン・サックスは、今後数カ月の為替見通しについてユーロ/ドルで1ユーロ=1.20ドル、ドル円は1ドル=120円になると予想。したがって、ユーロ円の目標価格は1ユーロ=約140円となる。
2017年のユーロ上昇は「ショートカバー(買い戻し)」が主導した。ユーロ圏では成長率が上昇し、政治リスクも後退したことから、投資家の多くはユーロを売ることはもはや適切ではないと考えているようだ。投機筋の先物ポジションが9億ドルの売りから、12億ドルの買いに転換していることからも、そうしたセンチメントの変化を読み取ることができる。
ただし、債券ファンドや為替マネジャーは依然としてユーロをアンダーウェイトしており、ショートカバーの余地はまだ残されている。こうした資金がユーロを押し上げるだろう。
一方、ユーロと正反対なのが円だ。日銀のYCC(イールド・カーブ・コントロール)により、ドル円は米長期国債利回りと高い相関を持つようになったが、総選挙で安倍内閣が勝利したことで、YCCはしばらく継続することになった。イールドカーブの上昇により、ドル円も上昇することになるだろう。
2018年も新興国株式が熱い?
【MSCI新興国株価指数の買い】
ゴールドマン・サックスは、2018年の世界経済は力強い成長を継続すると予想している。とりわけ成長余力がある新興国では成長が(世界経済の)トレンドを上回ることで株式もアウトパフォームする見通しだ。
バリュエーションは既に割高となっているが、それでも米国株と比べると相対的に割高感が薄いことも魅力的である。
新興国への資金流入はまだ過去平均を下回っており、その意味からも新興国が「買われすぎている」と判断するのは早計であろう。
【ユーロ建て「5年先〜5年物」フォワード・インフレ・スワップの買い】
ゴールドマン・サックスは、ユーロ圏のインフレ・リスク・プレミアムが過小評価されていると指摘している。
インフレリスクのプレミアムは2011年以降で最低の水準にあり、マーケットでは1%以下のインフレが今後5年間続くと予想している。しかし、ECB(欧州中央銀行)はこの予想に反して緩和的な政策を維持する必要があり、その結果、経済が活発化し、(マーケットの予想に反して)インフレリスクが高まる公算が大きい。
また、FRBがバランスシート縮小を開始する一方で、ECBもテーパリングを開始することで長期金利が上昇し、それに伴って期待インフレ率も上昇する見通しを示している。
【新興市場債券を買い、米高利回り債を売る】
ゴールドマン・サックスは、米景気は景気サイクルの「成熟期」に入っているが、新興国のサイクルについてはまだ「若い」との見解を示している。したがって、米国ではそろそろ企業利益に陰りが見え始めるかもしれず、米高利回り債は新興国債よりもリスクが高いとも指摘している。
インド、インドネシア、韓国にも注目?
【アジアの成長国通貨を買い、低金利通貨を売る】
ゴールドマン・サックスはインド・ルピー、インドネシア・ルピア、韓国ウォンを買い、シンガポール・ドルと円を売ることが有利との見解を示している。
インド・ルピー、インドネシア・ルピア、韓国ウォンはそれぞれの独自要因から分散効果が期待できる。また、資源の輸出国であるインドネシアと輸入国であるインドと韓国を組み合わせることで、商品(コモディティ)価格の変動に対するヘッジにもなるという。
インドでは国有銀行の再編による不良債権の処理で財務状況や信用格付けが改善している。2018年のGDP成長率は7.6%と2017年の6.2%から大きく上昇する見通しだ。また、2019年上半期までに3回の利上げが実施される見通しで、資本流入によるルピーの上昇も期待できそうだ。
2018年のインドネシアの成長率は5.8%と2017年の5.2%から加速する見通しで、2018年後半に50bpsの利上げがあると見込んでいる。
韓国では、メモリー・チップの上昇サイクルが少なくとも2018年上半期までは続くことから、輸出主導の成長が期待できる。また、2018年末までに3回の利上げが実施される見通しで、資金流入がウォンを押し上げる可能性が高いという。
投資資金の調達は金利の低いシンガーポール・ドルと円で行うのが適当だろう。ただし、円は金利が低いばかりでなく、ドル金利の上昇で円安が見込まれることから、円売りそのものからの利益も期待できる。
世界経済の拡大で非鉄金属価格が上昇?
【南米の資源通貨を買い、米ドルを売る】
ゴールドマン・サックスは、世界経済の拡大により非鉄金属価格の上昇が続く見通しを示している。このためチリ・ペソ、ブラジル・レアル、ペルー・ソルの買い、米ドルの売りが有利であると指摘している。
チリは銅の生産国として有名であり、ブラジルとペルーでも多様な金属が採れる。また、ブラジルを中心に南米経済の回復が予想されることもこの3通貨を推奨する理由となっている。
新興国を重視、引き続きインフレを警戒
ゴールドマン・サックスの「7つの投資戦略」の特徴の一つとして、新興国を重視している点が挙げられる。
その前提には「世界同時景気拡大」が来年はさらに加速するとの読みがあり、その恩恵を最も受けるのが「成長余力」の大きい新興国や資源国という見立てである。
米国に関しては、景気サイクルが既に「成熟期」に入っており、サイクルがまだ「若い」新興国と比べると魅力が劣るとしている。また、労働市場の引き締まりからFRBは現在の見通しよりも積極的に利上げをすると見ていることも米国株の魅力を薄めているようだ。
ただし、米国を除くと世界的には緩和的な金融政策が維持されるとみており、インフレリスクが警戒されるところでもある。
日本の投資初心者が「7つの投資戦略」を実践するには?
ゴールドマン・サックスの「7つの投資戦略」の意図を汲んだ上で、日本の投資初心者が気軽にトレードできる投資対象(手段)にはどのようなものがあるだろうか? 筆者はまず最適な投資対象として新興国ETF(上場型投資信託)に注目したい。
東京証券取引所には、新興国株式を網羅しているMSCIエマージング・インデックスに連動するタイプのETFが上場されているので、証券会社に口座さえあれば簡単に購入することができる。また、日本株のみでポートフォリオを構成している投資家には「国際分散投資」の第一歩として購入してみるのも良いだろう。
株式はリスクが高いと考えるなら外貨預金がお勧めだ。ゴールドマン・サックスの見通しではドル、ユーロ、円の力関係は、ユーロが最強で円が最弱となっている。見通しに従うと、ユーロが最も魅力的であるが、ユーロとドルのどちらを買っても利益が期待できそうだ。外貨預金であればほとんどの銀行で取り扱っているので、気軽に始められるだろう。
外貨預金から一歩進んで、FX取引を始めるのも選択肢となる。こちらはレバレッジがかかる分リスクも大きいがその分利益も大きくなる。
もちろん、ゴールドマン・サックスといえども神様ではないので予想のすべてが的中するわけではない。1年前に公表した「2017年版」の投資戦略ではドル全面高を予想し、ユーロドルはパリティまで下落すると予想したが結果は大外れしている。また、人民元も下落を予想したが、こちらも真逆の結果となった。
専門家の意見に耳を傾けることも大切であるが、利益が保証されているわけではないので、リスク管理は自己責任で行う必要があることをくれぐれもお忘れなく。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)