要旨
東南アジア5カ国およびインド経済は、海外経済の回復やITサイクルの改善を受けて輸出が好調に推移し、景気回復が続いている。こうした輸出拡大に伴う企業収益の改善を通じて設備投資意欲が向上すると共に、政府のインフラ整備計画の進展によって投資が漸く回復し始めている。また雇用・所得環境が改善する国が多い一方でインフレ率が安定して推移しており、民間消費は堅調な伸びを維持している。
消費者物価上昇率は、来年初までは新興国通貨高の影響で横ばいで推移するが、その後は内需拡大やエネルギー価格の上昇といった押し上げ要因が加わり、インフレ率は上昇すると予想する。
金融政策は、短期的には物価が安定的に推移する一方、欧米の金融政策正常化が進むなかで新興国からの資本流出圧力が高まるリスクを警戒し、各国中銀は金融政策を当面据え置くだろう。しかし、中国経済の減速が表面化するなか、各国の物価が上昇基調に入ると引き締め方向で調整(概ね年1回の利上げを想定)するだろう。
経済の先行きは、景気の拡大ペースこそ落ちるものの、安定した成長が続くと予想する。輸出は来年前半にはスマートフォン需要が鈍化して増勢が鈍化するものの、海外経済の回復が続いて底堅い伸びを維持しよう。投資は政府の大型インフラ整備計画が進展するほか、輸出拡大が続くなかで設備投資も回復すると予想する。民間消費は継続的な賃金上昇と良好な雇用環境が維持されて堅調を維持するだろう。
東南アジア・インド経済の概況と見通し
◆経済概況:輸出の好調が継続して景気回復
東南アジア5カ国およびインド経済は、輸出の好調を受けて景気回復が続いている(図表1)。世界経済の回復を受けて昨年後半から電子製品や一次産品の需要が増加し、各国の輸出は好調に推移している。こうした輸出拡大やコモディティ価格上昇に伴う企業収益の改善を通じて企業の設備投資意欲が向上すると共に、政府のインフラ整備計画が着実に進展したことから総固定資本形成が漸く回復し始めている。また雇用・所得環境が改善する国が多い一方でインフレ率は安定して推移しており、民間消費は堅調な伸びを維持している。このほか、低インフレを背景に各国が緩和的な金融政策を維持していることも景気回復をサポートしている。
11月の製造業購買担当者指数(PMI)はタイ(50.0ポイント)を除く5カ国が50を上回り、景気の拡大傾向は続いており、7-9月の水準と比較しても上向いている国が多い(図表2)。国別に見ると、マレーシア、インドネシア、タイの回復が続き、今年に入って軟調に推移していたインドとフィリピンが足元で持ち直し、そして今年好調に推移していたベトナムが伸び悩む傾向が見られる。
◆物価:年内は安定推移、18年から緩やかに上昇
消費者物価上昇率(以下、インフレ率)は年央に鈍化した後、景気が回復したにもかかわらず、安定して推移している。昨年から続いたガソリン価格や電気・ガス料金などのエネルギー価格の値上げの影響が和らいだこと、農業生産の回復を背景に食品価格が低迷していること、そして年初からの新興国通貨高(ドル安)が輸入物価を押し下げていることが影響している。
昨年大きく上昇した原油価格(WTI先物価格)は今年に入って1バレル50前後で横ばいで推移していたが、年後半ばから上向いて直近では50ドル台後半まで上昇している。先行きについても、原油価格が19年末にかけて60ドルまで緩やかに上昇すると見込んでおり(当研究所予測)、再びエネルギー価格の上昇が物価を押し上げることになるだろう。
コアインフレ率は内需に過熱感は見られじ、安定している。しかし、来年も輸出拡大を背景に企業収益の改善が続いて、設備投資の拡大や労働市場の改善へと結びついていくなかでコアインフレ率も緩やかに上昇しよう。
アジア新興国通貨は、世界経済の回復を背景に国際金融市場では年初からリスクオンの相場展開が続く中で上昇傾向が続いてきたが、今後は内需拡大による純輸出の悪化や欧米の金融政策正常化に伴う金利差拡大から緩やかな新興国通貨安に転じると予想する。当研究所では、米連邦準備理事会(FRB)は18年が年3回、19年が年2回の利上げ、また欧州中央銀行(ECB)は19年末にかけて資産買入れを停止して利上げを開始すると予想している。こうしたなか資金の流れが新興国から欧米に向かう展開が見込まれ、東南アジアおよびインドの通貨は軟調に推移するだろう。
以上の結果、先行きのインフレ率は来年初までは新興国通貨高の影響で横ばいで推移するが、その後は内需拡大やエネルギー価格の上昇といった押し上げ要因が加わり、インフレ率は上昇すると予想する(図表3)。
◆金融政策:年内は中立維持、18年に調整的な利上げへ
東南アジア5カ国およびインドの金融政策は、低インフレ環境が続いたことから緩和的な金融政策を維持している(図表4)。
国内経済が勢いに欠ける国ではインフレ圧力が後退したほか、ドル安を背景に自国通貨が安定して通貨防衛の必要性が薄れていたこともあり、年後半には追加の金融緩和に踏み切る動きが見られた。ベトナムが7月、インドが8月、インドネシアが8月と9月に、それぞれ政策金利を0.25%引き下げた。
先行きは、短期的には物価が安定的に推移する一方、欧米の金融政策正常化が進むなかで新興国からの資本流出圧力が高まるリスクを警戒し、各国中銀は金融政策を当面据え置くだろう。しかし、中国経済の減速が表面化して通貨が不安定化しやすくなるなか、内需拡大などから各国の物価が上昇基調に入ると引き締め方向で調整(概ね年1回の利上げを想定)するだろう。
◆経済見通し:堅調な消費と投資の復調で安定成長へ
東南アジア5カ国およびインド経済の先行きは、足元で高水準の輸出の増勢が落ち着くなかで景気の拡大ペースこそ落ちるものの、回復が遅れていた投資の持ち直しが続くほか、消費も堅調を維持することから安定した成長が続くと予想する(図表5)。
18年は中国経済が減速に向かうものの、先進国経済が潜在成長率を上回る成長を維持することから世界経済の回復は続く予想する(当研究所予測)。また来年前半にはスマートフォン需要が鈍化してITサイクルがピークアウト、電気電子製品を中心とする輸出の増勢は鈍化するだろう。もっともIoTやAI、車載電子などの構造的な半導体需要は中期的に増加すると見込まれるほか、アジア地域で進む中国からの生産拠点の移転や外国人観光客の増加も財・サービス輸出を押し上げるため、輸出の伸び率は底堅く推移しよう。結果、輸出が鈍化する一方で内需拡大によって輸入の伸びが上昇することから純輸出の成長率寄与度は減少すると予想する。
内需は堅調な拡大が見込まれる。まず民間投資は、公共投資を呼び水に建設投資が引き続き堅調に拡大するだろう。また輸出拡大や資源価格の上昇などから企業業績が改善、低迷していた稼働率は上向きつつあり、設備投資の回復も続くと予想する。もっとも産業構造改革の遅れや不良債権問題の悪化など問題を抱えている国もあり、投資の回復ペースは国によって差が生じるだろう。また民間消費は今後の物価上昇が家計の実質所得を目減りさせるものの、企業収益の改善によって継続的な賃金上昇と良好な雇用環境が維持されて中間所得層が増加することから堅調を維持すると予想する。公共部門は、税制改革や原油価格上昇などによる歳入増を背景に大型インフラ整備計画が加速して公共投資が堅調な拡大を続ける一方、財政健全化に向けて経常支出を抑制気味にして政府消費が伸び悩むと予想する。
先行きの下方リスクについては、資金流出リスクと地政学的リスクが考えられる。
欧米が金融政策の正常化を進めると共に、中国が住宅バブル抑制などから金融を引き締め方向に調整するなか、韓国が先行きも堅調な景気が続く見通しであることから11月に政策金利を引き上げた。韓国は足元のインフレ率が物価目標を下回って推移していることを踏まえると、今回の利上げは早めの判断だったと言える。世界経済の回復が続くなか、東南アジア5カ国とインドにおいても今後インフレ圧力の高まりや米国に追随する形で利上げする国が増えると見込まれる。景気回復の遅れを材料に緩和的な金融政策を維持し続けると、国際金融市場で通貨売りのターゲットにされる可能性を高めるだけに、引き続き資金流出リスクに対して注意が必要だ。
地政学的リスクについては、まず前回の見通し作成時点から北朝鮮リスクが高止まりしている。東南アジアとインド各国においても、米朝の軍事衝突となれば被害が避けられない韓国や日本との貿易取引に悪影響が出る可能性が高い。またトランプ米大統領が12月6日にエルサレムを「イスラエルの首都」と正式認定したことにより、中東地域の地政学的リスクが増大した。中東地域は地理的に近いインドは勿論、自動車を輸出するタイ、出稼ぎ労働者の多いフィリピン、ベトナム、インドネシアにとっても外貨を得る地域であるだけに警戒が必要である。
各国経済の見通し
◆マレーシア
マレーシア経済は16年半ばに底打ちして以降、景気回復が続いている。17年7-9月期の成長率は前年同期比6.2%増と、前期の同5.8%増から上昇した(図表6)。この景気回復は低所得者向けの現金給付策(BR1M)による消費の拡大や輸出の好調が内需に波及していったことが主因となっている。世界的なIT需要の拡大や中国との貿易取引の拡大を背景に、マレーシアの輸出はプリント基板や半導体等の電気・電子製品、天然ガスや石油製品といった資源関連を中心に3四半期連続で概ね二桁成長を続けている。こうした輸出拡大に伴い企業の景況感が改善し、民間投資が堅調に拡大している。インフレ率はガソリン価格の値上げによって年明けから+3%を上回って推移しているものの(図表7)、こうした輸出と投資の回復につれて雇用・所得環境が改善しているほか、低所得者向けの現金給付策(BR1M)や消費者心理の回復も追い風となって、民間消費は+7%台まで加速している。一方、公共投資は緊縮財政を伴い低調に推移している。
先行きのマレーシア経済は、当面は5%台の高めの成長率を維持するものの、18年末にかけて成長ペースが徐々に減速すると予想する。世界経済は緩やかな回復を続けるものの、半導体サイクルのピークアウトと中国経済の減速を受けて輸出の増勢は18年から鈍化するだろう。一方、民間消費は高水準の家計債務が重石となって一段の上昇こそ見込めないものの、コモディティ価格上昇による企業業績の改善に伴って所得環境が改善することから堅調な伸びを維持しよう。民間投資は輸出関連企業を中心に増勢が徐々に鈍化する一方、内需関連企業の投資が拡大することから堅調な伸びを維持すると予想する。
政府部門は公営企業が資本支出を削減することから景気の重石となる可能性が高い。もっとも総選挙(18年8月までに実施)を控えた2018年度政府予算では、景気回復に伴う税収増を受けて財政再建しつつも、大型インフラ事業や公務員への特別賞与の支給などで支出を拡大すると共に、増税や補助金削減など国民の痛みを伴う施策を回避しており、公共部門の落ち込みを一定程度和らげるものと見込まれる。
金融政策は昨年7 月に政策金利を引き下げて以降、据え置かれている。コアCPIは3%を下回って安定しているが、中央銀行は景気の強さを背景に先行きの利上げを示唆している。来年1-3月に利上げ、その後も堅調な景気と原油高による物価上昇が続くことから年後半にも追加利上げを予想する。
実質GDP成長率は高成長が続いた17年が5.8%と、16年の4.2%から大きく上昇するが、輸出と公共支出の鈍化を受けて18年が5.1%と成長ペースがダウンすると予想する。
◆タイ
7-9月期の成長率は前年同期比4.3%増と、4-6月期の同3.8%増から上昇ペースが加速した(図表8)。直近3四半期の景気回復は在庫積み上がりの影響もあるが、タイ経済は総じて財貨・サービス輸出の増勢拡大と底堅い民間消費を中心に緩やかな成長が続いている。まず財貨輸出はハードディスク等の電子機械や農産品を中心に堅調に拡大しており、サービス輸出は昨年実施した違法格安ツアーの取締りの悪影響が和らいで外国人観光客数は拡大基調にある。民間消費は、こうした観光業の回復や農業生産の拡大を背景に所得が向上したこと、また低インフレ環境が続いたことから底堅く推移している(図表9)。投資は、これまで景気を牽引してきた公共投資が補正予算の執行の反動で直近2四半期は落ち込む一方、これまで低迷していた民間投資が2期連続で増加するなど明るい兆しが見えてきている。
先行きのタイ経済は、輸出の好調で4%程度の高めの成長が続いた後、18年末にかけて3%台半ばで堅調に推移すると予想する。まず財貨輸出はITサイクルのピークアウトと主要輸出先の中国経済の鈍化、バーツ高による輸出競争力の低下等を受けて来年初から鈍化していき、その後は増加傾向を維持すると見込む。またサービス輸出も外国人観光客数が中国人観光客を中心に二桁成長を続けるものと見込まれ、引き続き景気の牽引役となるだろう。
一方、投資は回復しそうだ。政府と公営企業の2018年度投資予算がそれぞれ前年比21.8%増、45.7%増と大幅に増加し、主要インフラプロジェクトの進展が見込まれるため、公共投資は再び加速しよう。また民間投資は輸出の増勢鈍化後も製造業の設備稼働率の上昇や公共投資の呼び水効果によって改善傾向を続けるだろう。
民間消費は底堅い伸びが続きそうだ。今後の物価上昇は家計の実質所得を目減りさせるほか、個人向け融資規制の強化(9月)や高水準の家計債務が消費の重石となる一方、輸出産業の生産拡大を背景に雇用・所得環境の改善が続くこと、また10月にはプミポン前国王の火葬式が実施されて1年間の服喪期間が明けたことじから企業の販促活動が増えることも、今後の民間消費をサポートしそうだ。
金融政策は15年4月に政策金利が引き下げられて以降、据え置かれている。インフレ率は豊作による食品価格の安定やバーツ高の進展などから中銀目標(2.5%±1.5%)の下限を下回っているものの、景気回復が強まるなかで上昇し始めている。今後は緩やかな物価上昇が続くことから、中央銀行は現行の緩和的な金融政策を当面維持するだろうが、来年後半に調整的な利上げに踏み切ると予想する。
実質GDP成長率は輸出の好調が続いた17年が3.9%と、16年の3.2%から上昇した後、輸出から内需への波及が続く18年が3.7%とやや高めの成長を維持すると予想する。
◆インドネシア
インドネシア経済は15年に下げ止まって以降、5%前後の緩やかな成長が続いている(図表10)。17年7-9月期の成長率は前年同期比5.06%増と、前期の同5.01%から横ばい圏の推移となったが、中国向けの石炭やパーム油、天然ゴムなどの資源関連製品を中心に輸出が拡大を続けるなか、建設投資と設備投資がそれぞれ上昇するなど景気回復の兆しが見えてきている。一方、民間消費は堅調ながらも小幅に鈍化した。低インフレ環境の継続(図表11)や高水準の消費者心理指数、そして景気梃入れに向けて中銀が実施した8月と9月の計0.5%利下げなど消費を巡る環境には明るい材料もあるが、賃金上昇ペースの鈍化や政府の税収拡大策などが民間消費を抑制した模様だ。
先行きのインドネシア経済は、投資の回復が続いて5%台前半まで成長ペースが加速すると予想する。インドネシア政府は2018年度予算の財政赤字(GDP比)を2.19%とし、17年度見通しの2.67%から縮小させるなど財政規律を重視する一方、インフラ開発は大幅に拡充した前年から更に6%増とする重点配分を行なった。また政府は断続的に公表している経済政策パッケージでは土地収用の迅速化やインフラ事業の外資規制緩和を持ち込むなど、公共事業の加速の拡大や海外資本の流入も見込まれ、建設投資の堅調な拡大が続く可能性は高い。また足元で回復し始めた企業の設備投資についても輸出拡大とコモディティ価格上昇、ビジネス環境の改善を受けて回復傾向が続くだろう。結果、雇用が第二次産業を中心に拡大するほか、企業収益の改善を背景に賃金の上昇も見込まれる。従って、GDPの約6割を占める民間消費は今後の物価上昇が家計の実質所得を目減りさせるなど短期的には落ち着いた伸びが続くものの、投資の回復につれて徐々に上向いていくものと予想する。政府消費は、政府が支出の効率化を進める一方で徴税強化の取組みや資源価格上昇に伴う関連収入の増加が見込まれることから低位安定した伸びが続く。
輸出は主要輸出先である中国経済が今後減速に向かうなかで資源輸出を中心に増勢が鈍化するものの、世界経済の回復を背景に輸出の増加傾向は維持するだろう。一方、輸入はインフラ事業の拡大に伴って増加するため、純輸出は成長率に対してマイナスに働くことになりそうだ。
金融政策は、中央銀行が8月と9月に政策金利を0.25%引き下げて以降、緩和的な金融スタンスを維持している。内需の弱さを背景にインフレ率が減速傾向にあり、利下げ余地はあるものの、欧米の金融政策正常化を受けて資本流出圧力が強まることを踏まえて金融政策は当面据え置かれるだろう。今後景気回復が徐々に強まるなかでインフレ率の上昇傾向が続く一方、中央銀行は18年の物価目標を3.5±1%と17年より0.5%ポイント引き下げている。18年後半には調整的な利上げ局面に入ると予想する。
実質GDP成長率は17年が5.1%と16年の5.0%から若干上昇した後、18年が5.3%とインフラ投資の進展を背景に内需主導で成長ペースが小幅に加速すると予想する。
◆フィリピン
フィリピン経済は、16年の大統領選挙の関連特需からの反動減や政権移行に伴う予算執行の遅れにより、成長率が17年初まで伸び悩んだものの、7-9月期は前年同期比6.9%増と2期連続で加速した(図表12)。景気回復の主因は、予算執行が改善した公共支出の拡大と好調な財・サービス輸出だ。財・サービス輸出は半導体需要の拡大と米国の景気回復によって電子部品輸出やビジネス・プロセス・アウトソーシグ(BPO)を中心に二桁成長が続いている。一方、GDPの約7割を占める個人消費は昨年こそ前年比7.0%増で景気の牽引役となっていたが、7-9月期は2011年以来の4%台まで減速している。また総固定資本形成は昨年が前年比34.5%増と高水準だったものの、7-9月期は8%台まで減速している。こうした内需鈍化の動きは続いており、内需主導の経済成長には変化が見られる。
先行きのフィリピン経済はドゥテルテ政権が掲げるインフラ整備計画「ビルド・ビルド・ビルド」の本格化に通じた内需の拡大で高成長を維持すると予想する。税制改革法案第1弾は来年1月の施行が視野に入っており、個人所得税を減税する一方で物品税を増税することによってインフラ整備計画に必要な財源を確保する環境が整ってきている。今後インフラ投資計画の着手(*1)によってインフラ整備が進展して公共投資が拡大するとともに、建設業や小売業を中心に中期的な雇用創出も見込まれる。18 年度予算の資本支出は前年度比26.9%増と、前年度の同23.7%増から上昇している。
民間消費は今後の物価上昇が家計の実質所得を目減りさせるものの、輸出拡大やインフラ整備計画を背景に雇用・所得環境の改善が続くこと、また海外出稼ぎ労働者の送金の増加が続くことから堅調な伸びを維持するだろう。民間投資は公共投資の呼び水効果と旺盛な消費需要、輸出の拡大を受けて堅調な伸びを維持するだろう。
外需は、財・サービス輸出が海外経済の回復やペソ安を受けて増加傾向を維持する一方、建設資材や機械の輸入が増加して輸入の伸びは輸出を上回るものと見込まれる。結果、純輸出の寄与度は再びマイナス幅が拡大すると予想する。
金融政策は2014年9月に政策金利が引き上げられて以降、据え置かれている。物価は足元の内需の減速や通貨ペソの持ち直しによって当面は中銀目標(3±1%)の範囲内で推移するだろうが、その後は資源高や物品税増税、インフラ整備加速による内需拡大などから緩やかに上昇しよう。中央銀行は緩和的な金融政策を当面維持し、来年後半に調整的な利上げに踏み切ると予想する。
実質GDP成長率は17年が6.7%と、大統領選挙関連の特需で押し上げられた16年の6.9%から低下するものの、18年が6.7%と内需主導の力強い成長を維持すると予想する。
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(*1)ドゥテルテ政権の経済政策の主軸である「ビルド・ビルド・ビルド」では、首都圏を横断する南北通金銭、首都圏の地下鉄、ミンダナオ地方の鉄道などの大型案件を含み、インフレ関連支出を17年の5.3%から22年までに同7.4%へ拡大することを掲げている。
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◆ベトナム
ベトナム経済は16年の成長率が前年比6.2%増となり、当初の政府目標6.7%を下回るなど軟調に推移していたが、今春に回復ペースが加速している(図表14)。1-9月期の成長率は前年比6.4%増まで上昇し、今年の成長率目標6.7%の達成が視野に入った。景気の牽引役は二桁成長まで加速した製造業であり、海外経済の回復を背景に電子製品やアパレルなどの輸出が拡大した(図表15)。また同国は外資系製造業の進出が多く、この対内直接投資が良好な雇用・所得環境をもたらしており、サービス業は卸売・小売や情報通信業を中心に堅調な伸びを続けている。さらに建設業は農業開発や交通インフラなどの投資拡大を受けて経済全体を大きく上回る成長が続いているほか、農林水産業も干ばつや塩害などで落ち込んだ前年から回復している。一方、鉱業は原油価格下落を受けて生産コストが割高な国内の油田が減産を続けており、低迷している。
先行きのベトナム経済は17年の成長率は前年を上回るものの、18年以降は成長ペースが若干ダウンするだろう。まず1-10月累計の対内直接投資の認可額は前年比52.0%と高水準を記録しており、発電所建設などのインフラ関連を中心に産業全体の生産が押し上げられそうだ。もっとも製造業については前年同期の水準が高かったために対内直接投資が減少しており、18年に入るとITサイクルのピークアウトやASEAN域内関税の撤廃による自動車の輸入増加(*2)などから製造業生産は伸び悩みそうだ。もっともベトナムは大筋合意に至ったTPP11や18年発効を目指す欧州との自由貿易協定(EVFTA)など自由貿易化には積極的であり、中長期的にアパレルなど軽工業分野の外国投資は流入するものと見込まれ、製造業生産は底堅い伸びを維持するだろう。
一方、サービス業は製造業の生産能力拡張や賃金上昇(18年の最低賃金は約6.5%増)を背景に雇用・所得環境の改善が続くだろう。外国人観光客数の増加や買い控えていた自動車販売の増加などは消費需要を押し上げ要因となりそうだ。もっとも先行きの物価上昇は家計の実質所得を目減りさせることはサービス業の押下げ要因となるだろう。農林水産業は前年の落ち込みからの回復局面が終わり、安定成長へシフトしよう。
金融政策は中央銀行が7月に14年2月以来となる0.25%の利下げを実施して以降、据え置かれている。足元のCPI上昇率は中銀目標(年平均4%以下)を下回って安定しているが、来年後半には資源価格の上昇や食品価格低迷の影響が和らぐほか、貿易収支が再び赤字化して通貨安が進むことも輸入インフレ圧力となり、物価の上昇傾向が強まるだろう。来年末の利上げを予想する。
実質GDP成長率は、17年が6.7%と政府目標を達成して16年の6.2%から上昇するが、輸出の増勢鈍化によって18年が6.5%(政府目標6.5~6.7%で検討中)と小幅に低下すると予想する。
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(*2)ベトナム政府は17年10月、輸入車の増加に備えて18年1月からの自動車の生産、輸入、保証、修理の条件を規定した政令を公布した。輸入車に対する性能検査や品質保証の義務付けなど非関税障壁を設けることで地場自動車産業への影響を軽減しようとしている。
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◆インド
インド経済は16年11月に政府が突然として高額紙幣の廃止を実施して以降、成長ペースは大きく低下している。年明け以降、高額紙幣の廃止による現金不足のショックは徐々に和らいできたものの、7月の物品サービス税(GST)導入に伴う混乱が生じて4-6月期の成長率は5%台まで落ち込み、過去3年間の最低水準を記録した(図表16)。7-9月期はその影響が和らいで6%台まで回復したものの、引き続きGST導入に伴う混乱の悪影響が残り、高額紙幣廃止前の7%台後半の成長率まで回復できていない。7-9月期は、GST導入を背景とする企業による節税目的の在庫削減の影響が残ったほか、制度変更に伴う輸出手続きの混乱が生じて輸出の回復が遅れた。また民間消費はGST導入後にサービスなど増税された商品の販売が落ち込んだほか、農産品価格が低迷して労働人口の約半数を占める農村部の所得環境が悪化したことが民間消費の回復の遅れに繋がった。
先行きのインド経済は、高額紙幣廃止とGST導入の影響で下振れた景気が持ち直しに向かうと予想する。まず投資はインド政府が10月に公表した9兆円の景気刺激策を受けて回復傾向が続きそうだ。政府の景気刺激策では、今後5年間で6.9兆ルピーの道路建設や2年間で2.1兆ルピーの国営銀行に対する資本注入策などが盛り込まれており、公共事業の着実な進展や深刻化した不良債権問題の改善が期待できる。また設備投資は当面は不良債権問題を背景に軟調に推移するだろうが、中長期的にはGSTや破産倒産法、高額紙幣の廃止などモディ政権が進めてきた大型改革の効果が表れることから上向くものと見込まれる。
民間消費は今後の景気回復に伴う物価上昇が家計の実質所得を目減りさせるものの、小麦や豆類などの農家からの最低支持価格(MSP)の引上げや州政府による農業ローン免除を受けて農業従事者の所得環境が改善すること、また建設部門を中心に雇用が拡大することから堅調に推移しよう。
輸出は短期的には伸び悩むものの、GST導入の影響が和らぐなかで増勢を強めるだろう。一方、内需の堅調な拡大によって輸入も拡大するため、純輸出は成長率に対してマイナスに働くだろう。
リスクは選挙を視野に膨張する財政赤字だ。最近では景気刺激策や農業ローンの返済免除など、政府は選挙対策として支出の拡大姿勢を強めており、2017年度は財政赤字(GDP比)3.2%という政府目標を上回る可能性は高い。2019年にはモディ政権2期目がかかる総選挙を控えており、政府支出の拡大に歯止めがかかるとは考えにくい。今後の景気回復による税収増が歳出の増加に見合わなければ、巨額の財政赤字が更に膨張し、インドからの資金流出に繋がる恐れがある。
金融政策は8月に政策金利を引き下げるなど緩和的な姿勢を維持してきたものの(図表17)、先行きは景気回復を背景に物価上昇を続けること、欧米の金融政策正常化によって金融緩和に踏み切りにくくなることから政策金利を当面据え置き、来年後半には調整的な利上げに踏み切るものと予想する。
実質GDP成長率は、17年が6.2%と高額紙幣廃止とGST導入に伴う混乱によって16年の7.9%から低下するものの、18年が7.4%と巡航速度の成長ペースに戻ると予想する。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
斉藤誠(さいとう まこと)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究員
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