アメリカは自由、平等を追求する民主主義国家である。市場経済を最大限に取り入れるものの、共産党一党独裁体制で社会主義を堅持する中国とは根本的な部分で分かりあえないところがあるかもしれない。

中国が製造強国になるための道

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(画像=Arkadiusz Komski / Shutterstock.com)

中国は2015年5月、「中国製造業2025」を発表した。これは、産業政策の大方針として、中国を製造強国にするために何をすべきかといった行動計画を示したものである。その内容を簡単にまとめると以下の通りである。

1.情報化、工業化を深く融合させる。

2.製造強国に達するまでの過程を2025年まで、2035年まで、建国100年後(2049年)までの3段階に分けて計画する。第1段階では、2025年までに製造強国の仲間入りを果たし、第2段階では2035年までに中国の製造業が全体として、世界の製造強国陣営の中で真ん中あたりの水準に達し、第3段階では、新中国成立100年(2049年)までに製造大国の地位を強固なものとし、総合力で世界製造強国のトップレベルに達する。

2.市場主導、政府主導、長期を見据え、自主発展、提携によるウィンウィンの発展を推し進める。

3.イノベーションが駆動して、品質を重視し環境に配慮した発展を目指し、経済構造を最適化しつつも、人材を基礎とする。イノベーションセンターを建設、製造業のインテリジェント化を進め、環境対策を十分に行い、大型飛行機、飛行機用エンジン、列車、新エネルギー自動車、船舶、電力設備、機械、原子力設備などに代表されるハイエンド設備産業を育成する。

4.新世代情報技術、高機能NC工作機械・ロボット、航空・衛星、海洋エンジニアリング・高性能船舶、先進的な軌道交通設備、省エネ・新エネルギー自動車、電力設備、農業機械設備、新材料、バイオ医薬・高機能医療機器といった10の領域を重点的に発展させる。

おそらく、世界のほとんどの人々が、これからの製造技術において情報化が重要だということを知っている。中国が指定している新世代情報技術、高機能NC工作機械・ロボット、航空・衛星などの10の産業領域が有望なこともわかっている。そうした産業に属する中国企業だけを中国政府が事業支援することは、アメリカ企業からすれば、著しく公平性を欠くと感じるだろう。

国家基金でベンチャー企業を育成

新しい分野の事業はハイリスクハイリターンである。小回りが利き、アニマルスピリットに富むベンチャー企業の方が、大企業よりも圧倒的に有利である。それはアメリカの産業発展の歴史が物語っている。

ベンチャー企業を育てる上で最も重要なことは、リスク資金を供給することである。中国では、国家主導による資金供給の仕組みがすでに確立されている。

中国のマスコミ報道(5/4、中国証券報)によれば、国家新興産業創業投資導入基金、国家中小企業発展基金、国家科学技術成果転化導入基金、先端製造業産業投資基金、軍民融合発展基金など、全部で17の中央政府特別基金があり、総資金量は8000億元を超えている。これらに加え、年内には、国家戦略的新興産業発展基金が設立される見込みである。

もう少し詳しい別の統計がある。清科公司によれば、2018年3月現在、政府産業投資基金は1851本あり、募集総額は3兆1000億元を超えている。募集目標規模でみると、国家クラスは1兆5000億元、地方クラスは7兆元である。

“新興産業を発展に導くことで産業政策を実行する”。こうした政府産業投資基金は、国家大戦略である戦略的新興産業の育成・発展政策に沿って、IT、インターネット、機械、バイオ、医療・健康などの産業を中心に投資を行っている。

国家が基金を設立する目的は投資収益を上げることではない。政策に関連するアーリーステージの企業に資金を投入し、積極的に重要領域の産業構造調整を促進させる。市場と政府の需要を結合させ、積極的にその他の社会資本を招き入れ、イノベーションを進めるために、その産業の発展の鍵を握る企業を育てるべく、資金を供給する。こうした仕組みによって、新規産業を発展させようとしている。“投資収益を上げることが目的ではない、政策実行のため”であれば、これは“政府による補助金”と指摘されても反論できない。

保護貿易批判なら政策の修正必要

企業サイドから見ると、資金提供をしてくれる相手がアメリカのように、小規模のエンジェル、ベンチャーキャピタル、投資銀行のような民間であろうが、国家であろうが関係ない。

一方、資金の出し手という視点から見ると、アメリカでは民間であり、儲かるならば相手が中国企業であろうが、アメリカ企業であろうが、どうでもよい。しかし、中国は違う。国家が運営する基金である以上、中国や中国企業を成長させることが目的である。こうした点について、アメリカサイドから見れば、極めて不平等なやり方であり、もちろん自由(経済)とはかけ離れたやり方と映る。

中国が自国の企業を優遇し、アメリカ企業を差別するような経済体制であるならば、アメリカも、自国企業を守ろうとする。アメリカは、中国の大手通信会社である華為科技、中興通訊をアメリカ市場から締め出そうとしている。理由は国家機密漏洩のリスクがあるからだということだが、中国の不平等で統制的な経済への反発が背後にある。

中国は国際社会の中で、保護主義を厳しく批判し、自由貿易の堅持を声高に主張している。そのように主張するならば、国内の産業政策について、平等、自由といった観点から、修正する必要がありそうだ。多国間との協調が必要な自由貿易の恩恵を受けたいなら、WTO協定の基本原則である最恵国待遇、内国民待遇を堅持すべきだ。

田代尚機(たしろ・なおき)TS・チャイナ・リサーチ株式会社 代表取締役
大和総研、内藤証券などを経て独立。2008年6月より現職。1994年から2003年にかけて大和総研代表として北京に駐在。以後、現地を知る数少ない中国株アナリスト、中国経済エコノミストとして第一線で活躍。投資助言、有料レポート配信、証券会社、情報配信会社への情報提供などを行う。社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。東京工業大学大学院理工学専攻修了。人民元投資入門(2013年、日経BP)、中国株「黄金の10年」(共著、2010年、小学館)など著書多数。One Tap BUY にアメリカ株情報を提供中。HP:http://china-research.co.jp/