6月15 日の対中貿易制裁は、米朝会談で中国が果たした役割が評価されず、中国には厳しいものとなった。もしかすると中国の役割が評価されるかと思っていたが、期待は裏切られた。6月18 日には、2,000 億ドルの追加関税をトランプ大統領が指示した。米中貿易戦争は第二幕に突入したと感じられる。もうひとつ、ハイテク分野では米中の覇権争いという顔もある。自由貿易を守れというだけでは覇権を目指している米中の争いを止められない。
評価されなかった北朝鮮外交への支援
米朝首脳会談が6月12 日に終わる。トランプ大統領は、会談が大成功したと自画自賛する。それを成功と呼ぶのならば、成功に貢献した立役者として中国を評価してもよいはずだ。しかし、6月15 日に発表された818品目、約340 億ドル分への25%の関税適用は、そうした論功の気配すらない。中国による知的財産権侵害への制裁措置は、粛々と行われた。米企業や消費者からの声を聞き、携帯電話やテレビなどが除外された話は聞く。本来、米国が米朝首脳会談をうまく運ぶための人質として、首脳会談直後の6月15 日にわざわざ制裁品目の発表を配置していたと考えられてきた。米国は、中国に対して人質を暗黙の約束に従って解放することはしなかった。だから、6月15 日の決定は、米中貿易戦争の成り行きをみていく上で、深刻な出来事に見える。さらに、6月18 日には、2,000 億ドルの追加関税をトランプ大統領が指示した。もしかすると、貿易戦争はここから第二幕の争いにエスカレートするかもしれない。
目先、1,102 品目、500 億ドル分の制裁は、残りが284 品目、約160 億ドル分がある。今回の818 品目は7月6日に関税適用が始まり、残りの284 品目の具体的な品目の発表はその後の8月になるとみられている。それも厳しい対応になりそうだ。 中国は、6月16 日に818 品目の関税適用分に対抗する報復関税を発表する。大豆、小麦、牛肉など545 品目、340 億ドル分である、互いに同額ずつ25%の輸入関税をかける図式である。この措置は、米国の農家などには大打撃となる。トランプ大統領の支持基盤にもダメージを与える。米中が返り血を浴びる争いをするのは無益にみえる。
このほかに、4月5日に発表された1,000 億ドル規模の追加関税、6月18 日の2,000 億ドルの追加関税も控えており、第2弾、第3弾と課税・報復の応酬となると、米中貿易が両方同時に減少していく憂き目に遭う。中国の報復関税は、米国からの輸入額1,300 億ドルだけでは金額的に追いつかなくなるため、投資制限など別の分野に報復が広がっていく可能性もある。そうなると、トランプ不況の心配が現実のものとなりかねない。世界経済に対する負の所得効果である。
貿易戦争停止が見えない
対北朝鮮外交におけるトランプ大統領は、意外なほど柔軟かつ寛容である。金正恩委員長との間に、トランプ大統領は何らかの信頼関係を築けたと語っている。これと正反対な関係が、米中貿易の交渉である。強硬姿勢と不信感が特徴となっている。そして、先が見えない。
米中間では、5・6月にかけて3回の貿易協議が開かれた。中国は、米国製品を700 億ドル購入するプランを持ちかけて、ムニューシン財務長官は一旦、「関税は当面保留する」と終結宣言を行った。しかし、この宣言はライトハイザーUSTR代表によって踏みにじられた。
融和派のムニューシン財務長官やクドローNEC委員長が、ライトハイザーUSTR代表とナバロ通商製造業政策局長の強硬に敗北したという観測もある。米国の対中貿易赤字を2,000 億ドル減らすというトランプ大統領の構想に比べて、中国の提示した輸入増加のプランが小さすぎたから交渉が決裂したのだろうか。2,000 億ドルの輸入拡大は、中国が米国からの輸入額をさらに2.7 倍に膨らませるという無理な要求である。中国側は、道理を欠いていると非難するのも頷ける。
中国が米国からの輸出分に報復関税をかけることは、米国の輸出産業にはマイナスとなる。例えば、米国の大豆農家は、中国向け輸出に25%の高関税をかけられると、輸出が冷え込んで、それ以上に輸出を増やそうという意欲を失う。すると、中国への輸出拡大には逆効果となり、そもそも何のための高関税かわからなくなる。中国は、GDPに占める輸出割合が高いから、関税率の引き上げが内需減少へと響きやすい。負の所得効果を生じる。つまり、米国が中国からの輸入に高関税をかけると、それが回りまわって内需減、米国からの輸入減に跳ね返るのだ。
さらに、追加措置として検討されている対中投資の規制に踏み出せば、中国の内需減を加速させる。これは、米国のためにもならない。自分で自分の首を絞めているようなものだ。
報道では、強硬派という表現で、中国に圧力をかけるライトハイザーUSTR代表の行動が説明されている。この強硬という意味が一体何を狙ったものかという点ははっきりしない。輸入拡大を通じた貿易不均衡の是正という大義は、米中が関税引き上げの応酬をしてしまっては逆効果である。よく考えると、合理的な意味で大義のない貿易戦争が仕掛けられている。
この間、日本は、自由貿易を進めて、共存共栄を図ろうとしている。こうした大義に照らして米国の保護主義は日本からみて批判すべきものであろう。
覇権を巡る戦いでもある
貿易戦争では、トランプ大統領の振る舞いが前面に出るが、それだけでは説明できないこともある。トランプ大統領は、中国通信大手のZTEに対して制裁を解除すると6月7日に発表した。習近平主席からの申し入れを聞き、罰金を条件に解除を認めた。これに対する議会からの反発は強い。米議会上院は6月18 日にZTEに対する緩和を緩めない条項を盛り込んだ法案を賛成多数で可決している。
この制裁は4月16 日にイランや北朝鮮への禁輸措置にZTEが違反したことに対して行われたものだ。ZTEに続いて、華為(ファーウェイ)にも捜査が行われている。中国のスマホが米国で普及し、米国での事業拡大で得られた情報が中国政府に流れるのではないかという安全保障上の懸念が、議会などにはある。この問題は、トランプ大統領が仕掛ける選挙前のアピールとは違った性格がある。中国製品の競争力が強まるほどに、米国では企業も政府も生命線を中国に握られる。日本の問題に落とし込んで考えると、コメなど主食がすべて米国産に替えても支障がないかという踏み絵を出されている感覚である。「コメは日本の安全保障だ」という感覚が、問題をハイテク製品に替えて米議会にも根強くあるのだ。
トランプ大統領の25%の関税適用は、ハイテク製品を狙い撃ちしている面もある。そこには習近平主席が掲げる「中国製造2025」という産業戦略の頭を押さえにかかる側面もある。中国にとっては、核心的利益を打撃される痛みがあり、米国には安全保障の生命線を握られることへの脅威がある。表現を変えると、ハイテク製品の覇権を取りたい国と守りたい国の利害対立である。この観点からみると、米中摩擦は自由貿易を守ろうという綺麗事では丸く治まらない。
米朝接近後の貿易戦争の行方
繰り返しになるが、トランプ大統領は対北朝鮮外交に限っては本当に人が変わったように寛容である。それは、金正恩委員長と直接会って信頼関係を作ることに、他人にはわからない喜びを感じていることによる。過去、誰もなし得なかったことへの成功とディールメーカーとしての面目躍如である。もうひとつ、中国の支配領域にくさびを打ち込めたことへの達成感があるのだろう。トランプ大統領は、北朝鮮と中国の関係が米朝会談の決定まで良好でなかったことを知っている。大統領ならではの勝負勘で、今がチャンスだと思っていただろう。だから、個人的信頼感を会談で勝ち得たことを人一倍誇らしく感じている。北朝鮮をこちら側に引き寄せたという成功体験である。
こう考えると、トランプ大統領が北朝鮮だけに譲歩を重ねる理由がわかる。東アジアにおける中国の核心的利益に初めて手を突っ込んだと感じたからである。だから、6月15 日に制裁品目の決定で中国には譲歩をしなかった。トランプ大統領は一度握った手綱を絶対離さないという見方もある。
中国は、米朝会談後は日本・韓国との首脳会談を開くことを決め、今までよりも東アジアの連携に熱心になったようにみえる。意図せざる結果として、中国は日韓に接近する動機を強めているのだろう。
最後に、日本は今後どう行動するべきだろうか。7月から日米の新貿易協議が始まる。日米FTAに向けた活動である。そして、米国の自動車・部品に対する関税適用の問題も控えている。
米国が中国製品に高関税をかけると、競合する他国の輸出品は中国製品のシェアを奪いやすくなるメリットがある。中国における米製品にも高関税がかかると同じことが言える。米国・中国はともに世界での貿易シェアを落とすことになり、関税がかからない国は間接的に貿易を増やせる。代替効果のメリットである。
一見、日本は早々に米国とFTAを結んだ方がよいと直感する人もいるだろうが、それは好ましくない。そこでは、自動車を人質にとられて農産物の開放を求められるだけだ。日本は利害の外に居る方が賢い戦略が採れる。日本は日米FTAに使うエネルギーをTPP11 の拡大に注ぐ方が生産的である。2019 年は、日欧EPAも早い時期に発効するだろう。米中貿易戦争を止めるには、米中が相互に不利益を感じる側で、新しい関税同盟としてのTPPが域内でのメリットを大きくしていくことがカウンターパワーとなる。中国も自由貿易のルールへと一歩一歩近づいていく。日本は自由貿易同盟を我慢強く広げることが国益となる。
先に、米中間ではハイテクの覇権争いがあり、自由貿易の原理が通用しないと記した。確かに、自由貿易の原理は理念であり、実際は安全保障などのエリアを保護した独占的競争モデルが現実だ。しかし、独占的競争と一口に言っても様々なパターンがある。保護すべきエリアを最小限として、そこを保護することの見合いで関税率を幅広く引き下げていく。実は、TPPもFTAも、独占的競争を最小限に認めることで、自由貿易エリアを最大化する功利的モデルなのである。米国も中国も、自由貿易の原理を功利的に考える国々の陣営に加入してくれることを願いたい。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 担当 熊野英生