シンカー:日銀が、現行の金融緩和の枠組みを維持しならが、長期金利の誘導目標を引き上げる(または0%程度への固定を10年から短縮する)必要条件は、展望レポートの物価のリスクバランスの中立化に加え、賃金上昇が明確になりコアCPIの前年比が1%を越えること、ドル・円が120円程度になり、景気に過熱感が出始めることだろう。ドル・円が120円程度となると、グローバルに金融緩和の縮小が進行している中、日銀だけが何の手も打たないことで、円安をマニュピュレーションしていると国際政治的に批判されるリスクが出てくることになろう。しかし、物価の先行きリスクが中立化するまでは、緩和縮小とみられるような動きはなく、実施は早くても2018年後半だろう。年後半に物価上昇の加速がみられ、10月の展望レポートでリスクバランスを中立化できるのかがまずは焦点だろう。引き上げは緩やかで、上昇していく長期金利のフェアバリューとの差は拡大を続け、金融政策は緩和的であり続けるだろう。副作用を恐れて、拙速に誘導目標を引き上げれば、企業やマーケットに金融引き締めと誤解され、失業率の先行指標である日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIが低下し、デフレ完全脱却の動きを阻害してしまうリスクが大きくなる。日銀はできるだけ慎重に動こうとするだろうから、時期は早くなるより遅くなる可能性の方が大きいだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

12月20・21日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き、量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金残高の一部の金利を-0.1%程度、長期金利を0.0%程度とする政策の現状維持を決定した(八対一)。12月の景況判断にはほとんど変化はなかった。10月の日銀展望レポートでも、景気について「所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大している」とし、需要超過の領域に入りながら景気が引き続き上向いていることを示す「拡大」という判断が維持された。内需も含めた景気拡大が強くなってきたこともあり、「下振れの方が大きい」とされてきた経済のリスクは「概ね上下にバランスしている」と中立化している。

10-12月期の日銀短観も、大企業製造業と非製造業ともに業況が良好で、設備投資計画も堅調であることが確認された。総選挙は自民党と公明党の連立与党が三分の二を上回る議席を獲得する大勝となり、アベノミクスによるデフレ完全脱却への方針が国民に再び信認された。2%の物価目標は政府・日銀の共同目標であり、日銀に委託されているのはその実現の手段であって、日銀がその是非を判断し独断的に撤回することはできないと考えられる。2018年4月に退任する黒田総裁の後任には、再任か、同程度にハト派で現行政策に理解のある人が任命され、日銀は、2%の物価目標を含め、現行の金融緩和政策を粘り強く維持するのがメインシナリオだろう。

日銀が遂行している「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」による超低金利政策の効果と副作用の評価はまだ定まっていない。日銀当座預金の残高にマイナス金利が付され、長期金利もかなり抑制されているため、金融機関は貸出や投資により積極的になり、景気刺激効果と円安効果があるというのが日銀の目論見であろう。一方、マイナス金利で日銀当座預金残高からの収入が減少し、超低金利環境で貸出利鞘の縮小するため、金融機関の収益構造が弱体化し、財務悪化が貸出や投資を消極的にしてしまう悪影響があり、かえって金融緩和の効果が反転(リバーサル)するという指摘もある。

最終的に効果と副作用の評価を決するのは、企業が金融機関の貸出態度が緩和したとみるのか、引き締まってしまったとみるのかである。金融機関の経営状態が厳しいと企業が見れば、実際の貸出態度に変化はなくても、将来的に引き締まっていく不安が生まれ、企業活動は弱体化してしまう。信用サイクルの動きを示し、内需の動向を最も敏感に反映する日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIが決することになる。中小企業貸出態度DIが上昇すると、信用サイクルが上向き、企業活動が活性化し、失業率が1年程度のラグをもって低下していくことが確認できる。確かに、現在のところ、中小企業貸出態度DIは上昇トレンドを継続しており、信用サイクルは上向き続け、日銀の現行の政策は副作用より効果の方が大きく、デフレ完全脱却への動きは順調であると判断できる。

しかし、その上昇の勢いは既にかなり弱くなっているようにも見える。超低金利環境の期間が長ければ長いほど、金融機関の収益構造が弱体化し、財務悪化が問題となる副作用のリスクが大きくなる。DIが明確に悪化トレンドとなってしまえば、政府・日銀の共同目標である2%の物価上昇に向けて「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」という手段はうまく働いていないことを意味し、枠組みを大きく変更する必要が出てくることになる。よって、できるだけ早期に2%の物価目標に到達し、超低金利環境から脱却する必要がある。短観貸出態度DIの上昇トレンドを維持し、失業率の更なる低下とそれにともなう賃金上昇が物価上昇を加速させる状態につなげるためには、金融緩和政策の限界や副作用もマーケットなどで意識されていることを考えると、財政による景気対策や構造改革などによって企業のビジネス環境の改善を促進し、企業が楽観的な見通しが持てるようにする必要があろう。このDIは、金融機関の客観的な融資条件の変化ではなく、企業が主観的に貸出態度をどう見るのかを計るもので、その主観的な判断にはビジネス環境の改善が重要だからだ。

そして、日銀の大規模な金融緩和効果が小さく見えるのは、財政緊縮などによりネットの資金需要が消滅してしまい、マネタイズするものが存在せず、マネーや貨幣経済の拡大を促進できなかったのが理由である。総選挙の結果の意味合いは、財政政策が、高齢化に向けた財政赤字に怯えた守りの緊縮から、教育への投資を含む「全世代型社会保障制度」の創出、防災対策とインフラ整備、そしてデフレ完全脱却と生産性の向上による更なる成長を企図する攻めの緩和へ明確に転じることである。企業活動の回復と財政政策の緩和によりネットの資金需要が復活するとみられ、日銀が現行の政策を維持しているだけで、金融政策の効果は強くなり、デフレ完全脱却への動きは促進されることになろう。

日銀が、現行の金融緩和の枠組みを維持しならが、長期金利の誘導目標を引き上げる(または0%程度への固定を10年から短縮する)必要条件は、展望レポートの物価のリスクバランスの中立化に加え、賃金上昇が明確になりコアCPIの前年比が1%を越えること、ドル・円が120円程度になり、景気に過熱感が出始めることだろう。ドル・円が120円程度となると、グローバルに金融緩和の縮小が進行している中、日銀だけが何の手も打たないことで、円安をマニュピュレーションしていると国際政治的に批判されるリスクが出てくることになろう。しかし、物価の先行きリスクが中立化するまでは、緩和縮小とみられるような動きはなく、実施は早くても2018年後半だろう。年後半に物価上昇の加速がみられ、10月の展望レポートでリスクバランスを中立化できるのかがまずは焦点だろう。

引き上げは緩やかで、上昇していく長期金利のフェアバリューとの差は拡大を続け、金融政策は緩和的であり続けるだろう。副作用を恐れて、拙速に誘導目標を引き上げれば、企業やマーケットに金融引き締めと誤解され、DIが低下し、デフレ完全脱却の動きを阻害してしまうリスクが大きくなる。日銀はできるだけ慎重に動こうとするだろうから、時期は早くなるより遅くなる可能性の方が大きいだろう。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司