「1人で休む時間」こそが、アイデアと決断力を生み出す

鈴木喬,休む時間
(画像=The 21 online)

サラリーマン時代には企業保険のスーパー営業マン、そしてエステー出向後は大ヒット商品を連発し、業績不振だった会社をたちまちV字回復させた鈴木喬氏。猛烈な仕事人の姿が思い浮かぶが、鈴木氏は「さぼれないやつは経営なんてできっこない」と断言する。アイデアマンとしても経営者としても一流の鈴木氏、その休息術についてうかがった。(取材・構成=塚田有香、写真=江藤大作)

さぼっているくらいで経営者はちょうどいい

エステーが経営不振に陥っていた19年前に社長に就任し、見事に業績をV字回復させた鈴木喬氏。『消臭ポット』『脱臭炭』などの大ヒット商品を生み出す一方で、不良在庫や商品数を大幅に削減する大胆な経営改革を断行した。そう聞くと、寝食を忘れて猛烈に働くリーダーをイメージするかもしれないが、本人は「経営者はさぼっているくらいでちょうどいい」と笑う。

「経営者がやらなきゃいけないことなんて、本当はそれほど多くない。トップが仕事をすべきなのは、僕が社長になった頃のような危機に会社が直面したときと、絶好のチャンスが飛び込んで来たときだけ。そこで『今からあっちの方向へ進むぞ!』と決断することは、経営者にしかできません。つまり、トップが本当にやるべき仕事は『未来を考えること』なんです。

だからそれ以外の仕事は、他の人に任せればいい。日本の社長は、用もないのに取引先に挨拶に行ってみたり、必要のない会議に顔を出したりと、どうでもいい仕事を増やしすぎです」

そして鈴木氏は、「未来を考えるには、1人になって休息する時間が必要だ」と話す。

「僕は1週間くらいの長期休暇をよく取ります。そして、1人でプールで泳いだり、趣味のスキーやトレッキングに出かけたりして、遊びながら考える。あるいは、マキャベリの『君主論』や『孫子』といった本を読んでは、また考える。会社の中で立場が上になるほど、そういう時間を作らなきゃいけません。リーダーというのは、1人で考えて、1人で決断しなくてはいけない職業なんですから。

こうして1人で考えたことを、僕はいつもレポートにまとめています。『3年後の日本経済はこうなる』『5年後はエステーをこんな会社にしたい』と。この積み重ねがあるから、いざ危機やチャンスが来たときに、どこへ向かうか判断できるわけです」

わざわざ休暇を取らなくても、仕事中に考える時間を設ければいいのではと思うかもしれない。だが鈴木氏の意見は違う。

「仕事を離れて楽しいことやバカバカしいことをやらないと、アイデアなんて出てこない。会議や書類仕事など目先の作業をしながら、長期的な展望なんて考えられませんよ。

今の企業にとって、最も重要な資源は〝アイデア〟です。資本や技術を外から調達するのはさほど難しくない。フェイスブックなんて、別に高度な技術や巨大な資本があるからできたわけではなく、まさにアイデアから生まれた大ヒットビジネスです。そして良いアイデアというのは、プールサイドでぼんやりしているときなんかに出てくるもの。だから僕は、まず遊びの予定を入れる。仕事はその合間に入れればいい(笑)」

仕事は体力勝負! 毎日8時間はしっかり寝る

こうした働き方は経営者だからできること、と思うかもしれない。だが鈴木氏は、日本生命に勤務していたサラリーマン時代から、「休息」を優先してきた。

「商売人だった僕の親父が、よく言っていたんです。『世の中に寝ることほどラクはなかりけり。浮世のバカは起きて働け』とね。親父は空襲で自分の店を焼かれ、戦後は商売を立て直すため、夜を徹して働き続けた人でしたから、そんな言葉が出たんでしょう。そんな姿を見て僕は『商売人は大変だ。自分はサラリーマンになってラクをするぞ』と決めたのです。

当時は高度成長期だから、周囲は夜遅くまで働いていましたが、僕だけは夕方5時になったらサッサと退社しました。それでも、仕事の成果は人並み以上にあげていました。

そもそも僕は、何事もダラダラやるのが大嫌いなんです。だから仕事も、常に瞬間最大風速でやる。そのためには、しっかり休息を取らなきゃいけません。特に交渉事は、最後は体力勝負。僕も外国企業のCEOたちと散々渡り合ってきましたが、ビジネスで勝つのは〝運と勘と度胸〟のある人だけ。ぐっすり眠って体力満タン、頭の冴えた状態でなければ、そんな勝負はできませんよ。だから僕は、毎日必ず8時間は睡眠をとっています」

サラリーマン時代の鈴木氏が休む時間を確保できたのは、徹底してムダな仕事を減らしてきたからでもある。

「日本生命にいた頃、会社が当時最新鋭のコンピューターを導入しました。それで計算や分析が行なわれ、毎日膨大な量の紙が出力される。この紙の処理に、数十人の社員が毎晩遅くまで残業していました。僕はこの業務を担当する部署の係長になったのですが、内容を見ると、会社にとって役に立たないデータがほとんど。念のため確認したところ、やはりまったく活用されていないとわかりました。

だから僕は部下たちに、『こんな仕事、やらなくていいぞ』と言い、やることがなくなった数十人の社員たちを外へ連れ出して、ソフトボールをしたり、あんみつを食べたりし

「やらないこと」を決めるのがリーダーの仕事

会社からすれば、「与えた仕事やらない困った社員」と映っただろう。だが、若い頃からムダを徹底排除してきた習慣は、鈴木氏の大きな武器となった。

「経営者のもうひとつの仕事は、『やらないことを決める』こと。僕は社長になった際、5つあった工場を3つに、860あった商品を280に減らしました。これは『売れない商品を作るのをやめる』と決めたからできたことです。

売れないものをやみくもに作って『よく頑張った』と満足するような働き方は、会社にとって一番迷惑。よけいな人件費や物流コストがどれだけかかることか。でも放っておいたら、大抵の人はムダな仕事をするものです。だからこそ『やらないこと』を誰かが決断しなければなりません。

工場や商品を減らす決断に、周囲は大反対しました。それでも僕が確信を持って『これはやらない!』と言えたのは、やはり普段から、休息を兼ねて1人になる時間を作り、考え続けてきたからです。

だから皆さんも『仕事が趣味』なんて言わず、上手にさぼってほしい。僕から見れば、みんな真面目すぎます。優秀な人ほど、メンタルに問題を抱えて潰れていく。それではもったいないでしょう?

リーダーは皆を元気にするのも大事な仕事。そのためには、まず自分が元気でなくちゃいけませんよ」

休みたければ、上司をおだてろ

仕事を減らして休みたくても、「上に言われた仕事をやらないわけにはいかない」と悩む人は多い。だが鈴木氏は、「上司にとって“役に立つ部下” になれば、多少好き勝手をしても認めてもらえる」と言う。

「僕はよく『部長の名前で会社にこんな提案をしたら、上から評価されますよ』とプレゼンしていました。すると上司も『こいつはよくさぼっているが、自分の出世には役立ちそうだから見逃してやるか』と思うものです」(鈴木氏)

加えて、「あなたは優秀だから、もっと上へ行くべきです」とおだてて、相手の懐に入るのが得意だったそう。社員には、「とにかくゴマをすれ。正論を言うな。そして世の中を自分でコントロールしろ」とアドバイスする鈴木氏。上の人間を味方につける処世術は、仕事に追われる中間管理職世代が休みを取るための必須スキルと言えそうだ。

鈴木 喬(すずき・たかし)
エステー〔株〕代表執行役会長(CEO)
1935年、東京生まれ。一橋大学商学部を卒業後、59年に日本生命に入社。企業保険のトップセールスマンとして活躍。85年、エステー㈱に出向。98年、エステー社長に就任。『消臭ポット』『消臭力』『脱臭炭』『米唐番』などのヒットを連発し、2005年3月期には創業以来最高の純利益18億円を達成。売上高も社長就任時から20%伸ばした。現在、エステー㈱取締役会議長 兼 代表執行役会長(CEO)。著書に『社長は少しバカがいい。』(WAVE出版)など。(『The 21 online』2017年12月号より)

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