長年にわたり投資産業のトップを突き進んできたゴールドマン・サックスに、転機の兆しがみえる。

2016年に始まったマーカスというサービスは、富裕層を上得意としてきた従来のゴールドマン・サックスとは180度異なり、負債に苦しむ一般消費者向けのオンライン融資・貯蓄ブランドとして世間を驚かせた。150年近く培った独自の知識と経験を、近年米国で深刻化するクレジットカード負債を少しでも軽減するために役立てるという、利益追求型のウォール街では類まれなコンセプトである。設立わずか1年で融資総額20億ドルに手が届く勢いだ。

こうした動きが近年のFinTechの活性化を意識したものであることは明らかだが、これまで主力だったトレーディング事業の失速により、援護となる競争力を新たな分野で模索しているとも受けとれる。

「本当に消費者の立場に立った商品」に重点を置くマーカス

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(画像=Casimiro PT/Shutterstock.com)

ブランド名はゴールドマン・サックスの創業者、マーカス・ゴールドマン にちなんで付けられた。設立に辺り、1万人の消費者の負債に関する経験談を参考に、「本当に消費者の立場に立った商品」を開発・提供することに専念したという。まさに、金融サービスに対する消費者の不満の声から生まれたブランドである。

主要商品は無担保個人融資と貯蓄口座の2つ。「返済して貯める」というスタイルを提案することで、顧客の金融環境をより健全なものへと導く意図だ。

返済計画なしにクレジットカードで支出を補おうとすると、気付かないうちに高金利の悪循環に陥りがちだ。お金がないのでクレカで買い物をする、高金利で負債が膨らみ、ますますクレカでしか買い物ができない深みにはまっていく。複数のクレカによる自転車操業で、毎月の返済期日を乗り切っている消費者も少なくない。「おまとめローン」や「借り換えローン」では、根本的な負債軽減につながりにくい—との声も聞かれる。

また申し込みから審査からまで、うんざりするような借入プロセスをストレスに感じる消費者も多い。ようやくお金を借りることができた後も、「返済途中で金利が上がる」「借入前にはしらなかった手数料が加算されている」「返済期日や返済プランの選択肢が少ない」「電話で相談したいが自動音声につながる」など、消費者の不満は後を絶たない 。

手数料ゼロ、最高3万ドルの3〜6年の固定金利ローン

そこでマーカスは手数料ゼロ、最高4万ドルの3〜6年の固定金利ローンを提供し、こうした負債返済のジレンマを打ち破ろうとしている。

実質年率は申込者のクレジットスコアや過去の返済履歴、返済期間、借入の目的などに基づいて、6.99〜24.99%に設定されている。例えば同じ銀行系列ならばウェルズ・ファーゴが6.99 〜23.99%、シティーバンクが7.99 〜17.99%、クレカ系列ではアメリカン・エクスプレスが6.98 〜 19.97%、オルタナ系列ではSoFiが5.49〜14.24%。つまり利息が飛び向けて低いというわけではないようだ(バリュー・ペンギン2018年データ)。

しかし固定金利で手数料の排除で返済の透明化を図り、顧客の都合に合った毎月の返済期日や豊富な返済プランを提供している点を、ライバルと差をつけるセールスポイントになっている。

月曜〜土曜の午前7時〜午後9時まで人間のスタッフが対応してくれるカスタマーセンターも、借りる側に安心感をあたえる。

設立1年強で20億ドルの融資達成 今後3年間で130億ドル狙う

貯蓄口座サービスでは高利回り口座と譲渡性預金口座から、需要に見合ったものを選べ、高利回り口座は 1ドルから、譲渡性預金口座は500ドル から気軽に開設できる。サイトに掲載された情報によると、マーカスの貯蓄口座の年利はライバル大手のものを大きく上回り、平均よりも4倍高いという。

こうした消費者目線の戦略が功を成し、2016年10月の設立からわずか1年強で融資総額は19.6億ドルに達した。2018年4月現在、英国にも進出を果たしている(ビジネスインサイダー2017年11月14日付記事)。 マーカスのさらなる成長を期待するチーフ・ファイナンシャル・オフィサーのマーティン・チャベス氏 は、今後3年間で融資総額が130億ドルに増え、融資市場全体の6%を占める規模に拡大すると予想している。

トレーディングの王者から脱落 新たな方向性と可能性を模索?

なぜゴールドマン・サックスはマーカスを立ち上げる必要があったのか—という点が気にかかる。

そもそもマーカスは、リテール銀行業務の拡大を狙って2016年4月に設立したGS バンクを、より強力なモバイル戦略を打ちだす目的で再編成したものだ(ビジネスインサイダー2017年11月17日付記事)。

全てのプロセスをオンラインで行うスタイルや消費者の立場に立った商品・サービスに注力する姿勢も、近年盛り上がるFinTechの影響が色濃く反映されている。

それに加え、ゴールドマン・サックスはこれまで主要収益源としていたトレーディング事業の収益力に陰りがみえ、金融危機以前の勢いは感じられない。2017年第4四半期のトレーディング事業の収益は前年同期比比34%減。特に業績が低迷した債券、為替、コモディティ部門は2016年の半分に落ち込んだ(CNBC2018年1月17日付記事) 。

2018年1月には2006年以来で初めて、モルガン・スタンレーに時価総額で逆転されるなど(ブルームバーグ2018年1月17日付記事) 、着実にウォール街のトップの地盤が崩れだしている気配は否めない。

こうした不穏な背景から察するところ、ゴールドマン・サックスにとってマーカスは、新たな方向性と可能性を探る上で重要な役割を担っているのだろう。(アレン・琴子、英国在住フリーランスライター)