G7主要7か国財務相・中央銀行総裁会議が6月3日未明に閉幕した。議長国のカナダでは、「アメリカの一方的な関税措置はマイナスの影響を及ぼす」とアメリカを名指しで批判し、麻生財務大臣は、「これだけ全会一致でアメリカへの反論を打ち出すのは珍しい」と述べ、フランスのルメール経済相は「G7というよりも、G6+1だった」と述べている(NHK NEWS WEBより)。6月8日からはG7サミットが開催されるが、そこでもトランプ大統領への厳しい批判があった。6月18日にトランプ大統領は、中国が報復措置をとれば、総額2000億ドル相当の追加関税を課すと警告した。
トランプ政権は5月31日、EU、カナダ、メキシコに対して一時的に猶予してきた鉄鋼、アルミニウムへの追加関税措置について、他国と同様、順に25%、10%の追加関税をかけると発表した。同盟国に対しても、厳しい保護貿易主義を貫こうとしている。
これから佳境に入る米中協議
一方、最大の貿易赤字国である中国に対しては、さらに厳しい態度を示している。ホワイトハウスは5月29日、アメリカは輸入額500億ドル相当の中国製造業2025関連の技術を含む重要工業技術を有する中国からの輸入製品に対して25%の追加関税を課すとあらためて発表した。6月15日までに最終的な製品名簿を発表する。このほか、6月30日までに発表する工業重要技術に関する中国の個人及び実体経済に対する投資制限、輸出管理などはアメリカの国家安全保護のためであると強調している。こうした内容は明らかに第2回米中協議の合意を覆すものであった。
6月2日、3日には第3回米中協議が北京で開催されたが、中国側の発表は以下のようなものであった。
・米中双方は、ワシントンでの合意を実行し、農業、エネルギーなどの領域で有意義な話し合いを行い、積極的で具体的な進展が得られた。 ・詳細については双方最終的な確認を待つ必要がある。 ・中国側の態度は終始一貫している。中国はアメリカを含め世界各国からの輸入を増やしたいと考えている。 ・改革開放と内需拡大は中国の国家戦略であり、我々はこの既定路線を変えることはない。 ・米中間で成し遂げた合意は、双方が実行するものであり、貿易戦争を行わないといった前提である。もし、アメリカ側が、追加関税を含め貿易制裁措置を行うのであれば、双方の話し合いで得られたあらゆる成果は実行されない。
こうしてみると、目新しいものは何もない。今後、トランプ大統領がどのような措置を打ち出すのか、それによって、貿易紛争はさらに拡大する可能性がある。
トランプ政権は、中国の国家戦略である「中国製造業2025」について保護主義的、排他的であるとして批判している。「中国製造業2025」とは、国家主導で、産業の情報化、工業化を深く融合させ、中国を製造大国に押し上げようといった計画である。しかし、その過程で、市場を開放し、他国企業の協力を仰ぎながら、ウインウインの発展を推し進めるとしている。
これまでの中国ハイテク産業の発展について、技術のただ乗りと批判する者もいるが、中国の発展を利用して、アメリカの国際的な企業は大きな利益を得ている。特に、アメリカのベンチャーキャピタル、金融機関などは、大きな金融収益を得ている。
たとえば、日本でもソフトバンクがアリババの株式を保有することで巨額の含み益を得ている。中国製造業2025は世界中の金融機関、資本家、関連事業会社に対して、大きなビジネスチャンスをもたらすものである。トランプ政権のやり方は中国の発展で大きく儲けようとするグローバル企業の利益に反することになり、世界の変化についていけず、中国の成長で利益を得ることのできないでいるオールドエコノミーを助けることになる。
国民の不公平をただすことは重要だが、そのやり方は難しい。トランプ政権のやり方では、トランプを支持する者と支持しない者との亀裂を拡大させるだけであろう。
中国の報復、トランプには痛手
中国は、アメリカ側が保護貿易のごり押しをしても、当面は最低限の消極的な報復しかしないだろう。ただし、11月の中間選挙や、2年半後の大統領選挙の前など、選挙に影響が出るような特定の時点において、トランプ大統領の再選を阻むための政策を打ち出すのではなかろうか?
それは、農産物、エネルギー製品に対する大胆な輸入制限であったり、株価下落を引き起こすアメリカ国債の売却であったり、トランプ政権が最も嫌がることを仕掛けるだろう。
選挙公約に固執し、表面的な人気取りに走り、中国の成長を遅らせる時間稼ぎにしかならないハイテク製品に対する追加の輸入関税措置を実施したとすれば、中国が大豆をはじめとした農産品、あるいはオイルシェールガスをはじめとしたエネルギー製品などの輸入制限を実施するだろう。そうすれば、政権の基盤となっている白人労働者の生活を一瞬にして脅かしかねない。選挙直前であれば、効果は大きい。
一方、米中協議を成功させれば、中国にアメリカの農産物、エネルギー製品を買わせ、トランプ政権の基盤を大きく強化することができる。
米中協議は大きな分岐点に差し掛かっている。
田代尚機(たしろ・なおき)TS・チャイナ・リサーチ株式会社 代表取締役 大和総研、内藤証券などを経て独立。2008年6月より現職。1994年から2003年にかけて大和総研代表として北京に駐在。以後、現地を知る数少ない中国株アナリスト、中国経済エコノミストとして第一線で活躍。投資助言、有料レポート配信、証券会社、情報配信会社への情報提供などを行う。社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。東京工業大学大学院理工学専攻修了。人民元投資入門(2013年、日経BP)、中国株「黄金の10年」(共著、2010年、小学館)など著書多数。One Tap BUY にアメリカ株情報を提供中。HP:http://china-research.co.jp/