限りある資産を有効活用していくためには、自分の資産をポートフォリオとして考える癖を持つ必要があります。つまり、「だいぶ銀行預金も貯まったな」「この前、買った株が値下がりしているな」と個別に考えるのでなく、全体のバランスが重要だということ。それが将来起こりうるさまざまなリスクへの対策になります。
(本記事は、内藤 忍氏の著書『毎月100万円を生み出す人生戦略の立て方』クロスメディア・パブリッシング/インプレス=2017年7月18日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
リスクを知り、最悪の事態を想定する
では、人生戦略を考える時に、そもそもどのようなリスクを想定すべきなのでしょうか?
たとえば、会社員として働き続けるのであれば、会社の倒産リスク、リストラや給与が下がるリスク、病気や怪我によって働けなくなるリスク、IoTや人工知能による自動化によって職業自体が消滅するリスクなどさまざまなものがあります。
不動産投資にしても、空室リスク、修繕リスク、天災リスク、家賃下落リスク、金利上昇リスク、資産価値の下落リスクなどさまざまなものがあります。
リスクを知っておくことは「想定の範囲」を広げることとも言えます。
それが、自分の資産形成に大きなインパクトを与えないものであれば無視できますが、インパクトの大きいもので、しかも、その可能性が高いものについては、事前に最悪の事態を想定しておくべきです。
経済リスクの基本を押さえる インパクトが大きい経済リスク
資産形成においてインパクトの大きいものといえば、経済リスクです。
経済リスクには「マーケットリスク」と呼ばれる株式市場、為替市場、債券市場といったマーケット(市場)が変動することで、保有している資産の価値が変動することによるものと、物価変動リスクのような実体経済の変化によるものに分けられます。
(1) 為替変動リスク
為替レートの変動による為替リスクは、外貨資産を保有している場合だけではなく、円資産しか保有していない場合でも、本質的な資産の価値に影響を与えます。 円安になれば、円で100万円の資産は、同じ100万円であっても実質的な価値はほかの通貨に対して下落していくことになるからです。
(2) 株価下落リスク
また、株式市場で株価が変動すれば、株式に連動する資産に影響があります。 株価はリーマンショックのような急変時にはインデックス(市場の平均)であっても、50%近く下落することがあります。資産が短期間に半減する可能性があるということです。 株価とは、企業の将来の収益期待の現在価値と定義できます。
(3) 金利上昇リスク
経済活動に影響する市場の金利は、短期金利は政策金利として中央銀行が決定しますが、長期金利は債券市場の債券価格の動きによって市場が決めるのが原則です。 金利が上昇すれば、債券価格は下落するという逆の動きになります。 世界的な低金利の中で、金利が今後どうなるかは、債券投資だけではなく、資産運用全体に影響する経済リスクといえます。
(4) 物価変動リスク
また、物価変動リスクは、取引所のような金融市場のマーケットの動きで決まるものではなく、企業や個人の実体経済のマーケットでの活動を反映するものです。
資産設計戦略を立てるうえで、押さえておきたいこれらの経済リスクについて順番に説明していきます。
為替変動リスク
それでは、為替レートはどうやって決まるのでしょうか。
簡単に言えば、為替のマーケットとはさまざまな通貨の人気投票のようなものです。
みんなが欲しがれば需要が高まってその通貨の価値が上がり、こんなのいらないと思えば需要が下がって通貨価値も下がります。
その変動要因は複合的なので一概には言えませんが、たとえば、円高になる時のケースを取ってみると次のようなものがあります。
円高に繋がる要因
1.国内の好景気、経常収支の黒字、実質経済成長
2.デフレ(物価安)
3.財政の健全化
4.当局の市場介入(ドル売り円買い)
5.国内金利上昇6.有事の円買い
円高・円安による影響
円高になることは、円の価値が上昇するということですから、円資産を持っている大半の日本人にとっては好材料です。
海外旅行に出かけたり、海外から材料を輸入したり、海外の不動産物件を購入したりするなら円高の時がベストです。
ただし、輸出企業からすれば、円高になると現地での売値が割高になってしまって売りづらくなるため、売上が下がりますし、現地での価格が据え置きであっても、日本円に換算した時の売上や利益が減るので悪材料とみなされます。
円高になると日経平均がジワジワ下がるケースが一般的です。
逆に円安になることは円の価値が下落することなので、円資産を保有する日本人にとっては悪いことです。
でも、輸出企業からすれば、現地で売られる自社製品に割安感が出るので売上が伸びやすく、日経平均が上がるケースが一般的です。
アベノミクスの基本政策は、円安とインフレの実現によって国内景気を回復させることです。
為替リスクへの対応
将来、円安か円高か。これは誰にもわかりません。
もし、自分なりに世界経済の動向を研究して「将来は絶対に円安になる!」と確信を持てるなら円資産を売り払って、どんどん外貨資産などに変えればいいのですが、どちらに動くかわからない時は、両方に配分するのが分散投資の基本になります。
もし、資産の半分を円資産が占めているとしたら、残りの資産で海外の金融商品を買ったり、海外不動産を買ったりして五分五分の状況にしておくのです。
そうすれば、為替がどちらかに動いても最悪の事態は回避できます。
経済リスクの基本を押さえる金利変動リスク
経済ニュースでよく見かける「金利」。
ビジネスでも投資の世界でも大事なキーワードですが、同時に複雑でもあるので少し詳しく解説します。
金利とは「お金を貸し出すレート」のこと。
先ほど見た為替は、複合的な要因で変動しますが、短期金利については、基本的に中央銀行がコントロールしています。
政策金利とは
中央銀行が政策金利としてコントロールできるのは、短期金利だけです。
長期金利は、国債や社債などの債券が市場で取引され、その需給によって決定されるのが原則です。
金融緩和と金利政策
日本では、日銀が政策金利をマイナス0.1%まで引き下げるマイナス金利政策を採用し、それに伴い長期金利も低下し、10年までのほとんどの期間で、金利がほぼゼロという状態になっています。
米国は、金融緩和から利上げに政策モードが切り替わっていますが、短期の政策金利が上昇しても、長期金利の上昇にはつながっていません。
長期金利が上昇するためには、将来の短期金利が上昇するという市場の期待が必要だからです。
欧州も、金融緩和状態からの脱却を目指していますが、政策金利を決定するECB(欧州中央銀行)は慎重な政策金利のコントロールを続けています。
このように、日米欧という主要な先進国において金利が急上昇するリスクは現状では低いといえます。
金融政策の限界
政策金利を下げれば市場の金利も下がり、その結果、たとえば「年利1%でお金を借りられるならビジネスでもやろうかな」という人が増えて投資が活発になり、市場にお金が循環して景気がよくなるだろうというのが教科書的な理屈です。
ただ、実際にはその効果は限定的です。その理由は、日本の企業は、余剰資金をたくさん持っているので、政策金利が下がったからといって投資を活発にするとは限らないからです。
むしろ、余剰資金をたくさん持っている会社からすれば、金利が下がってしまうと資産運用がしづらいので、マイナス面のほうが大きいという側面もあります。
金利と為替の関係
金利と為替の間にも相関関係があります。
大原則は、お金を運用するなら金利が高い国のほうが有利なので、高金利になると世界中の投資家からお金が流れてきます。
そのため、アメリカが利上げをするとドル高円安、逆に、日本の金利が上がれば円高ドル安になりやすいというわけです。
ただし、金利が高ければ必ずお金が集まるとも限りません。
むしろ、国内からお金を流出させたくない、もしくは海外からお金を集めたいから金利を上げるケースもあります。
たとえば、南アフリカの国債などは、金利が2ケタの場合もあるので魅力的に見えますが、脆弱な通貨のため、いきなり為替が急落したりするので注意が必要です(これを「コツコツドカン」と呼んでいます)。高金利だから資金が流入するとは限らないのです。
金利と債券の関係
債券金利は、債券価格とは逆方向に動きます。つまり、金利は次のような動きを示します。
・金利が上がると、債券価格が下がる
・金利が下がると、債券価格が上がる
固定金利の債券の利回りは満期を迎えるまでずっと変わりません。
たとえば、利回り2%の債券を持っているとして、市場金利が上昇し、世の中で売られている債券の利回りが3%になったとします。
すると2%の利回りしか得られない債券を買いたい人がいなくなるので、その債券価格が下がるのです。
逆に、世の中の金利が下がると、それ以前に売られていた、より高利回りの債券の価値が上がります。
ここ20年くらい資産運用の手段として国債を買い続けていた人たちは、高い利回りを得ながら、なおかつ債券を譲渡すれば高値で売れる最高の状況にありました。
現状の超低金利下で、これから債券を買っても利回りは低いですし、今後、金利が上がれば債券価格も下がるので、資産を増やすという観点からは債券を買うメリットはほとんどない状況です。
ローンの金利上昇
また、金利のリスクで多くの人に影響してくるのがローンの金利上昇です。
「金利が上がるなら借りない」という考え方もあるかもしれませんが、急上昇するリスクは小さいと判断するなら、お金を借りられるうちに借りてしまう戦略もありだと思います。
その時は、できるだけ多く、できるだけ長く借りることが基本。
銀行のローンは、繰り上げ返済は自由にできますが、追加融資は簡単にはできないからです。さらに「固定金利」で借りられたら将来の金利上昇リスクは完全にヘッジできます。
そうやって多めに借りておいて、その金利より利回りの出るものに投資をし、金利が上がりそうだったら繰り上げ返済をしてしまう。借り入れを上手に活用しましょう。
「イールドカーブコントロール」は、いつまで続くのか?
金利の基本は理解できたと思いますので、投資家であれば気にしておきたい話をもうひとつさせてもらいます。
短期金利は、日銀が政策金利によってコントロールしているという話をしました。
中央銀行が決められるのは、短期の金利というのが原則。5年ものや10年ものといった長期の国債の金利はあくまでもマーケットの需給で決定されます。
たとえば、政府が長期国債を大量に発行すると、供給が増えるので長期金利は上昇します。
このように日本国内の金利といっても短期金利から長期金利まで、その決定要因は異なるのです。
この異なる期間の異なる金利を結んだカーブのことを「イールドカーブ」と言います。
日銀は短期金利のコントロールだけではなく、このイールドカーブもコントロールする前例のない金融政策を始めました。
その額は、なんと年間80兆円経済リスクの基本を押さえる日銀は黒田総裁の就任以降、イレギュラーなアクションを取っています。
目的は、長期金利の上昇を抑えて景気を刺激し、なおかつ円安とインフレに誘導し、さらには財政赤字の負担を軽減するためです。
本来、市場に出回る国債を、日銀が買い取ることで需要過多の状態にして金利を抑えているのです。こうした政策は「イールドカーブコントロール」と呼ばれています。
予想されるリスク
冷静に考えると、日銀の資産のほとんどが国債になっていくのは明らかに不健全です。
また、日銀が「もう買い取りはやめる」と方向転換した瞬間に、今まで押さえつけられていたイールドカーブが一気に立ち上がらないとも限りません。
するとどうなるか?金利がいきなり上昇すると、政府の国債の利払いが大きくなって財政赤字に拍車がかかることになりかねません。
また、これだけ借金を抱えた日本と、その借金を肩代わりしている日銀に対する信用が低下して、「いよいよ日本円はマズいのではないか」と投資家が判断すれば、円安に動く可能性も出てきます。
日本政府が国債の残高を増やし続け、それを日銀が購入するという現在の状況は未来永劫続けられるわけではありません。
日銀の資産の大半が日本国債になり、その発行体である日本の財政状態に懸念が生まれれば、通貨の番人である日銀に対する信認が低下します。
ただの紙切れに過ぎない1万円札に価値を認めるのは、日銀券を発行している日銀に対する市場の信頼があるからです。
もし、その信頼が揺らいだらどうなるか?そんな事態がいつ来るかはわかりません。しかし、実際に恐れていた事態が現実になってから対応しても手遅れです。
最悪の事態も想定しながら、準備しておくべきでしょう。
株式投資は経済成長からの「果実」
短期的には市場の思惑によって上下する株価ですが、長期的にはその会社の収益性を反映した価格になっていくというのが、株価決定の原則です。
個別の企業が生み出すミクロの価値を合計したものが「経済成長」と考えることができます。
「経済成長している」ということは、裏返せば、市場を構成している企業が全体として付加価値を提供しているということになります。
リターンの実現には時間が必要
株式を通じてそのような企業に幅広く投資をすることによって、投資家は長期的に経済成長に見合ったリターンを得ることができるのです。
ただし、株価の動きは経済成長とは異なり、短期的には大きく変動します。そのため、経済が5%成長したからといって、必ず5%のリターンが得られるわけではないのです。
株式投資は、資本主義経済の成長に見合ったリターンを期待できますが、リターンを得るには時間が必要です。
しかも、1年、2年といった短期ではなく、最低でも10年程度の時間をかけ、投資対象をグローバルに分散させることで、株式投資のメリットを着実に享受できるのです。
変動リスクは「チャンス」
リーマンショックに代表されるように株価の変動リスクはマーケットにつきものですが、長期投資家にとっては、リスクではなく、むしろ、株式を割安に手に入れることができるチャンスと考えることもできます。
そのため、株式投資に関してもリスクと上手につき合うことが投資の成長をさらに高められるのです。
物価変動リスク売られている物が高くなったり安くなったりして、買い控えが起きたり好調に売れたりする、そんなニュースが物価変動時には流れるかと思います。投資の面で言えば、物価変動は、保有しているお金の価値に影響します。
物価が下がることを「デフレ(deflation)」、物価が上がることを「インフレ(inflation)」と言います。
現在の日本の物価は、ほぼフラットな状態ですが、いわゆる「失われた20年」と呼ばれる時代、日本はデフレ傾向で推移していました。牛丼チェーン各社が値下げ合戦をしていたことがその象徴です。
問題は「デフレ」ではなく「インフレ」
デフレになると給与も上がらず、株価も低迷し、マイナスの影響ばかりが強調されますが、資産を持つ人から見れば、何もしなくてもお金の価値が上がっていく状態ですから悪いことではありません。
実際、金利はほとんどつかなくても普通預金にお金を置いておくだけで、実質的な貨幣としての価値が上昇していくわけですから、資産が勝手に増えていくのと同じ状況です。
しかし、安倍政権が目指す経済政策はこのデフレから脱却し、インフレ率2%を実現することで経済成長を実現するという「脱・デフレ」が目標です。
この政策が目指している通りの結果につながるかどうかはわかりませんが、政府が中央銀行と足並みを揃えて、インフレ政策を取り始めたことには注意をしておくべきでしょう。
現時点でインフレが加速する気配はありませんが、インフレになってしまってから対応しようと思っても手遅れです。
もしインフレになれば、これまで何もしないで実質的に資産を増やすことができた預金者や、年金生活者が大きなダメージを被ることになります。
インフレの対策としては、預貯金ではなく、株式や不動産といったインフレに強い資産を保有することです。
インフレになって物価が上昇すると、企業収益も上昇しますし、不動産の賃料も上がっていきます。そうなれば、株価や不動産価格もそれを反映した水準に上昇していくことが予想されるからです。
現金や預貯金を保有していると価値が下落していくと、多くの人が予想すれば、実物資産に換えておこうと誰しも思うようになります。そうなってしまってからでは遅いのです。
経済リスク対策こそ最も効果的な人生戦略
たとえば、地震を考えてみても、地震がいつ、どれくらいの規模で起きるかわからないからこそ、地震保険に入って、鉄骨の家に住み、避難グッズを常備して、家族の集合場所を決めておくことが重要になるはずです。
人生も同じことです。
安定収入が見込めるであろう会社勤めにしても、会社がいつまで存在し続けるかわかりません。
自分のスキルを磨いて市場価値を上げ、いつでも転職なり独立ができるように準備をしておくことが大事です。
怪我や病気などの自分の状況変化に限らず、家族の面倒を見なければいけないなど、時間と場所を拘束する会社で働くことが難しくなる可能性もあります。
そうした事態に直面してから頭を抱え込むのではなく、予期してキャリアを形成しておく、別に収入口をつくっておくなど、事前に対策をしておけば窮地に陥ることなく冷静に対処して大きなダメージを受けることなく日々を過ごしていくことができます。
リスクを知って幅広くリスク対策を打っておくこと。それが、人生のポートフォリオにおける最も効果的な戦略になるのです。
最後はやるか、やらないか
毎月100万円のインカムゲインというゴールは、多くの人にとって決して簡単ではありません。しかし、まったく手が届かないレベルではないのです。
異論があることを承知で書けば、「100万円くらいなら頭を使って、計画的に時間とお金を使っていけばなんとかなる」というのが私の考え方です。
そういう意味では、実現する人としない人の差は、突き詰めていくと、結局はやるかやらないか、本気になるかならないかの違いです。
たとえば、現在、給料の低い小さな会社に勤めていて「年収1000万円なんて無理だ」と信じて込んでいる人がいたら、おそらくその人が年収1000万円を超えることは永遠にないでしょう。
なぜならそれを実現するための努力を最初から放棄しているからです。
もし、学歴がないことが原因だと思っているなら、周囲の大卒に負けないスキルを身につければよく、会社が学歴重視の会社ならさっさと辞めればいいわけです。
もし、専門的な知識が不足しているのが原因だと思っているなら、書籍やネット上の情報を使ってスキルアップすればよいのです。
「無理だ」と自分の言い訳をすることで努力から逃げている人が少なくありません。「無理だ」と思った時点でその人の成長は止まります。
そこからもう一歩思考を深掘りして、無理だと思わせている原因を絞り込んで一つひとつ課題をクリアしていけるマインドを持った人こそ、大きなことを成し遂げられるのです。
「できない」と言い切るのは、やるべきことをすべてやり尽くした後でも遅くはありません。
内藤忍(ないとう・しのぶ)
1964年生まれ。東京大学経済学部卒、マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院(スローン・スクール・オブ・マネジメント)修士課程修了(MBA)。大手信託銀行、外資系資産運用会社勤務を経て、1999 年にマネックス証券株式会社の創業に参加。株式会社マネックス・ユニバーシティ代表取締役社長などを経て、株式会社資産デザイン研究所代表取締役社長、一般社団法人海外資産運用教育協会代表理事に就任。著作は 30 冊を超え、『初めての人のための資産運用ガイド』はシリーズ17万部のベストセラーに。