日本経済界の頂点に君臨する企業と言っても過言ではないトヨタ。今、その地位が揺らいでいる。イギリスやフランスが、相次いで2040年までにガソリン車の販売を終えると宣言。中国も追随する動きを見せている。

トヨタは電気自動車(EV)の開発に後れを取っていると言われる。その理由は、トヨタが傾注してきたのはEVではなく燃料電池車(FCV)だったからだ。東京都交通局などでは、トヨタが開発したFCVのバスが早くも導入されて、大きく環境面をアピールしているが、やはり世間のイメージは「エコカーと言えばEV」が揺るぎない。

それだけに、今後の自動車市場はEVが中心になるとの見方が強い。そうなると、EVで後れを取っているトヨタはかなりのハンデキャップを負っている。

自動車会社が消える日
著者:井上久男
出版社:文春新書
発売日:2017年11月17日

追い詰められる日本メーカー ガソリン車からEVへ

自動車産業といえば、日本のお家芸とも言われるほど日本メーカーは優れた企業を有していた。トヨタ以外にも日産、ホンダ、そしてマツダ。名だたる企業が、自動車の開発を競い合ってきた。

ところが、自動車がガソリン車からEVへとシフトするのと同時に、日本メーカーは追い詰められている。ガソリン車からEVへの流れは、単純に燃料が切り替わるという話ではない。完全なゲームチェンジだ。

ガソリン車と比べ、EVの部品ひとつひとつがハイテク化している。一方、部品の数はガソリン車よりも圧倒的に少ない。また、簡素な構造でもある。高い技術力を有していれば、少人数でもEVを完成させられるため、EV市場には従来の自動車メーカーではない企業も名乗りを挙げている。

日本のメーカーで言えば、パナソニックやヤマダ電機といった電化製品を製造・販売してきた企業が、ものづくりのノウハウを活かしてEV製造に挑む。海外企業ではサイクロン掃除機で知られるダイソンが、EV市場に意欲的だ。

トヨタを脅かすIT企業「クルマのスマホ化」で何が変わる?

そうした異業種の参入が世界の自動車産業の覇権を握るトヨタに迫っている。特にトヨタを脅かす存在が、グーグルなどに代表されるIT企業だ。今般、自動車づくりにITは欠かせない要素になりつつある。自動車業界では今後の展望を語る上で、「CASE」と呼ばれるキーワードが欠かせない要素だと言われる。

CASEのうち、Cは「Connectivity(つながる)」、Aは「Autonomous(自動運転)」、Sは「Sharing(シェアリング)」、Eは「Electricity(電動化)」で、今や自動車は走るソフトウェアとも称されるほど、ハードよりソフトが重視される。

著者は、これを「クルマのスマホ化」と形容している。どんなにハードウェアとして優れたスマホがあっても、アプリをはじめとするソフトフェアがうまく作動しなければ、スマホとして用をなさない。同様に、自動車でも搭載されるソフトフェアの性能が劣悪ならば、自動車は単なる鉄の箱になってしまう。

今後、自動車開発における重要度はハードウェアからソフトウェアへと比重が強くなっていくだろう。ソフトウェア開発が自動車の生産・販売・売上を左右するようになれば、トヨタは下請け企業へと転落する。

世界のトヨタが一下請け企業になることなど、現段階では想像すらできない。だが、業界の動きは思っている以上に早く、社会もスピード感のある技術力の進展に対応している。すでに、日本国内でも公道で自動運転の初実験がおこなわれた。今後、こうした実験は珍しいものではなくなる。そうした地殻変動が静かに、しかし着実に起きつつある。

自動運転に対する意識も、海外では日本とはまったく違った方向へと動いている。自動運転の分野において、日本では「人間が主、機械が従」という固定概念が根強い。

自動運転は技術の到達水準によってレベル分けがされているが、日本では「加減速やハンドル・ブレーキ操作を自動化」するレベル2までが、自動運転の限界とされてきた。

なぜなら、レベル3は「一定の条件下であればクルマが自動に運転し、緊急時には人間が運転を担当する」という、運転の主役がクルマ側に交代しているからだ。クルマに搭載された人工知能に、運転を任せる。そんな自動運転で、事故が起きたらどうする?一般的な日本人だったら、誰もが当たり前のように考える。

しかし、海外の技術者たちは違う。むしろ、人間の方がミスをする可能性が高いのだから、レベル2の方が危険でレベル3はおろか完全自動運転となるレベル4まで一気に技術開発を進めるべきだとの意見が大勢を占める。

もはや、自動車に対する考え方が大きく異なってきているのだから、自動車メーカーが焦りを感じるのも無理はない。もちろん、そうした危機感に晒されているのはトヨタばかりではない。日産もホンダもマツダも立場や心情は同じだ。

これまで日本の自動車メーカーは、自国内でシェアを拡大すれば生き残ることができた。しかし、今は状況がまったく違う。EVをはじめ自動運転などの次世代技術の開発には多額の研究費が必要になっており、自動車の部品を供給するメーカーは年間2000万台の販売を目標に掲げる。その台数を販売していかなければ、自動車メーカーは生き残れないのだ。

くわえて政治的な要因もある。このほど締結された日欧EPAをはじめ、海外製品の輸出入にかかる関税は低減もしくは撤廃の潮流にある。10年もすれば、関税障壁を飛び越えて日本の自動車市場に黒船が襲来してくる。

日本の自動車メーカーは品質がいいから、海外の自動車メーカーが進出してきても恐れることはないと侮ってはいけない。日本の家電メーカーは高い技術力を誇り、21世紀まで世界市場をリードする存在だった。しかし軒並み韓国メーカーのサムスンやLGの後塵を拝している。スマホ市場では、アップルに独占され、日本メーカーは見る影もない。

これまで日本の後を走っていた中国・台湾企業に、シャープや東芝が買収されてしまうことなど、日の丸家電メーカーが隆盛を誇っていた1990年代には誰も想像できなかっただろう。

世界情勢は刻一刻と変化している。大きな波が押し寄せる自動車市場の変化はもっと激しい。いつまでも、日本車優位が続く保証はない。著者が指摘する「自動車会社が消える日」は、もしかしたら私たちが気づかないだけで、すぐ目の前にまで迫っているのかもしれない。

小川裕夫(おがわ ひろお)
フリーランスライター・カメラマン。1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者などを経てフリーランスに。2009年には、これまで内閣記者会にしか門戸が開かれていなかった総理大臣官邸で開催される内閣総理大臣会見に、史上初のフリーランスカメラマンとして出席。主に総務省・東京都・旧内務省・旧鉄道省が所管する分野を取材・執筆。