日銀が公表する「マネーストック」は、金融機関以外の企業や個人等が保有している通貨を合計した統計であり、物価と並んで実体経済の状態を示す指標とされている。しかし、近年は実体経済との関係が不安定となっている。

マネーストックの中で最も代表的な統計は「M2」である。これは、現金と要求払預金を示すM1に、定期性預金と外貨預金と譲渡性預金を合わせたものである。M2の前年比伸び率を名目国内総生産(GDP)成長率と比較すると、2006年まで名目成長率に連動していたが、2007年以降にこの関係に乖離が生じている。

ステルステーパリングでマネーの伸び鈍化

日銀,ステルステーパリング
(画像=Takashi Images / Shutterstock.com)

きっかけは、サブプイライムローン問題を発端とした2007年以降の景気悪化である。2008年以降はリーマンショックにより名目成長率が大きく落ち込んだが、M2の伸びはあまり低下しなかった。背景には、世界的な金融危機により企業や個人が安全資産の保有を進めたことがある。逆に、名目GDPの前年比がプラスに転じた2010年以降は、M2の伸びが減速している。これは、景気が最悪な状況を脱し、家計が金融資産の中身を預貯金からリスク資産へとシフトしたことが影響している。実際、M2に金融債、銀行発行普通社債、金銭信託、その他の金融商品等を加えた「広義流動性」も同時期に伸びが拡大している。

ただ、2017年度の後半以降はM2も広義流動性もマネタリーベースの伸び鈍化により鈍化傾向にある。これは、日銀がステルステーパリング(中央銀行が密かに量的金融緩和を縮小)を行っていることにより、マネタリーベースの伸びの鈍化がマネーストックに波及していることを示す。ステルステーパリング前の2016年はチャイナショックや英国の国民投票リスクを意識してリスク性資産から現預金へのシフトが見られ、M1の伸びは加速したが、2017年以降はM2や広義流動性の伸びが鈍化する中でもM1の伸びが減速している。

このように、実体経済が減速感の兆しを強める中、資金取引を包括的にとらえるマネーストックの先行きにも不透明感が漂っていることは、日本経済の先行き懸念材料の一つである。

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実質金利差が相場に影響

ドル円の為替相場を月平均で見ると、2007年6月の1ドル=122円台をピークに円高が進み、2011年10月には月平均で1ドル=76円台に到達した。その後、月平均76円台~123円台の間で変動しながら、現在は1ドル=105―06円台程度と過去数年では1ドル=110円台を中心とする水準にある。

外国為替相場はその国の通貨の相対的価値を示し、長期的には各国の通貨の購買力を均等化する購買力平価から大きく離れることはないと考えられている。だが短期的には、国際貿易や資本・金融取引から生じる外国為替取引の需給関係によって決まる。国際貿易では輸出でドル建てのもうけが出れば円に換えようとするため、円の需要が増え円高圧力が高まる。

しかし、近年では国際貿易より国際的な資本・金融取引の規模が拡大し、影響力を増している。そうした取引は投資した資金から将来どれだけの収益が上がるかに基づいて行われ、金利の低い国から高い国へ資金が流れやすい。このため、為替相場は自国と外国のインフレ率を加味した実質金利の差の影響を強く受ける。

実際、日米間の金利差と為替相場の動向を見ると、2013年以降は金利差の拡大で、円安・ドル高に進んでいる。しかし、2014年の後半以降は金利差が縮小したが、日銀が量的緩和政策を強化したため、円安ドル高となった。その後、2015年半ば以降からチャイナショック等により金利差見合いで割安だった円が増価し、2016年秋の米国大統領選挙を受けた金利差拡大でドル高円安に進んだが、足元ではトランプ政権に対する不透明感の高まりなどで、金利差拡大する中での円高ドル安相場がもたらされている。

各国通貨の交換比率である為替レートが注目されるもう一つの理由は貿易への影響である。円高になれば円建てで同じ価格でも輸出時にドルに直すと割高となり、輸出競争力が失われ、やがて景気の下押しにつながる。一方、円高には海外からの輸入品に対する購買力が拡大する恩恵があるが、日本は経常黒字国であり、円高は景気に悪影響を与えやすい。このように、為替相場は経済の動きを受けて変動する一方で、貿易や金融取引を通じて経済に影響を与えている。

図2

永濱利廣(ながはま としひろ)
第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト
1995年早稲田大学理工学部卒、2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年4月第一生命入社、1998年4月より日本経済研究センター出向。2000年月より第一生命経済研究所経済調査部、2016年4月より現職。経済財政諮問会議政策コメンテーター、総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事兼事務局長、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使。