貯蓄・資産形成をしたいなら天引きの自動引き落としがオススメだ。天引き後のお金は「自由に使えるお金だ」と無意識的に分類する心理作用が上手くはたらく。これは行動経済学では「メンタル・アカウンティング(心の会計)」と呼ばれる効果だ。毎月積立てに回した部分は、「毎月積み立てている」と感じない。自由に使えるお金とは切り離した存在になっているものだ。
富裕層は人間の心理的なクセとの付き合い方が上手で、「仕組み」でコントロールする。「知らぬ間の出費」への感覚が鋭く、「貯まる仕組みづくり」の達人といえるだろう。富裕層のコスト感覚についてみていこう。
「余ったら貯蓄」ではなぜお金が貯まらないのか?
給料で受け取った手取り額から、毎月余った部分を貯蓄しようと考えても、実際にはなかなか貯蓄に回すことは難しい。ボーナスで臨時に支給された部分も、気が付けばいつのまにか無くなってしまったと実感している人も多いと思う。金融機関の普通預金の残高に応じた生活レベルになってしまっている。
お金が足りなくなると、出金するというパターンではなかなか貯蓄を残すことは難しい。仮に前月に余ったお金を作ることに成功しても、今月になったら、先月苦労してプラスにした部分も併せて使ってしまったという経験をする。長続きさせるには強い精神力が要るだろう。
なぜ無駄使いをしてしまうのか 「今」が大事な双曲割引
人は「非合理的」な一面を持っている。今の価値が将来よりも高いと感じてしまうことを行動経済学では「双曲割引」呼ぶ。
「今が大事で明日のことは明日考えよう」という誘惑に人は陥ることがある。将来を考えると年金の受給額だけでは生活できそうにない不安を感じ、将来に備えて貯蓄が必要だと何となく感じている。だから昼食代を節約して普段から無駄を抑えようと努力する。しかし、その努力も空しく、解き放たれるタイミングが発生するのだ。
「明日は休みだから、今晩はどんちゃん騒ぎ、タクシーで帰ろう」となり、平常時に考える予算よりもはるかに多い金額を1日で使ってしまったことはないだろうか。あるいは衝動買いで高価な買い物をして、後々、生活費不足に苦しんだり、後悔したりといった経験はないだろうか。人間は、遠い将来の快適な暮らしよりも、飲食やイベントなどで得られる「今の楽しみ」に価値を感じてしまいがちだ。
堅実な富裕層は「袋分け」で目に見える予算管理
堅実な富裕層の生活は意外に質素な場合がある。金額の大きさは異なるものの、活用する貯蓄術の王道のひとつは、主婦が使う「袋分け」と同じアイデアだ。「袋分け」ではまずは過去の収支から以下の項目の月あたりの予算を決める。おこづかい、冠婚葬祭、美容費、被服費、クルマ維持費、旅行積立て、住居修繕積立て、医療費、保険料、毎週の生活費などだ。
決定した予算金額を給料日に出金し、実際に「おこづかい」用の袋に入れ替え、その金額の範囲内で毎月やりくりをすることで、気付かない間に無駄な出費が抑えられるというものだ。袋から「出金」する時に予算の残高の確認を都度、実際に行う効果もある。
この袋分けを更に進化させ、クリアファイルと見出しの付箋などを使って、毎月繰り返し使えるように工夫している事例もあるようだ。また、生活スタイルに変化があった場合は、その都度予算の見直しを随時行うことも可能だ。これはもう「メンタル・アカウンティング」ではなく、「袋分け・アカウンティング(会計)」とも言えるシステムだ。
口座振替の利用は、「必ず支払う資金」に仕訳けする
水道光熱費や電話料金・通信費、保険料や税金などは予め口座振替を利用している人も多いだろう。金融機関の口座振替の履歴などで、毎月合計いくら位、と予算繰りをする必要がある。口座振替を利用した瞬間に、毎月「必ず支払う資金」に仕訳されてしまっている。自由に使えるお金は、この「必ず支払う資金」を支払った後、と無意識に分別・仕訳をされてしまっているのだ。
資産形成のコツは「自動的に貯まる仕組み」 iDeCo・つみたてNISAは最適
金融庁長官が、個人が投資で成功するための秘訣として引用した内容がある。そのキーワードは「複利、コツコツ、分散、コスト」である。資産運用で著名なバートン・マルキールとチャールズ・エリスの共著の内容から紹介した一部を引用する。
・市場の値上がり、値下がりを気にかけず、一定額をこつこつと投資すること
・市場全体に投資するコストの低い「インデックスファンド」を選ぶこと
iDeCo・つみたてNISAともに「一定額をコツコツ」投資して資産形成を行うものだ。つみたてNISAでは、投資対象があらかじめ「選別」されており、アクティブファンドを選ばなければ、つみたてNISA対象の中で既に「コストの安いインデックスファンド」の選択が可能になっている。
自動的に貯まる仕組みを導入すると、意識せずとも「必ず支払う資金」に無意識に仕訳けされることとなり、計画的な資産形成・貯蓄が可能になる。
富裕層はコストに敏感 「知らぬ間のコスト」を洗い出す
投資信託やファンドラップなどには「信託報酬」というコストが存在する。これはいわば「天引き」のシステムで、1.5%~2.2%などのコストが「天引き」されている。金融機関からの引き落としは無いものの、投資商品(投資信託やファンドラップなど)の残高から毎日引かれており、コストよりも運用パフォーマンスが悪ければ「元本割れ」となる。運用資産を目減りさせるコストを投資家はあまり認識していない。いわば「知らぬ間のコスト」が残高から引かれているのだ。
金融庁長官のコメントにもある「低コスト」で運用するためには、「知らぬ間のコスト」がどの程度あるのかを認識することが大事だ。資産運用のアドバイザーなどからアドバイスを受ける富裕層は、このコストを十分認識している。外国債券などについては、市場で取引されている価格よりも上乗せされている「隠されたコスト」が発生している場合も多くある。また、為替の手数料で結果として投資家が10%以上のコストを負担する商品を、金融機関はセールスしているケースすらあるのだ。「知らぬ間のコスト」をしっかりと洗い出すことで、富裕層が「低コスト運用」を実現していることを知って欲しい。
安東隆司(あんどう・りゅうじ)
RIA JAPANおカネ学株式会社代表取締役。CFP®ファイナンシャル・プランナー、元プライベート・バンカー。日米欧の銀行・証券・信託銀行に26年勤務後、独立。お客様サイドに立った助言を実践するためには高い手数料は弊害と考え、証券関連の手数料を受け取らない内閣総理大臣登録の「投資助言業」を経営。著書に『個人型確定拠出年金iDeCo プロの運用教えてあげる!』等がある。