2017年の日経平均株価は全体的に好調で、バブル期以降の株高となった。その傾向は年明けにも続き、日本経済は好調などと喧伝されている。日本の株式市場を支えているのは、日本銀行が大量にETFを買っていることだ。つまり、日本銀行が日本株式市場を支えている。

日銀のETF大量買いや量的緩和などは、安倍政権によるアベノミクスの成果だと言えるだろう。安倍政権と日銀がタッグを組んで仕掛けた異次元緩和は一定の成果をあげた。しかし、株高傾向にあるのは日本だけではない。

消費低迷と日本経済
著者:小野善康
出版社:朝日新書
発売日:2017/11/13

日本だけではない株高 先進国だけではなく、新興国でも株高傾向に

実のところ、アメリカやイギリス、そしてユーロ圏のEUと先進国は軒並み株高傾向にある。それどころか、トルコやブラジル、アルゼンチン、南アフリカといった新興国でも株高になっている。いわば、株高は世界全体のトレンドであり、日本の株高もアベノミクスによる影響は決して大きくない。

なにより、株価が日本経済すべての指針になっているわけではないということに留意が必要だ。実際、日経平均はバブル崩壊以降の最高値をつけているが、その恩恵のほとんどは経営陣や株主に還元されるばかりで、ちっとも足元の経済にまで及ばない。

政府の意向を受けて、金融庁は「貯蓄から資産形成へ」と呼び掛けているが、現在の日本では貯蓄をできる家庭は、わずか3割にとどまる。まして、金融庁が掲げる資産形成という名の投資にまでお金を回せる余裕がある世帯は、ほんの一握りだろう。

本書では、将来不安だからお金を使わないという世間一般の傾向を否定的に捉え、逆説的に「お金を使えば不安は解消される」と説く。なによりも、著者は景気低迷の理由を「人々が物やサービスを買わず、お金をためようとするからだ」と断じる。

著者が指摘するように、人々が蓄財ではなく、物やサービスにお金を払えばお金が循環するし、景気はよくなる。貯蓄に回すから景気がよくならないし、いつまで経っても景気が良くならないから将来が不安になる。確かにその通りだが、あまりにも机上の論理的ではないかという疑問も生じる。

従来、所得が低くなればなるほど食費・住居費といった生活に必要不可欠な支出の占める割合は高くなる。仮に、本書で指摘している「お金を使うことで、景気がよくなる」というのなら、それはまず富裕層から実践すべきことなのだ。

明治期、起業によって財を成した実業家たちは、その富を社会のために還元するといった「ノブレス・オブリージュ」という西洋から輸入された精神を実践した。明治を代表する企業家・渋沢栄一はいくつもの学校を設立しているし、貧困層を救済する福祉事業や非行少年たちの更生施設なども手掛けている。

翻って現代の企業家たちは、どうか? 一部には財団法人や学校法人を設立して、ノブレス・オブリージュに率先して取り組んでいる企業人もいる。ファンドを立ち上げ、さらなる企業を興して経済成長を促すことも社会貢献とは言えるかもしれない。しかし、パナマ文書に代表されるように租税回避を企てるなど、自己の繁栄を守ることにも余念がない。そして、自己防衛のために、それらは金融資産としての証券投資に向いている。社会全体よりも、個人の利益を優先する企業人が目立つ。

生産性を向上させても意味はない 消費需要の拡大を目指すべき

そうした富裕層を、さらに富裕層たらしめているのが政治でもある。2012年まで、株式の配当金は10パーセントしか税金が課されていなかった。これらは不労所得にあたる、そして、さらなる富裕層向けの施策として、政府はNISAを創設。年を経るごとにジュニアNISA、つみたてNISAと制度は拡充した。これら一連の施策は、貯め込まれた資産を市場に吐き出さて、市場を活発化させることで経済を成長させようという狙いがある。

しかし、貯蓄はおろか投資にまで手を回す余裕は、庶民にない。結局のところ、NISAは富裕層のための富裕層の政策でしかない。富裕層が潤えば、その恩恵は低所得者層にも及ぶ。いわゆる、トリクル・ダウンと呼ばれる理論は第2次安倍政権が発足した直後に語られるようになった。それが机上の空論であったことは多くの人が気づき、著者もトリクル・ダウンを否定する。いまや誰もトリクル・ダウンを口にしない。

同じような構図は、中央と地方の経済にもあてはまる。安倍政権は大企業を優遇し、法人税の実効税率の引き下げなどを推進している。その減収分は、外形標準課税や所得税で補う。外形標準課税の強化は、中小企業に負担が大きくなる。また、所得税の強化は法人から個人へと負担を転嫁することを意味する。

都会は大企業が集積しているため、地方より先に景況感が現れやすい。法人税を下げることで、東京などの都心部で好景気を演出する。そして、東京などの景気が良くなれば、それはいずれ地方にも波及する――それがアベノミクスのお題目でもあった。

富めるものから富む。そして、それはいずれ下に流れる。都会から富み、いずれ地方も富む。そんなアベノミクスでは、問題は解決しないと著者は指摘する。本書は一貫して生産活動より消費を重視し、それらを高めることを推奨する。今般、政府や企業は生産性の向上を謳っているが、そもそも消費が高まらないのに生産性を向上させても意味がない。

成熟した社会では、消費意欲は高まりにくい。すでに、物が周囲に溢れ、いちいち購入しなくても十分に暮らしていけるからだ。そうした低消費に陥る成熟社会の到来は、著者も認めている。その上で、著者は芸術・観光インフラ・教育・健康などに財政を支出し、消費を喚起するべきだと提言する。

小川裕夫(おがわ ひろお)
フリーランスライター・カメラマン。1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者などを経てフリーランスに。2009年には、これまで内閣記者会にしか門戸が開かれていなかった総理大臣官邸で開催される内閣総理大臣会見に、史上初のフリーランスカメラマンとして出席。主に総務省・東京都・旧内務省・旧鉄道省が所管する分野を取材・執筆。