中国の吉利自動車(GEELY)は2月下旬、ダイムラーの9.69%議決権付き株式(概算90億ドル)を取得すると発表した。この件は2010年8月を思い起こさせる。吉利がフォードの持つボルボ・カーズ株を買収したときのことだ。当時は「蛇が象を飲み込んだ。」と称された。しかし吉利創業者の李書福氏は、そうは思っていなかった。蛇から龍になるつもりでいたからである。

ボルボの株取得から8年、今回の出資は中国自動車史上最大の海外投資案件である。吉利は龍となったのだろうか?“世界帝国”は実現するのか?ニュースサイト「今日頭条」が分析記事を掲載している(文中敬称略)。

1997年自動車生産に進出

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(画像=DAIMLER Webサイトより)

李書福は浙江省台州という農村の出身である。19歳のとき写真館を開業し、これが最初の事業となった。やがて杭州へ出て、4人の従業員とともに冷蔵庫の生産を始めた。1986年、社名を「吉利」に改め、建築用資材やオートバイ事業へと多角化していった。自動車の生産に進出したのは1997年である。

もちろん簡単に参入できる業種ではない。政府によって選定され、全面支援を受けての進出だ。ここは人間関係がものをいう、極めて中国的な世界である。こうした難しい世渡りを、李書福は全く苦にしなかった。

そして長城、長安、奇瑞、賓悦、比亜迪、瑞風、宝龍、中華、解放、東風、紅旗など数ある民族ブランドの中でも、群を抜く存在となっていく。2017年の国内販売台数をみてみよう。

吉利 120万2963台(前年比 54.8%プラス)
長安 103万9476台(同 8.5%マイナス)
長城 92万2393台(同 3.7%マイナス)

ここで民族系ライバル他社を一気に抜き去った。しかし、ボルボを合わせてもグループで200万台である。フォルクスワーゲン、ルノー日産、トヨタの1000万台に比べると、まだ5分の1レベルに過ぎない。

豪のメーカー、ボルボ、英のロンドンタクシー……次々買収の世界戦略

周知にようにダイムラーは、世界一の高級車メーカーであり、大型トラックでは2位である。ドイツ工業の歴史の中で、132年にわたり巨頭として存在し続けている。並大抵の会社ではない。

吉利が海外買収戦略に手を付けたのは2009年だった。このころ吉利の乗用車と言えば、誰がどこから見ても質感は低かった。一般の中国人に、吉利の乗用車を買うかと聞いたところ「買いませんよ。死にたくないですから。」と口を揃えていたものだ。

2009年、オーストラリアのトランスミッションメーカーDSIを買収した。翌年はボルボの株取得である。2013年2月には、1899年創業の英国The London Taxi Companyを買収している。2017年にはマレーシアのプロトン、英国ロータスを傘下に収めている。

こうしてみると、吉利はまだ民族系同士の争いの渦中にあるときから、積極的に海外投資を行っていた。競争に勝つための切り札と考えていたのだろう。

李書福は、極めて政治的な中国社会をものともしないタフさと、世界的な事業展開を見据えた構想力を、兼ね備えていた。低品質を揶揄されながらも、打つ手はしっかり打っていたのである。

IT企業との連携

ダイムラーへの出資は、吉利にとって異次元のステージである。もはやライバルは国内の民族系メーカーではない。“世界帝国”作りの第一歩である。とりあえず2020年の目標は300万台である。しかし、これとて簡単な数字ではない。

そのため、単一ブランドの100万台計画に挑む。今年、SUVブランドの販売会社、吉利博越をモスクワ市場に上場し、ロシア市場に進攻する。

2017年5月には、吉利汽車杭州湾研究開発中心を立ち上げた。国内最大、ボルボの技術標準に合わせた、最先端のテストを行うことができる。これで杭州、寧波、ヨーテボリ(スウェーデン)、コベントリー(英国)の4つの研究開発センター、上海、コベントリー、バルセロナ、カリフォルニアの4つのデザインセンターという体制となった。人員は1万人以上、そのうち3000人は外国籍である。

世界上位を追いかけるには、これでもまだ十分とはいえない。しかし上位を追いかけようと気迫を持っているのは、吉利だけだろう。李書福の大風呂敷を拡げ、とにかくエネルギッシュに動く姿は、いかにも中国人的覇気を感じ、国民の支持も高い。今後の課題は、IOT時代を見据えたIT企業との連携となる。これこそ“世界帝国”へのカギを握る。

その第一歩として「曹操専車」という会社を立ち上げた。戦略投資ブランドとして、電気自動車やライドシェアなどへの展開を図る。三国志同様、曹操は活躍できるのかどうか。吉利の将来は、こちらの方にかかっているかも知れない。(高野悠介、中国貿易コンサルタント)