ある1日の相場の急落によって、投じた額の約9割が失われたとしたらどう感じるであろうか?東証に上場しているものだから安心と、そのリスクの大きさに気付いていなかった者も多いはずだ。
東証上場ETN 上場廃止で約9割損失
東京証券取引所に2015年3月に上場したインバースETNが2018年2月19日に上場廃止となった。運用中止となっても投資元本が戻ってくるのであれば、ある意味問題は無い。しかしこのケースでは、当初基準価格1万円が1144円となって償還されることになった。前日の終値の29400円から考えると、返戻率は約3.9%、実に約96%の投資資産が失われた形となったのだ。事例の日本の大手証券会社系列のETNだけでなく、欧州の大手金融機関などのETNも複数償還となった。
VIXインバースETNとは?
VIXインバースETNとは?と聞かれてすぐに回答できる人は金融に精通した人であろう。VIX指数は投資に深い興味を持つ投資家には幅広く知られている。VIX(ヴィックス:VolatilityIndex)指数は恐怖指数とも呼ばれている。VIX指数の数値が高いほど、投資家が相場の先行きに不透明感を持っていると考えられるものだ。
次に「インバース=Inverse」であるが、「逆の、反対の」といった意味である。一例でいえば日経平均株価指数が10%下落した時に、10%上昇するという設計をイメージするとわかりやすいだろう。上昇と下落が「逆方向に」はたらくものだ。VIX指数が下がると儲かる設計が「VIXインバース」となる。
さらにETN(イー・ティー・エヌ)とは「ExchangeTradedNote」の略で、「上場投資証券」または「指標連動証券」と呼ばれる上場商品だ。ETF(ExchangeTradedFund:上場投資信託)とETNを併せてETP(Exchange TradedProducts)という場合もあり、ETP、ETNを含めて「広義のETF」といった紹介をされることが多い。
「VIXショート戦略で大きなリターン」の代償
VIXを売ることで、いわば「保険料」の受け取りになると考え、VIXが上がらない方に収益を見出す「VIXショート戦略」に、大きなリターンを思い描き資金を投じた者もあっただろう。安定的に成長が続く相場、「適温相場」が続き、株価の大きな変動のない環境を想定し、VIXが上がらなければ儲かる、一時期VIXが上がってもいずれ元の水準に戻れば負けないと考えたと想像できる。
償還となったこのETNの2018年1月31日基準データでは、リターンは過去3カ月で8.70%、6カ月で13.22%、1年では驚くべき95.63%という数字が並んでいた。過去のデータが今後にはあてにはならない教訓である。過去のデータだけを判断材料とし、「上がっているから買う」が危険な結果となり得る事例だ。
償還条項 8割下落で強制償還
この事例のETNではS&P500VIX短期先物インバース日次指数という、S&P500VIX短期先物指数の騰落率の-1倍として計算された指数を使っていた。この指数が「対象指標の値がその前日における対象指標の値の20%以下となった場合」すなわち「8割以上の下落」に該当したため、その時点の時価での早期償還となってしまったわけだ。
インバース型(逆方向)や、レバレッジ型(借入利用で大きな想定元本)を使った運用では、乱高下相場が発生した時に引き続き市場に留まるチカラ、StayingPowerが重要だ。例えばFXなどの証拠金取引では、レバレッジの適正な管理で大きな変動にも耐えうる証拠金を積む行動が必要となる。富裕層はこのようなインバースやレバレッジを利用しないか、利用した場合でも限られた範囲でコントロールする術を持っている。自身で判断できない場合は販売者でない中立なアドバイザーの知見を活用する。しかし、今回のETNでは、「早期償還条項」が盛り込まれていたために、その後相場が回復したとしても、償還が発動してしまったわけだ。
さらに追い打ちが……今回の償還事例では上場株式等との損益通算不可
大きな損失計上に加えてさらに悪いことは、いわゆる「損益通算ができない」ことだ。償還して「非上場」となってしまったために、この損失は上場株式や特定公社債の譲渡益との「損益通算ができない」、譲渡損失の繰越控除の適用が無いという見解が示された。(仮に未上場株式や一般公社債があれば譲渡益と通算できる。確かに償還して「非上場」ではあるが、気持ち的には少々不合理な印象を受ける)
VIX指数は操作できる? なかなか見えづらいリスク
ここでもう一つの問題点がVIX指数は果たして信頼できるのか、という問題が話題に昇っていることだ。VIX指数算出の仕組みを利用し、市場操作が行われたと告発する書簡が米金融当局に提出されたようだ。指摘内容は「実際に取引を行ったり資本を活用したりすることなくS&Pのオプションにクオート(※データの提出)を提示するだけでVIXを操作することが可能だ」という内容だ。そして、テキサス大学の大学院生が2017年5月に「VIX指数は操作されている可能性」を指摘した論文も反響を呼んでいる。
今回のVIXショート戦略での被害がどの程度あるのか、今後の動向に目が離せない。しかし、資金を投下して運用を行う場合において、なかなか見えづらいリスクを十分検討する必要があるだろう。
「儲かったという話を聞いた」「億り人がやっている」などの情報を鵜呑みにすることは危険だ。無料で提供された情報は正しくない場合もある。クリック数を集めて広告料を稼ぎたい、関連する販売者の広告が掲載されている場合などは、ある意味での「タイアップ」と判断した方が良いケースもある。
そしてこの様なリスクのある情報は、「販売者」「仲介者」からはまず、得ることはできないと肝に銘じるべきだろう。そして、「大手の金融機関からのセールスだから」「上場している商品だから」と安易に資金を投じてしまうことは危険だということを再認識して欲しい。
安東隆司(あんどう・りゅうじ)
RIA JAPANおカネ学株式会社代表取締役。CFP®ファイナンシャル・プランナー、元プライベート・バンカー。日米欧の銀行・証券・信託銀行に26年勤務後、独立。お客様サイドに立った助言を実践するためには高い手数料は弊害と考え、証券関連の手数料を受け取らない内閣総理大臣登録の「投資助言業」を経営。著書に『個人型確定拠出年金iDeCo プロの運用教えてあげる!』等がある。