シンカー:景気拡大が堅調で、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」による超低金利政策の副作用に対する懸念もあり、日銀が早期に金融緩和の出口に進むのではないかとの見方も出てきていた。マーケットでは、その警戒感により、円高や株安が進行してきた。しかし、2%の物価安定の目標は政府・日銀の共同目標であり、日銀に委託されているのはその実現の手段であって、日銀がその是非を判断し独断的に撤回し、金融緩和の出口に進むことはできないと考えられる。因果関係は逆で、マーケットが警戒すればするほど、2%の物価目標の達成は困難となるため、日銀の金融緩和の出口は遅れることになる。黒田総裁の再任を含む新たな日銀の執行部も、粘り強く現在の金融緩和の枠組みを維持し、政府との共同目標である2%を目指していくことになるだろう。長期金利の誘導目標の引き上げで、副作用が懸念されるフラットすぎる現在のイールドカーブの修正に踏み出せる必要条件は、明確な賃金上昇などを背景にコアコア消費者物価指数(除く生鮮食品・エネルギー)の前年同月比が1%以上に上昇し、展望レポートのでの物価のリスク判断が「下振れリスクの方が大きい」という下方から中立化され、円安の動きが再開することであると考える。ハト派な新執行部の下でこれらの条件が満たされるのは2019年半ばになるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

3月8・9日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き、量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金残高の一部の金利を-0.1%程度、長期金利を0.0%程度とする政策の現状維持を決定した。

グローバルなインフレ動向は転換点にあるようで、これを追い風にして、政府・日銀は粘り強い政策対応により、デフレ完全脱却を成し遂げられるかが注目である。

日銀展望レポートでは、景気について「所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大している」とし、需要超過の領域に入りながら景気が引き続き上向いていることを示す「拡大」という判断が維持されている。

景気拡大が堅調で、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」による超低金利政策の副作用に対する懸念もあり、日銀が早期に金融緩和の出口に進むのではないかとの見方も出てきていた。

マーケットでは、その警戒感により、円高や株安が進行してきた。

しかし、2%の物価安定の目標は政府・日銀の共同目標であり、日銀に委託されているのはその実現の手段であって、日銀がその是非を判断し独断的に撤回し、金融緩和の出口に進むことはできないと考えられる。

因果関係は逆で、マーケットが警戒すればするほど、2%の物価目標の達成は困難となるため、日銀の金融緩和の出口は遅れることになる。

黒田総裁の再任を含む新たな日銀の執行部も、粘り強く現在の金融緩和の枠組みを維持し、政府との共同目標である2%を目指していくことになるだろう。

長期金利の誘導目標の引き上げで、副作用が懸念されるフラットすぎる現在のイールドカーブの修正に踏み出せる必要条件は、明確な賃金上昇などを背景にコアコア消費者物価指数(除く生鮮食品・エネルギー)の前年同月比が1%以上に上昇し、展望レポートのでの物価のリスク判断が「下振れリスクの方が大きい」という下方から中立化され、円安の動きが再開することであると考える。

ハト派な新執行部の下でこれらの条件が満たされるのは2019年半ばになるだろう。

政府がその日銀の動きを許容するかは、景気拡大と円安の力の強さ次第である。

強い景気拡大は2019年の地方・国政選挙を勝ち抜くために必要で、グローバルに金融緩和の縮小が進行している中、日銀だけが何の手も打たないことで、円安をマニュピュレーションしていると国際政治的に批判されるリスクとなるからだ。

これまで利上げを背景として上昇してきた米国の金利と日銀によって押さえ込まれている日本の金利のギャップが拡大しても、円安の力が弱かったようにみえる。

これは、米国に対して日本の物価上昇があまりに弱く、名目金利差は拡大しても、実質金利差があまり拡大しなかったのが理由だろう。

今後は、米国の物価の動きは緩やかだが、日本の物価の持ち直しが強いとみられ、10年実質金利差の拡大が円安の力となる可能性がある。

1980年代後半のバブル期も、失業率が3%から2%に低下するわずか1%のマージンの中で、賃金上昇と内需拡大が強くなり、最終的に物価も力強く上昇していった。

日銀の金融政策決定会合では、「失業率が2%前後にならないと2%の「物価安定の目標」は達成できない」との、片岡審議委員とみられる指摘がある。

黒田総裁の再任を含む新執行部は、これまでよりハト派的な政策スタンスを持つとみられ、そのような考えに近づいていくと考えられる。

しかし、日銀は失業率を更に低下させる政策手段を持たないため、追加金融緩和はないだろう。

それは、実需を追加することができる財政政策の仕事である。

企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要(総需要とマネーを拡大させる力)はGDP対比で拡大しても3%程度までであり、10%程度であったバブル期と比較しかなり小さく、景気・マーケットの過熱懸念はないばかりか、デフレ完全脱却には不足している状態だ。

岩田副総裁は講演で、2%の物価目標を達成するため、財政再建のペースを緩めるべきであると、政府に異例の注文をした。

日銀のみに過度の負担がかかる一因ともなった黒田総裁の財政再建への要求もなくなっていくだろう。

政府は、2020年までの3年間を「生産性革命・集中投資期間」として、教育への投資を含む「全世代型社会保障制度」の創出、防災対策とインフラ整備、そしてデフレ完全脱却と生産性の向上による更なる成長を企図する攻めの緩和へ明確に転じることになった。

金融緩和と財政再建という2%の物価目標を達成するためには歪んでいた政策協調は、日銀のみに過度の負担がかかる一因ともなっていた。

金融緩和と財政緩和のポリーシーミックスの形がより明確になり、失業率は2%台前半に定着していき、デフレ完全脱却へ向かっていくことになるだろう。

円安と景気拡大の動きにより、2019年半ばまでには、金融緩和の出口ではないが、副作用を押さえ込み、2%の物価目標達成へ向けた現行の金融緩和の枠組みをより持続的にするために、日銀がイールドカーブの形状を若干スティープ化させる環境が整うとみられる。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司