要旨
世界貿易機関(WTO)が4月12日に公表した貿易統計によれば、世界貿易量の伸び率は17年に前年比+4.7%となり、18年も世界経済の好調を背景として同+4.4%になると見込んでいる。しかし、足元の自由貿易体制は揺らいでおり、米中貿易戦争が世界貿易を減速させるリスクとなりつつある。
発端は米国のトランプ大統領による保護主義的な貿易政策の発表であったが、その背景には何があるのであろうか。その理由を、大統領の支持基盤となる人々の属性を明らかにすることで理解し、保護主義のもたらす悪影響について経済理論を用いて考える。
保護主義は、経済成長や雇用確保を実現する最良の手段とはならない。労働者が新たな産業に適応するように教育面の支援を強化していくことが重要なのである。
世界貿易の現状
◆世界貿易は17年に回復が鮮明に
世界貿易機関(WTO)が4月12日に公表した貿易統計によると、17年の世界貿易量(1)の伸び率は前年比+4.7%と16年の同+1.8%から大きく回復した(図表1)。背景にあるのは、世界的な景気回復と資源価格の回復だ。主要先進国地域の製造業PMIは、好不況の分かれ目となる50を大きく上回る水準で推移し(図表2)、石油や鉄鉱石といった資源価格も一時期の落ち込みから回復しつつある(図表3)。ここ数年続いた世界貿易量の伸び率が世界実質GDP成長率を下回るスロートレードの状況も解消した。足元の主要港湾のコンテナ処理数も増加基調を強めており、世界経済が堅調に推移する中で物流が活発化している(図表4)。
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(1)貿易量は、輸出量と輸入量の平均。
◆商品貿易はアジア地域が牽引
世界貿易の拡大による恩恵は、先進国より途上国で大きい。途上国における輸入量は、16年の前年比+1.9%から17年には同+7.2%に拡大し、輸出量も同+2.3%から同+5.7%に拡大した。地域別には、アジア地域が最も活発で、世界貿易量の伸び率に対して半分近い貢献をしている。また、北米および欧州地域では輸出入が停滞を脱したほか、中南米地域でも輸入量が大きな回復を見せた。中南米地域における回復は、物価の安定や雇用環境の改善を背景に、ブラジルが3年ぶりにプラス成長に回帰した影響が大きい。
貿易額(2)では中国が米国を上回って最大となった。17年の中国経済は、政府の成長目標を上回って好調に推移し、国際的な生産ネットワークを形成するアジア諸国に恩恵が伝播した。主要経済国における貿易額は、英国を除いた全ての国・地域において前年同期比プラスでの推移となった(図表5)。英国におけるBrexitを巡る不透明感は17年後半にやや和らいだものの、中長期的には貿易取引に影を落としたままである。また、原油価格の上昇を追い風として回復が続くロシアも、欧米諸国との関係悪化が懸念される。
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(2)貿易額は、ドル建てベースの輸出額と輸入額の平均。
◆商業サービス貿易も回復基調に
商業サービス貿易は17年を通じて拡大した。特に16年に落ち込んだ欧州地域では、全ての商業サービス貿易で大きな改善となった。北米地域については、旅行サービスと商品関連サービスが年央と年後半にそれぞれ前年同期比マイナスとなり、他地域と比較して伸び悩んだ(図表6)。
◆世界貿易は18年も好調を維持
WTOは18年の世界貿易量を前年比+4.4%と予測する。今後も世界経済の好調を背景として、貿易取引が活発な状況は続くと見る。貿易量の伸び率の予測範囲は+3.1%から+5.5%の間にあるが、この予測には不確実性の高いリスクは織り込まれていない。WTOは主要なリスクとして、欧米における金融政策の変更と世界的な保護主義の広がりを挙げている。なお、このリスクが顕在化した場合には、予測範囲を超えた貿易取引の縮小が見込まれる。
足元では、米国が保護主義に傾斜することで、自由貿易体制が揺らいでいる。11月の米国中間選挙を意識した動きとの指摘もあり、不安定な状況が長引くリスクもある。今のところ保護主義的な行動がエスカレートして、破局的な展開に至るとの声は少ない。しかし、不透明な状況が長引き、世界経済を減速させてしまうリスクには、十分な注意を払う必要があるだろう。
保護主義というリスク
◆保護主義に駆り立てるもの
世界の自由貿易取引を巡る環境は大きく揺れている。発端は米国のトランプ大統領による保護主義的な貿易政策の発表だ。18年1月、トランプ大統領は洗濯機と太陽光パネルに対するセーフガードの発動を発表した。同年3月には、鉄鋼とアルミニウムの輸入品に対する追加関税を発表、中国の知財侵害に対する制裁関税も発表した。これに対して中国も対抗措置を打ち出して争う構えを見せており、米中貿易戦争が世界の貿易取引を減速させるリスクとなりつつある。トランプ大統領は、なぜ保護主義に傾斜しているのであろうか。その理由を、大統領の支持基盤となる人々の属性を明らかにすることで理解する。
大統領の支持基盤は、米クイニピアック大学の世論調査(18年4月6日~9日実施)から把握することができる(図表7)。同世論調査によると、大統領の仕事を評価すると答えた人の割合は、大学の学位を持たない白人労働者階級で58%となっており、全体の41%と比較して高い。また、大統領就任の翌週における世論調査(17年1月20日~25日実施)からは、この層が安定して大統領を支持してきたことが分かる。この層にある人々の属性は、大統領選挙時に実施された公共宗教研究所(PRRI)と米誌アトランティックの世論調査(16年9月22日~10月9日実施)を見ると分かりやすい(図表8)。同調査によると、この層の人々は現状に対する不満が強く、外国に対して排外的な性質を有するようだ。全体の支持が不支持を下回る中、トランプ大統領にとって自らを支持してくれる白人労働者階級は貴重な存在である。そのため白人労働者階級の期待に応えることは、大統領の優先事項に成り得る。従って、トランプ大統領が保護主義に傾斜する背景には、大統領を支持する白人労働者階級の現状に対する不満や外国に対する排外的な性質が反映されている可能性がある。
関税率引き上げの悪影響
◆保護主義は最良の選択肢ではない
トランプ大統領は、貿易赤字をグローバル化の悪影響が顕在化した領域であると捉え、関税率の引き上げによって対処しようとしている。保護主義は、自国の産業や雇用を守るために採られる政策であるが、この政策は経済成長や雇用確保に対する最良の手段と言えるのだろうか。保護主義的な政策が実施された場合の影響を考察する。
次ページの図表9は、需要曲線と供給曲線を重ねたものである。需要曲線は、ある価格において購入希望者がどれだけいるのかを示したものであり、図表上は右下がりの直線で表される。供給曲線は、生産者がある価格のもとで販売する商品数量を示したものであり、図表上は右上がりの直線で表される。直感的には、価格の低下によって購入希望者が増加し、価格の上昇によって生産量は増えると思えば理解しやすい。このとき、消費者と生産者がそれぞれ得る満足を消費者余剰(図中、青色の領域[A])と生産者余剰(図中、赤色の領域[B])と呼ぶ。消費者余剰は、実際に商品を購入できた消費者が、それぞれ購入しても良いと思える価格から実際の価格(図中、価格PまたはP+⊿T)を差し引いた差額の合計であり、国内消費者全体が得られる利益と捉えることができる。生産者余剰は、販売収入から生産コストを差し引いた利益と簡易的には理解され、国内生産者が得る利益と捉えることができる。なお、消費者余剰と生産者余剰の合計は総余剰と呼ばれ、社会全体の効率性や利益の大きさを示している。
図表9の左側の図は、関税が導入される以前(関税率が引き上げられる以前)の状況を示したものだ。このとき、価格は国際競争によって低く抑えられており、価格Pで取引が行われる。供給側では、国内で採算の取れる[X0]までしか国内生産されず、残りの需要[Y0]に対応する部分は輸入によってまかなわれる。次に、関税が導入された場合の変化を右図にて確認する。関税⊿Tが導入されて価格がP+⊿Tに上昇すると、購入希望者は [X0+Y0]から[X1+Y1]に減少する。供給側では、採算ラインの上昇によって国内生産が[X0]から [X1]まで増加し、関税でコスト増となる輸入は反対に[Y0]から [Y1]まで減少する。このとき消費者利益である消費者余剰は[A0]から [A1]まで減少し、生産者利益である生産者余剰は [B0] から[B1]まで増加する。また、社会全体の効率性を示す総余剰は、関税導入前の[A0+B0]から [A1+B1]に変化し、[C+D+E]だけ減少する。この減少部分の面積は死荷重と呼ばれ、関税を導入した際の市場の効率性の低下や国全体の利益の減少を示す。なお、[D]で示される面積は、輸入量[Y1]と関税⊿Tの積で計算される国の関税収入である。総余剰が国全体の利益であることから、関税収入 [D]は総余剰に含めることができるため、最終的な死荷重は[C+E]となる。
以上から、関税率の引き上げは、富の配分を国内消費者から国内生産者に移し、社会全体の利益を減少させる政策であることが分かる。つまり、関税率の引き上げは、グローバル化による恩恵の格差を縮小させる効果と、国全体の利益を減少させる効果のトレードオフの関係を有するのである。
関税率の引き上げは、雇用に関してもマイナスの影響を与えることが懸念される。取引コストの増加は、既にある国際的な生産体制の再構築を促す。しかし、生産設備の最適化は時間が掛かるため、短期的には物流に目詰まりを生じさせて経済を停滞させてしまう。経済の停滞は需要の減少から生産の調整につながり、やがて雇用の削減に波及する。長期的には、非効率な生産体制が維持されることとなり、産業の競争力が時間とともに低下して産業自体の衰退を招く。つまり、関税率の引き上げは、短期的にも長期的にも雇用に対してマイナスの影響を及ぼしかねないのである。
労働市場の再構築を
◆必要なのは人材育成
前述の通り、関税率の引き上げは、経済成長や雇用確保に寄与しない。しかし、米国の世論調査の結果が示すように、グローバル化の恩恵を得られなかった人々を放置すべきでないとする、トランプ大統領への支持も依然根強い。アゼベドWTO事務局長も、仕事を失った人々を無視することはできず、国内レベルで労働者への支援や訓練等、広範囲にわたる政策ミックスによる対処が必要であると指摘している。
昨今はグローバル化以外にも、技術革新を要因として産業構造や仕事内容が変化してしまう時代である。各国政府は、安易に保護主義に陥ることなく、労働者が新たな産業に適応するように教育面の支援を強化すべきである。日本国内においては、幼児教育や高等教育の無償化、生涯を通じた学び直し(リカレント教育)など、人材育成を強化しようとする動きがある。私たちはこの動きを加速させ、時代に合わせた働き方を身につける機会を増やし、変化に取り残される人が出ないような仕組み作りをしていく必要があるだろう。
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鈴木智也(すずき ともや)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究 研究員・経済研究部兼任
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