「争族」を避けるためにも準備が不可欠
これまで数多くの資産家の相続を見てきた(株)アレース・ファミリーオフィス代表の江幡吉昭氏によると、何ら事前に対策をとっていなかったため、相続税の負担や相続人間の争いであっという間に資産が目減りしてしまうケースが少なくないという。
折しも2015年から相続税の基礎控除が引き下げられたほか、2018年から広大地評価が変わる、2022年から生産緑地の期限が順次切れるなど、地主や都市農家など広い土地を所有する一族には厳しい時代が訪れようとしている。
広い土地を親から引き継ぐ見込みの若い後継者世代の人にとって、「得する相続」のポイントを伺った。
大地主も3代相続が続けばタダの家!?
多くの不動産を所有し、地元の名士として周囲の尊敬を集めてきたのが地主や都市農家のみなさんです。
例えば都市農家のみなさんは多くの場合、代々農業を営み、「家」を守り続けてきた誇りがあります。土地への思い入れが強く、なかなか思い切った対策をとることができません。
しかし、いくら土地への思い入れが強くても、多額の相続税を支払わなければならないとなれば、背に腹は代えられません。
モデルケースで試算してみましょう。所有する不動産などの相続税評価額が合計10億円として、3世代にわたって相続が続くとします。
各世代とも相続人は配偶者と子、あるいは子一人とし、「配偶者の税額軽減」のみ考慮して単純に計算すると、3代相続が続いた後には資産が1億7000万円程度にまで減ってしまうのです。
この間、経済情勢が変化したり、相続人の間でもめ事があったりすれば、1億円さえ残っていないかもしれません。
恵まれた地主や都市農家の一族であっても、3代相続が続くとタダの家になってしまうことは十分ありえます。
地主や都市農家のみなさんはこれまで、先祖伝来の土地を堅実に守り管理していれば、いつの間にか新しい道路や鉄道ができたり、周辺で宅地開発が進んだりすることで、自然に資産を増やすことができました。
しかし、社会や経済の状況は大きく変わりつつあります。地方だけでなく都市近郊でもアパートなどの空室が増え、賃料は下がっています。そうした変化にうすうす気づいていながら、見て見ぬふりをしている人が少なくないのではないでしょうか。
我慢していれば状況が良くなる、というわけではありません。むしろ、早く手を打たないとどんどん悪くなっていきます。たとえば、これから30年で東京都民の3人に1人は65歳以上になります。50年で日本の人口は4000万人ほど減ります。
地球上で長く生き残ってきたのは、力の強い生物ではなく、環境の変化に柔軟に対応した生物です。地主や都市農家のみなさんも、同じです。
思い切って「若い世代」に任せるべき
地主や都市農家のみなさんが相続対策に取り組むにあたっては、一族のメンバーの中で誰が舵を取るのかということが重要です。
一般には、年配の家長がほとんどの資産を所有し、相続対策にあたっても家長の判断が優先されます。ただ、それが決断の遅れや、見て見ぬふりにつながっている面もあります。
変化の激しいいまの時代を乗り切っていくには、地元の狭い、昔ながらの世界しか知らない家長が一歩引き、外の世界を知っている若い後継者世代に舵取りを任せてもらうほうがうまくいきます。もちろん、最終判断は家長にしてもらうべきですが、いろいろな情報を集め、外部の専門家とやり取りし、具体的なプランを立てるのは、若い後継者世代が行ったほうがいいと思います。
家長の世代には、昔から付き合いのある税理士や会計士、銀行、JAなどいろいろな相談相手がいるはずです。
年配の方々は安定を好む傾向が強いこともあり、相続対策でもそうした昔馴染みを信頼しているケースが少なくありません。
しかし、時代が大きく変わってきているのですから、若い後継者世代のみなさんは相談相手もゼロベースで見直すべきだと思います。親世代の昔ながらの相談相手が意外に、時代の変化に対応できていないことがあるからです。相談相手を間違えたために、相続対策に失敗するケースはかなりあります。
一度に切り替えるのは難しい場合、まずは他の専門家などにセカンドオピニオンを依頼するところから始めてみるとよいでしょう。
そもそも、相続対策にはいろいろなやり方があります。解説書などもたくさん出ています。しかし、実際の相続対策は複雑なパズルを解くようなものです。
相続人のうち誰がどの資産を引き継ぐのか、そのためにどのような方法を使うのか。同じような家族構成と資産内容であっても、ケースによって正解は違います。
また、土地の上を高圧電線が通っていたり、隣に嫌悪施設があったりすれば、土地の評価は当然、変わってきます。それなのに、相続税の申告を依頼された税理士が現地を確認しないまま手続きをしているケースもあります。
相続対策は一般論で語ったり、書類を見ただけではできません。足を使い、汗をかき、議論を尽くしてこそはじめてベストの相続対策が見えてきます。
実は「払いすぎ」になっていることも
具体的な相続対策の手法はいろいろあります。事前に行える手法の、一例を挙げておきます。
・遺言書の作成
・生命保険への加入
・婿や孫との養子縁組
・現金や不動産の生前贈与
・遺留分の放棄
・不良資産の売却、組み換え
・ファミリーカンパニーの設立
・ファミリーカンパニーへの不動産の移転
・ファミリーカンパニーの株式の生前贈与
専門家などと相談の上、ご自分の一族にとってメリットのある手法を選び、一定の時間をかけながら実行していきます。
ただし、ベストと思われたプランであっても、その後、状況が変化することがあります。多くのプランは親世代のうち父が先に亡くなり、母と子が資産を相続することを想定しています。しかし、母のほうが先に亡くなったり、あるいは親よりも子が先に亡くなるようなケースもあります。そうなると、前提条件が変わり、プラン全体を見直す必要が出てきます。
ほかにも、所有する不動産を巡る状況が変わったり、家族間の人間関係が変わったり、いろいろなことが起こりえます。当初、組み立てたプランを定期的に見直していくことはとても重要です。
また、相続対策は、相続が発生する前に行うのが基本ですが、相続が発生した後にできることもあります。
代表例が、納め過ぎた税金を取り戻す「更正の請求」です。簡単にいうと、税務署に申告書を提出した後で、納めた税額が多すぎることに気づいたら、申告期限から5年以内に限り、税務署長に対して「更正の請求」ができるというものです。
相続税の申告期限は、相続開始から10ヵ月ですから、「更正の請求」ができるのは、相続の開始を起点とすれば5年10ヵ月以内ということになります。
「更正の請求」で多いのは、不動産の評価に関わるものです。不動産の評価はとても複雑であり、広い土地を多く所有する地主や都市農家のみなさんの中には、本来の相続税額よりも納め過ぎているケースが見られます。
相続対策は、相続が発生し、申告・納税を済ませた後でも可能なことがあるのです。
土地を守るのではなく、資産を継承していく
地主や都市農家のみなさんはどうしても、いま所有している土地を守ることに意識が向きがちです。年配の方々は特にそうです。
そのためつい「土地活用」といった宣伝文句に魅かれ、駅から15分以上も離れたような立地にアパートを建ててしまったりします。
もちろん、一族として象徴的な土地はきちんと守るべきですが、すべての土地をそのまま維持しようというのは無理があります。
相続税の評価額は高いけれど実際の価値は低いような土地、使いにくいような土地は早めに処分し、収益を生む資産に組み替えていくことを考えるべきです。
一族の将来のため大切なのは、個々の土地を守ることではなく、まとまった資産を継承していくことです。
土地を守るのではなく資産を受け継いでいくということは、「地主一族」から「経営者一族」へ進化するということです。
土地をたくさん持っているだけの地主や都市農家は今後、消えていく運命にあるでしょう。土地そのものに価値があるのではなく、その土地からどのように収益を生むか、あるいは土地を収益資産にどう変えるかが問われています。
資産を所有する形態もポイントです。一般に、個人が多くの資産を所有すると様々なリスクが高まります。そこで、同族会社(ファミリーカンパニー)を設立し、その会社の株を持つほうが、相続対策の上でも選択肢が広がり、柔軟性が高まります。
地主や都市農家の後継者世代のみなさんにとって、「経営」という観点を持つことが、これからの時代には不可欠です。
江幡吉昭(えばた・よしあき)アレース・ファミリーオフィス代表取締役
1999年大学卒業後、住友生命保険を経て、英スタンダードチャータード銀行に入行。最年少シニアマネージャーとして活躍後、平成21年、資産家の税務・法務・財務・資産運用の問題解決を図る専門家集団を束ねるファミリーオフィスを設立。主に相続・事業承継等の問題を顧客側の視点で解決する。現在、株式会社アレース・ファミリーオフィス代表取締役。アレースグループ代表。また相続の現場を通して「争族」を多数経験したことで、相続争いを回避するため一般社団法人 相続終活専門士協会を設立。一般社団法人 相続終活専門士協会代表理事。著書に『広い土地を引き継ぐ人のための得する相続』(アスコム刊)。(『The 21 online』2017年12月27日公開)
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