先週、元フジテレビアナウンサーの有賀さつきさんが都内の病院でお亡くなりになられていたことが明らかになりました。享年52歳でした。あまりにも突然の死に驚かれた人も多いのではないでしょうか。有賀さんといえばバブル全盛期にF1の情報番組を担当されていたのをいまでも鮮明に覚えています。明るく華やかな魅力溢れるアナウンサーでした。私は有賀さんとの面識はありませんが、同世代の著名人の訃報を聞くと何となく寂しい気持ちになります。心よりご冥福をお祈りいたします。
ところで、私の周りにはバブル世代の知人が多いのですが、その一人と「年金の繰上げ受給」について話をする機会がありました。彼は60歳になったら繰上げ受給を考えているのですが、その理由について「みんな繰上げ受給を選択しているから」「繰上げ受給のほうが得だから」「どうせ長生きしないから…」と話していました。私は驚きのあまり言葉を失いました。でも、ひょっとしたら彼のような認識をしている人は意外と多いのかも知れません。
今回は「年金の繰上げ受給」について詳しく解説しましょう。
「繰上げ受給をすると早くもらえて得なんだよ!」
まず、先の知人との会話を再現すると次のようになります。
「長尾くんね。僕は60歳になったら、年金の繰上げ受給をしようと思うんだ」
「えっ、どうして? 定年後は働かないの?」
「いや、再雇用で働くけれど、給料が半分以下になってしまうので、早く年金をもらって楽になりたいしさ」
「繰上げしないと困るの?」
「そうでもないんだけれど。でも先輩とか、周りの人はみんな繰上げ受給しているし、そのほうが良いんじゃないかと思って」
「いや、繰上げ受給をすると年金額が減っちゃうよ」
「いやいや、繰上げ受給をすると早くもらえて得なんだよ!」
「いやいやいや、長生きをした場合には、かなり損になるよ」
「大丈夫、どうせ長生きしないから」
「えっ!?」
さすがに私も言葉を失いましたが、それにしても「年金の繰上げ受給」をしている人はそんなに多いのでしょうか?
「みんな繰上げ受給している」って本当?
厚生労働省の『平成27年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』によれば、平成27年度に繰上げ受給を選択した人は35.6%です。意外と多いですね。3人に1人ですから。知人の「みんな繰上げ受給を選択しているから」との言葉も間違いではないようです。
ちなみに、繰下げ受給を選択した人は1.4%にとどまっています。こちらはかなり少ないですね。
私たちは社会人としてのキャリアを積む中で、周りの「空気を読み」協調することの大切さを経験的に学んでいます。ですから「みんなそうしているから」との理由で繰上げ受給を選択してしまう気持ちも分からなくもありません。
でも、繰上げ受給は本当に賢明な判断と言えるのでしょうか?
「繰上げ受給」は本当に得なの?
年金の支給は通常65歳からですが、60歳から70歳までの間に受取りを開始することもできます。基礎年金、厚生年金の一方または両方を繰上げ受給・繰下げ受給に変更することが可能なのです。
私は、先の知人との会話で「繰上げ受給をすると年金額が減る」と指摘しましたが、もちろんこれは事実です。具体的には、繰上げ受給を選択すると月0.5%減ります。もし、60歳で繰上げ受給を選択した場合、65歳で受け取る金額に比べて30%も減少する計算です。
もちろん、60歳で繰上げ受給を開始すると65歳までの「5年分の受給額」は得をします。でも、先に述べたように65歳で受け取る金額に比べて30%減少するので時間の経過とともに「5年分の受給額」も食い潰されてしまい、長生きすればするほど損をする計算になります。
では、60歳で繰上げ受給を開始した場合、具体的に何歳以上「長生き」すると損をするのでしょうか? 答えは「76歳8カ月」です。
ちなみに、平成23年の社会保障審議会の資料に『老齢基礎年金の繰上げ受給についてのアンケート』があります。この資料によると、繰上げ受給をしようと思った理由でもっとも多かったのが「長生きできると思っていないから」で49.2%でした。続いて「早く生活費の足しにしたいから」が25.9%、「自分で自由に使える小遣いが欲しいから」が11.8%です。
上記アンケートでは「長生きできると思っていない人」が意外と多いことが示されています。先の知人の気持ちも何となく分かってきました。
でも、現実問題として人が「いつ死ぬか」というのは、誰にも分かりません。予測など不可能です。まして繰上げ受給を選択したケースの損益分岐点である「76歳8カ月」より長生きできるかどうかを判断することなど困難と言わざるを得ません。
長生きをリスクではなく「喜び」にするために
厚生労働省の調査によると、2016年の「日本人の平均寿命」は女性が87.14歳、男性80.98歳でいずれも過去最高を更新しています。繰上げ受給の損益分岐点「76歳8カ月」に比べて、女性の半数以上は約10年、同じく男性も4年間は長生きすることになります。また、4人に1人は90歳まで生きるとされているのです。以上を加味すると、むしろ繰上げ受給を選択した際の「長生きリスク」に留意すべきではないでしょうか。
私は、生活によほど困ることのない限り、繰上げ受給をする必要はないと考えます。むしろ、これからの時代、平均寿命が100歳に達する可能性もないとは言えません。長生きをリスクではなく「喜び」にするためにも、良く考えたうえで判断したいものです。
長尾 義弘 (ながお・よしひろ)
NEO企画代表。ファイナンシャル・プランナー、AFP。徳島県生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。1997年にNEO企画を設立。出版プロデューサーとして数々のベストセラーを生み出す。新聞・雑誌・Webなどで「お金」をテーマに幅広く執筆。著書に『コワ~い保険の話』(宝島社)、『お金に困らなくなる黄金の法則』『保険はこの5つから選びなさい』(河出書房新社)、『保険ぎらいは本当は正しい』(SBクリエイティブ)。監修には別冊宝島の年度版シリーズ『よい保険・悪い保険』など多数。 http://neo.my.coocan.jp/nagao/