日本国内でも富裕層が増え、プライベートバンクへの関心が高まっているようだが、うまく使いこなしている日本人は少ないのではないだろうか。

欧米では富裕層がプライベートバンクを使って資産管理をすることは常識でもある。欧米の事情について、リヒテンシュタインに本部を置くプライベートバンク、VPバンクルクセンブルク支店の山田有氏(Relationship Manager兼Authorized Officer)に昨今の状況について話を伺った。(取材・江草由香、フリーライター)

グループ全体では日本人顧客は1%未満

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(撮影=江草由香)

グループ全体では日本人顧客は1%未満

――御行の顧客層やターゲットについて教えてください。

投資に積極的な富裕層及び超富裕層の個人および法人です。一任勘定口座及びカスタムメード口座の開設の最低預入金額は100万ユーロからです。

本店のあるリヒテンシュタインをはじめ、チューリッヒ、ルクセンブルク、英国領バージン諸島、シンガポ-ル、香港、モスクワにデスクがあるので、世界各国で若い実業家から定年退職者まで幅広く、ご利用いただいています。残念なことに、日本人のお客様は現在のところ少人数にとどまっています。VPバンクグループ全顧客の1%未満です。

――山田さんのお仕事はどのような内容ですか?

リレーションシップマネージャーの仕事は、要約していいますとお客様に最適な金融商品を提案することです。当社はオススメの金融商品をアルゴリズムで計算して提案するシステムを開発していて、これはお客さまのポートフォリオをコンピュータがチェックして、膨大なデータをもとに分析したうえで、これは売り、これは買いとアドバイスできるものです。ただ金融商品の提案については最終的にリレーションシップマネージャーがチェックして、グループの「今なぜこの商品を推奨するか」という方針にも照らし合わせて提案します。

本店はリヒテンシュタインなのでレポートなどサービスを提供する言語はドイツ語と英語です。香港在住の英国人、若い富裕層は英語のレポートでもいいのですが、私の顧客の中には海外在住の日本人もいらっしゃって、特にご年配の方には翻訳してご連絡しています。

ドイツ語はあいさつ程度しかできないのですが、業務上のコミュニケーションは英語です。あとフランス語も話します。チームは10人弱で、100人ほどのお客様にサービスを提供しているのですが、チームメンバーはベルギーなど欧州やカナダ出身者などがいますが、アジア系の言語を話すのは私とカナダ人の同僚だけです。

――生まれたのは日本とのことですが、いつ海外に出られたんですか? きっかけは?

出身地の広島・尾道に高校卒業までいました。フランスに渡航したのは母の影響です。母は公務員だったのですが、ずっと画家になりたかったんですね。自宅にもフランスの絵画がかかっていたり、母が影響を受けたのがフランスの画家だったりして、幼いころから憧れがあったというか、いつのころからか「行ってみたい」という気持ちが芽生えていたようで、高校を卒業してからフランスに渡航しました。

――PBのサービスとはどういったものなのでしょうか?

まずは一任勘定口座です。当グループの専門家がお客様の口座を管理し、資産運用をいたします。株式、債券はもちろんのこと、仕組債、投資信託、オルタナティブ投資、コモディティなど幅広い商品を扱っています。

顧客ニーズに合わせてカスタムメードで資産運用のご提案をしています。当行の専門家のアドバイスを元に、お客様の需要に合わせた金融商品を選び、投資戦略を相談し、資産を運用していただきます。常に金融資産のモニタリングを行っているので、値動きに合わせて、商品の見直しを図ります。

さらに、多岐にわたる高額資産を持つお客様、例えばスイスに別荘2軒、モナコに船を一隻、高級車を10台、ヨーロッパ各国に城を複数所有しているような場合は、ご自身のプライベ-トファンドを設立していただくサービスもあります。お客様の資産価値の計算を行い、それを必要に応じ口数に分けます。最低金額は2000万ユーロからで、これによって財産相続の際、資産を売却することなく配分できます。

このサ-ビスは、超富裕層のお客様(数十億円以上の規模の保有資産のある)には非常に便利なものです。ルクセンブルクはアメリカに続き、世界第2位の規模のファンドセンターで、ファンド設立に関するインフラ(司法及び行政)が整っています。

また、ルクセンブルクにて人道支援関係の基金を設立された場合、基金の資金を増やしながら人道支援活動に寄付ができるようなサポートもします。

もちろん情報提供は随時行います。また、お客様の希望に沿って特定の金融商品の詳細な情報を提供したり、電話で直接、アドバイスしたりすることもあります。

欧州の金融史上、類を見ない変化が起きている

――日本の銀行にはない商品やサービスはありますか?

日本の銀行(邦銀)では購入できない金融商品を多数扱っています。

外貨建て債券(国債や社債)のうち、オーストラリアドル建ての債券などは、日本に居住する投資家では購入できない商品が多いんです。

ユーロやポンド、ポーランドズロチスタート型の為替リンク預金などの仕組み預金は日本では数が少ない商品です。

――いま欧州の金融業界でのトピックは何でしょうか?

1月に始まった「第2次金融商品市場指令(MiFID2、ミーフィッドトゥー)」ですね。欧州の金融史上、最も高価な制度といわれている、大きな変革が起きています。要は社員のトレーニングや社内のソフトウェア導入など大きなコストのかかる改革が求められているわけです。

欧州でも以前は、高齢者しかいない世帯にチャイムを鳴らして訪問して、詳細に理解したわけでもない金融商品を買わせちゃうようなセールスもいたんですね。そういう被害が生じないようにしましょう、というものです。

もともと「金融商品市場指令(MiFID)」が2007年11月に施行され、これを改正したものが1月3日に施行されました。内容としては、市場の透明性を向上させる、アルゴリズム取引を規制する、デリバティブ市場に対する監督権限の強化などいろいろありますが、私の業務に大きな影響を与えているのは投資家保護の強化の面です。

――EU版の金融商品取引法のようなものでしょうか。具体的にはどう変わったのでしょうか。

それこそ昔は誰にでも売れていた商品が売れなくなっていますね。たとえば複雑な債券商品でも、昔は一般のお金持ちにも売れていたのですが、一定の商品については一般の投資家には売ってはいけない、となりました。

――法人なら買えるということでしょうか?

法人レベルや、もしくは一定以上の金融商品に関する知識や経験があることを証明した方にしか売れないといった感じです。

ほかにも商品をご提案するときに、購入前に事前に細分化した見積もりを送って確認してもらう義務が生じています。手数料の内容なども細かく明示しなければいけません。

われわれはお客様との間で信頼関係を築いていますから、お客様の中には「あなたに任せる」と一任してくださっている方もいらっしゃるんですね。そういう方でも、こうした確認作業をはさまなければいけなくなりました。それこそ以前は5分の電話で済んでいたことが、ファックスを送って確認してもらって……といった作業が必要になって1時間かかるようになったイメージです。

――そんなに大変になったとは。ファックスも日常的に使われるんですね。

富裕層のお客様は皆さん、個人情報の流出を懸念されていて、メールは怖いのでファックスがいいとおっしゃる方もいらっしゃいますね。ファックスをお送りして、届いたことを確認するために電話する、ということもやっているので、どうしても時間がかかってしまいます。

世界の富裕層が関心を持っているテーマ

――富裕層の顧客が関心を持っているテーマ、山田さんがお客さまから多く問い合わせを受けているなと感じているセクターは何ですか?

クリーンエネルギーでしょうか。電気自動車の電池をつくっている会社はどこか、風力発電の企業で長続きしているところは?といった問い合わせは受けますね。

――日本株への関心はいかがでしょうか。

シンガポールにも支店があるので、そちらでは日本株もみていますが、こちらルクセンブルクは基本的に欧州メインでスイス株やドイツ株のほうが強いので、(問い合わせや関心の高まりを感じることは)あまりないですね。時々問い合わせがあるのもトヨタやソニーなどの世界的な大企業に関してです。ただ当社の「アジアトップ10リスト」ではMUFGが常連です。

――世界の富裕層と接していて感じることは?

世界の富裕層、超富裕層は増加傾向にあります。日本も例外ではありません。

世界的に金融業界の法規制が厳しくなる中、プライベートバンクの需要は高まっていますが、どのプライベートバンクも顧客の受け入れ基準が厳しくなり、以前は口座開設期間が数日でしたが、数ヵ月へと延びているところもあります。

日本のバブル期ほどには投資に対するハイリタ-ンも望めなくなり、資産の維持と管理は日々難しくなり、専門家のアドバイスなしには資産が減ってしまう可能性もありますから。大切な財産を失わないためにもニーズに合ったサービスを提供するプライべートバンクを見つけ、優秀なプライべートバンカーのサポートで資産を運用、保全する必要性は高まっていると思います。

日本はロシア、中国、北朝鮮と地理的に近いなど地政学的なリスクがあります。地震や火山、台風、津波など自然災害も多いといわれる国です。日本国内のみ、日本円のみでしか財産を持っていないと、何かの有事の際に一度にすべてを失う危険性があります。当行は昔から資産を分散させ安全に保管するという資産保護を第一にしています。日本在住の方にも利用を検討していただきたいですね。

山田有(やまだ・ゆう) 2009年、エクス・マルセイユ大学でアジア・パシフィック文化学士及び修士号取得。12年からパリにて保険関係業務を経験後、16年VPバンクグループ入社。プライベートバンク部門ファミリーオフィスに勤務し、アジアの顧客層を中心にプライベートバンキングサービスを提供。海外に住む日本人顧客の開拓及びマ-ケティングも担当する。