転職前後はさまざまなトラブルが起きやすい。退職前の強引な引き止めや有給休暇の扱い、転職後には「こんなはずじゃなかった」と悩むこともある。転職前後に遭遇しがちな主なトラブルとその対処法を解説する。

転職前トラブル(1) 強引に引き止められる

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(画像=PIXTA)

転職に伴う退職で最も多いとされるトラブルの一つが、上司などからの強引な引き止めだ。民法では第627条と第628条に退職についての規定があるので、まずこちらを解説しよう。

民法第627条では、企業と労働者が雇用の期間を定めなかった場合について規定しており、「いつでも解約の申入れをすることができる」とした上で、「雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する」としている。

また期間で報酬を定めていた場合には「解約の申入れは、次期以後についてすることができる」と規定してある。そしてその解約の申し入れは「当期の前半にしなければならない」と定めている。月給制の場合は、約2週間から1カ月前には解約をしなければならないと解されるのが一般的だ。

雇用期間を定めた場合の雇用契約の解除については、民法第628条で言及されている。具体的には、やむを得ない事由があれば「直ちに契約の解除をすることができる」とされている。

一般的に企業の就業規則よりも民法の方が効力は強いと解釈されるが、転職に伴う退職時にトラブルにならないためには、例え退職届を出した時期が民法の範囲内であっても、なるべく早めに上司に相談するなどしておくことが望ましい。

なるべく会社に迷惑が掛からない時期などを考え、円満退社できれば最も良いとも言えるが、過剰な残業や給料の未払いなどが発生している場合には、一刻も早い退職が望ましい場合もあり、ケースバイケースとも言える。退職時期などについては過去には裁判で争われたこともあり、弁護士などへの相談も多いトラブルだ。

転職前トラブル(2) 競合他社に転職することを知られ……

転職前に起きやすいトラブルの火種として、競合他社に転職することが社内で知られることがある。

基本的には競合他社に転職することに特に問題はない。一方で秘密保持契約などを結んでいる場合は、それまで在籍していた企業の情報を安易に転職先で話してしまうと、最悪の場合裁判などに発展してしまう可能性がある。その点はしっかり注意する必要がある。

企業によっては就業規則の中で競合他社への転職の禁止を定めているケースもあるが、日本国憲法第22条では「職業選択の自由」が保障されている。もし転職先が競合他社の場合に、所属している企業から「年金手帳を返さない」などという対応をとられたらどうするか。その場合は社会保険事務所が年金手帳を再発行してくれるので問題はない。

競合他社に転職することが言いにくいことから、「嘘」を言って退職してしまうケースも少なからずあると思うが、後になって結果的に嘘を言った本人の信用が失われてしまう場合がある。

競合他社は同じ業界に属しているため、それまで勤めていた企業の人と顔を合わせることもある。言いにくい場合でも、転職先について明らかにしなければならないシーンでは、本当のことを話すことが結果的に良い結果につながることが多いだろう。

転職前トラブル(3) 有給休暇が余っているのに使えない

残っていた有給休暇の消化も、退職時に発生しがちなトラブルの一つだ。まず、有給休暇の取得権利についておさらいする。

年次有給休暇については、労働基準法第39条の第1項と第2項で定められている。第1項では「使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない」と定められている。第2項ではその後の有給日数について細かく定められている。

有給休暇は基本的に労働者側の都合で取得することが可能だ。そのため、退職時にも労働者側の都合で有給休暇を使うことができる。通常時においては、雇用者側は労働者側が指定した有給休暇の期間を変更できる「時季変更権」を行使できることもあるが、退職時には適用することは難しいと解釈されるため、労働者の権利として有給休暇を使うことに問題はない。

一方で、例えば3週間後の退職を申し出て、その日以後3週間は丸々有給休暇の消化にあてて会社に出社しないなどというの場合は、トラブルに発展しやすい。後任者への引き継ぎや退職に伴う手続きなどを雇用側と労働者側で一緒に進めていくことが難しくなることや、そもそも急すぎるためあらかじめ社内で決めていた業務スケジュールが適切に遂行できなくなることもあるからだ。

もちろん心身の不調などに伴う有給休暇の所得は当然のことだが、なるべくトラブルに発展させないためにも、有給休暇が多めに残っている場合は早めに退職時期について上司に相談しておくことが賢明だろう。

転職後のトラブル(1) 転職先の企業文化に適応できない

転職後に最も起こりがちなトラブルの一つが、転職先の企業文化になかなか適応できないというケースだ。企業によって企業文化は異なる。体育会系な企業もあれば、社員の主体性を大切にする企業もある。転職前の企業と転職後の企業で、企業文化が異なることは当然考えられる。

こうした悩みを抱えた場合はどうすれば良いだろうか。ケースバイケースではあるが、本人が自ら転職先の企業文化に慣れていく努力をしていくことも求められる。そしてある程度の時間が経てば、いつの間にかその企業の一員として溶け込んでいることもあるだろう。

上司や同世代の同僚などに相談してみるのも一つの手だ。しかしその場合、最初からその会社の企業文化を頭ごなしに批判するのではなく、溶け込むためにはどうすればいいかなどを真摯に聞く姿勢も必要だろう。その方が相談された人も親身になって話を聞きやすいはずだ。

例えば新入社員として1社目の会社に就職し、3年後にその会社を退職して転職をしたとする。その場合、社会人としては3年目だが、新たな職場となった転職先では入社1年目の新入社員だ。あまりそれまでの経験を引きずらずに、ゼロからスタートする気持ちで先輩社員などにアドバイスを求めることも重要であると言えよう。

一方で「これはこうした方が良い」「企業文化を変えるべきだ」という意見を持つことは決して悪いことではない。企業にとっては「物言う社員」が必要とされるシーンも多々あるからだ。しかし転職してすぐは実績もないし、信頼もない。ただ言うだけでは、相手もなかなか聞く耳を持ってくれないし、それよりもまずその会社の業務全体をしっかり理解することが重要あると言えるだろう。

転職後のトラブル(2) 入社前の条件と実態が異なる

労働環境についても、転職後に「こんなはずじゃなかった」と頭を抱えてしまうケースが見受けられる。転職前になかなか把握しにくい社内の雰囲気や企業文化に関するケースにおいて多いが、実際の業務内容や本人のポジション、残業時間や代休の取得など、予め確認しやすい内容についてもこうしたトラブルは発生しがちだ。

最も重要なことは、転職前の時点で転職先の企業としっかりとコンセンサス(合意)をとっておくことだ。採用条件を明記した採用決定通知書や就業規則の確認と質問などをしっかりしておくことで、例え転職後に労働環境が事前に合意・確認した内容と異なっていても、その後の話し合いもしやすい。

転職時の状況にもよるが、採用が最終的に決定する前は転職先の人事担当者に細かな質問をしにくいこともある。しかしそこで曖昧にしていたことが、あとあとになってトラブルの種になる。分からないことや不明瞭なことは、早めに人事担当者などに確認し、場合によっては書面に残してもらうことも必要になるだろう。

しかしどんなに中身を確認したり、合意したりしていても、実際に働いてみたら条件と異なるケースは多い。その場合はまずは人事担当者に説明を求め、場合によっては経営層や管理職に相談することも必要になるだろう。

人材紹介会社や転職エージェントを通じて転職した場合は、当時の担当者に相談してみるのも一つの方法である。いずれにしてもあまり喧嘩腰にならず、冷静に話し合いを進めていく必要がある。

転職後のトラブル(3) なかなか結果が出せず……

経験者採用などとして転職先の企業に勤めることになった場合、会社側はその人に対して即戦力的な活躍を求めていることも多い。面接時にもそういう趣旨のことを告げられることもあるだろう。そんなケースにおいて、転職後になかなか結果が出ない状況が続くと、自己嫌悪に陥りやすい状況になる。

しかし、転職前の会社と全く同じ業務が求められている場合でも、すぐに結果を出すことはたやすくない。報告や確認のリズムが違ったり、同僚との連携が最初はなかなかうまくいかなかったり、労働環境のさまざまな違いが相まって、なかなか結果を残せない状況が続くということもある。新規事業の立ち上げや、自分が挑戦したことがない分野に取り組む際はなおさらだ。

その場合は思い切って、周囲の同僚などに相談してみることも一つの方法だ。人事担当者からアドバイスを受けるという手もある。とにかくあまり自分で抱え込まず、新入社員としてさまざまな人からノウハウを共有してもらう姿勢が重要だろう。

それまでの自分の経験に固執せず、周囲の同僚の働き方を注意深く観察し、そこから学びを得ることも重要である。そういった謙虚さがテコになって、それまで培ったノウハウやスキルが活きてくるケースも多い。

冷静さや謙虚さを忘れずに

ここまで転職前と転職後の主なトラブルについて紹介してきた。トラブルは避けたくても避けられないこともある。そんなときは、まず謙虚さを忘れず冷静になって、トラブルの解決に向けて取り組むことが求められる。(岡本一道、金融・経済ジャーナリスト)