情報通信、インターネット、ビッグデータ、クラウド、AI……。こうした新技術が将来有望な産業として大きく発展するだろうという見方はおそらく世界中の人々のコンセンサスとなっているのではなかろうか。では、これらの新技術が利用され、かつ市場規模が大きな産業は何だろうか。中国はその答えとして、自動車が有望だと考えているようだ。
2017年9月、中国は2019年度から自動車メーカーのEV生産比率を10%以上に高めなければならないなどといった規制を含む自動車業界に対する管理弁法を発布した。一方で、新エネルギー自動車に対する補助金政策を実施しており、中国は硬軟織り交ぜて国家主導で新エネルギー自動車の普及を後押ししている。
インテリジェント化を強制へ
しかし中国の進める自動車政策はそれだけではない。1月5日、中国国家発展改革委員会(国家発改委)は「知能自動車創新発展戦略(意見徴収稿)」を発表した。その内容をみると、2020年までに中国で販売される新車の50%を知能自動車とし、2025年には100%にするといった目標が掲げられている。
さらに、「自動車産業に対して、積極的に社会資本、金融資本が投入されるよう政策を打ち出すとともに、知能自動車に関するイノベーション発展のためのプラットフォームを作るなど、国家としての支援に力を入れ、知能自動車を発展させるための基礎的で共通性があるコア技術の研究開発、産業化を推し進める」としている。
もっとも、現段階では、あくまで意見徴収稿である。1月5日から1月20日までの間、各界の意見を聞き、修正を加えた上で最終案が完成する。ただし、国家の政策方針が大きく変わることはない。この内容が今後、微調整を受けて正式な戦略になるといった道筋に変わりはないだろう。
知能自動車とは、コンピューター、センサー、通信、AI、自動運転技術などハイテク技術を結集させた自動車を指し、走行の安全性、乗り心地の良さはもちろん、総合的に人と車のより良い関係を提供することのできる自動車である。
これまでの自動車は発動機を中心とした機械であった。それが電気で動く電子機器へと大きく変わろうとしている。化石燃料を廃することで大気を汚さなくなる。ハイテク技術の力を借りて、人間を運転することから徐々に開放していく。最終的には交通システムを根底から変えてしまい、交通事故、交通渋滞を無くしてしまう。こうした大変革には、多額の投資が必要となり、また、自動車の市場規模は例えば無人タクシーなどの新産業を含めると、現在の何倍にもなるだろう。中国はこのような次世代有望産業を育成するために、国家として最大限のサポートを与えようとしている。
こうした総合的な自動車産業育成政策は、エネルギー問題や環境問題の解消に繋がるばかりか、供給側改革を深め、イノベーションによる発展戦略の実施に繋がり、内需主導の産業構造への転換、ひいては共産党が長期戦略として進める現代化強国の建設に繋がる。
2016年における中国の乗用車生産台数は2442万台で世界第1位、台数シェアは33.9%であった。第2位は日本で787万台、第3位はドイツで575万台、第4位はアメリカで393万台であった。日本、ドイツ、アメリカの生産台数を合計しても、中国の台数には届かない。圧倒的な規模の中国市場において、強制的に新エネルギー自動車、知能自動車への転換が加速される。
国内産業保護に繋がり外資は不利
中国はあくまで産業の振興をおこなうのであって、国内企業を保護するわけではない。しかし、実体として、海外の自動車メーカーは、中国企業と比べ不利な条件下での競争を強いられるだろう。
この知能自動車創新発展戦略に関して、外国企業が国家発改委の定める標準化、基準化を達成できなければ今後、中国本土で自動車を販売できなくなる。海外の自動車メーカーは、情報通信、インターネット、ビッグデータ、AIといった広範な先端技術の導入を急がなければならない。
中国には、バイドゥ、アリババ、テンセント、京東商城(BATJ)といった世界最大クラスのインターネット関連企業があり、彼らは早い段階から、知能自動車の分野に多額の投資をしており、これまでに十分な技術的な蓄積がある。中国国内自動車メーカーはBATJを中心にインターネット系企業と共同開発を進めることになるのだろうが、外資はどうすべきだろうか。中国企業と組まざるを得ないのではなかろうか。
中国の狙いは、関連産業も含めると市場規模の非常に大きい自動車産業において、世界の覇権を握ることである。表現を変えれば、日本やドイツ、アメリカに追いつき、追い越すことである。新エネルギー、ハイテク産業での開発競争に持ち込めれば、こうした分野での外国企業の優位性は高くない。自動車産業に強みを持つ日本にとって、厳しい政策である。
田代尚機(たしろ・なおき)
TS・チャイナ・リサーチ 代表取締役
大和総研、内藤証券などを経て独立。2008年6月より現職。1994年から2003年にかけて大和総研代表として北京に駐在。以後、現地を知る数少ない中国株アナリスト、中国経済エコノミストとして第一線で活躍。投資助言、有料レポート配信、証券会社、情報配信会社への情報提供などを行う。社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。東京工業大学大学院理工学専攻修了。人民元投資入門(2013年、日経BP)、中国株「黄金の10年」(共著、2010年、小学館)など著書多数。One Tap BUY にアメリカ株情報を提供中。HP:http://china-research.co.jp/