ダートマス大学で公共政策と経済学を教えているチャールズ・ウィーラン氏の著作は、日本ではすでに『経済学をまる裸にする』、『統計学をまる裸にする』という翻訳が上梓されている(それぞれ原題はNaked Economics, Naked Statistics)。それらの邦題に倣えば、本書Naked Moneyのタイトルは『お金をまる裸にする』ということになろうか。原書の出版は2016年4月だが、ユーロ問題、アベノミクス、ビットコインなどのその後の動きについても、訳者によってフォローされている。

『MONEY――もう一度学ぶお金のしくみ』
著者:チャールズ・ウィーラン
訳者:山形浩生、守岡桜
出版社:東洋館出版社
発売日:2017年12月18日

お金とは何か?

金融パニック, 映画, 本
(画像=SergeyP/Shutterstock.com)

まず確認されるべきは、「お金」イコール「富」ではないということだ。本書はそれを大中小3つの円で図示している。いちばん内側の小さな円が「通貨」(紙幣と硬貨)で、それを包含する中くらいの円が「お金」(当座預金、小切手など)である。さらにそれを包含する一番外側の大きな円が「富」(不動産、債券、黄金、株式など)である。つまり「お金はすべて富だけれど、すべての富がお金ではない」のである。

この「お金」が持つ基本的機能には、会計単位、価値貯蔵手段、交換手段の3つがある。ならば、ビットコインなどの新たな形のデジタルマネーは「お金」と言えるのだろうか? 結論から言えば、ビットコインは会計単位としての意味を持たず、価値貯蔵手段としてもうまく機能していない。ただし、交換手段としては「すさまじい価値」が認められる。したがって、機能面から見るかぎり、ビットコインは「お金」としては奇形と言うほかない。

名目値と実質値の区別

お金や経済にまつわるデータを見る際、人びとは往々にして名目値に目を奪われ、実質値を見過ごしてしまう。いわゆる「貨幣錯覚(money illusion)」の問題であるが、本書では、この名目値と実質値の違いについて、アメリカ映画(他国との合作を含む)の興行収入ランキングを例に挙げて説明している。

本書によると、アメリカ映画史上で興行収入上位5作品は、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015年)、『アバター』(2009年)、『タイタニック』(1997年)、『ジェラシック・ワールド』(2015年)、『アベンジャーズ』(2012年)であるという。しかし、これはインフレを考慮していない名目値を基にしたランキングである。

インフレ調整済みの(つまり実質値を基にした)興行収入上位5作品は、『風と共に去りぬ』(1939年)、『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(1977年)、『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)、『E.T.』(1982年)、『タイタニック』(1997年)の順になるという。今の作品を過去の作品よりも成功しているように見せかけるためには、実質値よりも名目値を使うほうが効果的なのである。

映画『素晴らしき哉、人生!』に金融パニックを学ぶ

「信用」を軸にお金の貸し手(預金者)と借り手をマッチングする仲介役を担うのが銀行(銀行業務を果たす機関を含む)である。信用が機能すれば、学生は大学に通い、貧しい家族が住宅を購入し、起業家が新事業を起こすことができる。いざ信用が破綻すると、多くの人や企業は借金が返せなくなり、経済全体が危機的状況に陥る。金融パニックである。

金融パニックについて学ぼうと思えば、危機に対処した当事者たちの回顧録や危機の原因と結果を分析した各種の研究書や報告書を繙くのが有益であるにちがいない。だが著者が勧めるのは、映画『素晴らしき哉、人生!』(1946年)を観ることである。

フランク・キャプラ監督、ジェームズ・ステュアート主演のこの映画は、「単なるクリスマス休暇向けの不朽の名作ではない。現代金融システムにつきまとう脆弱性を理解する最も手軽な手段でもある」と評する著者は、映画に描かれた銀行取りつけのシーンに読者の注意を喚起する。

ニューヨークのベッドフォードフォールズという町でベイリー・ブラザーズ建築貸付組合(広義の銀行)を経営するジョージ・ベイリー(J・ステュアート)は、折からの金融不安を受けて即座の預金引き出しを求めて殺到した顧客に対し、自らの新婚旅行用に貯めていた現金をはたいて急場を凌ぐ。ベイリーの行為は、「流動性不足が支払不能に変わる」事態を防いだのである。

「お金」の基礎知識を楽しく学べる中身の詰まった一冊

本書はこのほか、中央銀行業務とその改善、為替レートと世界金融システム、チャーチルによる金本位制への復帰、アメリカの金融史、日本の失われた数十年、ユーロ危機、米中経済関係、お金の未来についても書かれている。各自関心のある章だけを拾い読みするのもよいが、本書は順を追って読むと理解しやすいようにうまく構成されている。

書店に行けば、「お金」について書かれた本は山ほどある。それらは、良書ではあっても、学術的で、叙述も難解、一般の読者には敷居が高いものが多い。さもなければ、一般向けの体裁をとりながら(あるいは、それゆえにか)中身がスカスカなものも少なくない。そのようななか、本書は「お金の正体」について基礎から学べ、しかも楽しく読めるように工夫されている。この種の本をふだんあまり手に取ることのない方にはお薦めの一冊である。(寺下滝郎 翻訳家)