要旨
●2013年4月施行の改正労働契約法により、条件を満たす有期雇用契約者は2018年4月から無期雇用契約への転換権を得る。4月に転換権を得るのは400~500万人と試算されるが、2018年4月の労働力調査からは無期社員や正社員の増勢加速はうかがわれない。
●多くの企業は、条件を満たす有期雇用者に無期契約への転換権を付与する方針を示していた。それでも無期契約転換が広がっていないのは、労働者側の要因が大きそうだ。①制度に対する認知度が低い点や②転換オプションが必ずしも待遇改善を伴うものではない点を背景に、権利の行使が広がらなかったものと考えられる。
●派遣市場では2018年入りごろから募集時給が上昇傾向にある。柔軟に調整可能な有期雇用は、企業にも一定のニーズがあるのだろう。無期雇用への転換権付与義務は、むしろ有期雇用の労働者の価値を高める作用を生む可能性がある。無期雇用の拡大や雇用の安定化といった法改正の意図とは違う形で、正規と非正規の二分構造を是正する効果を及ぼすかもしれない。
無期雇用者は増えたのか?
今年2018年は、2013年4月の改正労働契約法施行から5年を迎える。この改正・労働契約法は、「有期労働契約が繰り返し更新されて通算5年を超えたとき、労働者の申し込みにより無期労働契約に転換することができる」ことを定めている。法施行から5年が経過した今年の4月以降、実際に無期契約への転換権を得る労働者が現れている。実際に無期雇用者数が増加すれば、雇用の安定化による消費マインドの改善効果、これを契機に待遇改善が進めば家計所得の増加効果が生じることも考えられ、経済への好影響も大きくなる可能性がある。
無期雇用契約への転換権を得たのは400~500万人程度
その影響を考える上で、まず無期契約への転換の権利を得る人数はどれほどになるかを確認しておこう。2012年に同法が公布された際の厚生労働省の説明資料などには、有期労働契約で働く人が約1,200万人おり、有期労働契約で働く人の約3割が通算5年を超えて有期労働契約を反復更新している実態がある(厚生労働省「平成23年有期労働契約に関する実態調査」、勤続年数5年超の有期契約労働者が29.5%)との説明がなされている。これをそのまま当てはめると、対象者は400万人程度となるが、現在は当時よりも雇用情勢が改善しており、2018年3月時点の総務省「労働力調査」によれば、有期契約で働く雇用者(役員を除く)は1,695万人いる。「有期労働契約に関する実態調査」は継続調査がなされていないため、「この有期雇用の3割が5年超」という前提が不変と仮定すると、今回無期転換のオプションを得るのは約500万人と試算される。
別の方法でも試算してみた。厚生労働省の「賃金構造基本調査」(2017年度)における、5年以上勤続の有期契約従業員数を計算すると347万人となる。同統計は5人未満規模の事業所を調査対象としていない。そのため、経済産業省「経済センサス」をベースに5人以上事業所に勤める従業員数割合(86%)を求め、これで除することで試算した。結果は約404万人となる。計算の方法によって幅は出るが、概ね400~500万人程度が無期契約転換の権利を得たものと推察される。
実際の無期雇用転換者は一部に留まった模様
これだけの人数が無期転換に踏み切れば、統計上にも大きな変化が生じると考えられるが、総務省「労働力調査」を見る限り、無期転換権の発生する2018年4月を境に、無期契約の雇用者や正規雇用者の数の趨勢が変化した様子はうかがえない(資料1)。労働力調査の調査項目変更によって数値の連続性が損なわれており、趨勢が見定め難くなっているが、無期契約の労働者数に少なくとも先の試算で示されるような数百万人規模での変化はない(総務省「労働力調査」によれば、無期雇用者は2018年3月3,512万人→4月3,616万人(原数値)と100万人強増加している。しかし、過去の傾向をみると3月から4月は雇用が増加する季節性がある。4月分の労働力調査から判断するに、実際に4月に労働契約法に基づく無期転換を行ったのは多く見積もっても数十万人程度と推定され、転換権取得者の試算(400~500万人)を大きく下回る。今後時間を経るに連れて、無期転換権の行使が増加する可能性はあるものの、4月段階の統計からそれをうかがい知ることは難しい)。雇用形態別(正規・非正規)でみても、正規雇用者の伸び幅は2017年と同程度の伸びとなっており、正規労働者数の増勢が特段加速している様子はない。
なぜか?
なぜ、4月に無期雇用契約があまり増えなかったのか。考えられるのは、①既に前倒しで無期雇用化を進めた企業があった、②無期雇用転換権が生じないように企業側が運用していた、といった可能性である。JILPT(労働政策研究研修機構)が2016年に行った調査によれば、無期転換ルールへの対応として、回答企業の2割程度が「適性を見ながら5年を超える前に無期契約にしていく」と回答している。また、8%程度の企業が「通算5年を超えないように運用していく」と回答している。ただ、最も多い回答は4割程度を占める「通算5年を超える有期労働者から、申込みがなされた段階で無期契約に切り替えていく」というものであり、多くの企業は改正労働契約法通りに、2018年4月から無期雇用転換権を付与する方針であったと考えられる。
労働者側の要因が大きそうだ
にもかかわらず、そうした中でも権利行使者がごく一部に留まっているのは、労働者側の要因が大きいと考えられる。第一に制度に対する認知度の問題がありそうだ。2018 年に入ってから実施された比較的最近の民間調査においても、無期雇用契約ルールを「知っている」(よく知っている+少し知っている)と回答した割合は3割程度に留まった(資料3)。
そして、労働者側がそもそも無期雇用への転換を望まなかった可能性も考えられる。改正労働契約法が規定するのは、「雇用契約期間を有期から無期へ転換する権利」のみであり、正社員化や待遇改善が法定されているわけではない(資料4)。連合が有期契約労働者を対象に2017 年に実施したアンケート調査によれば、「契約期間が無期になるだけで待遇が正社員と同じになるわけではないから意味がない」との回答が5割強あった(資料5)。さらに同調査は有期雇用を選択した理由が「自ら進んで」と「正社員になれなくて」のどちらに近いかを調査しているが、「自ら進んで」ないしは「やや自ら進んで」との回答が6割強と多い。この傾向は、有期雇用者の多くを占めるパートアルバイトにおいて特に顕著であり、7割以上が自ら進んで有期雇用を選択したと回答している(資料6、7)。足元の好況を背景とした労働市場の引き締まりも、企業の経営悪化の際、労働者の「保険」として機能する雇用無期化が魅力的に映らない背景にあるのだろう。
高まったのは有期労働者の価値?
派遣労働者の市場では、興味深い現象が起こっている(派遣労働者は今年、労働者派遣法によっても働き方の転換を求められる。2015年9月施行の改正労働者派遣法により、同じ職場での派遣労働を原則3年までと規定された。今年10月以降、派遣先での直接雇用や派遣元での無期契約転換、または派遣先変更のいずれかが必要になる派遣労働者が増えるとみられている)。エンジャパンの公表する派遣労働者の募集時平均時給調査によれば、多くの職種で2018年入り頃から時給上昇ペースの加速がみられる(資料8)。また報道(日本経済新聞(2018.5.7)(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3015730007052018QM8000/) )では派遣労働者の無期転換が広がっていない実態が指摘されている。派遣社員として働く労働者自身が、仕事の範囲・責任の明確さや職種選択の自由をメリットとして捉えており、無期転換の動きは今ひとつ進んでいないという。企業側も柔軟な雇用調整が可能な有期雇用者にニーズを見出して、高い賃金・待遇を提示しているとみられる。こうした意味では、無期雇用転換権付与の義務化は、むしろ有期雇用労働者の価値を高める作用をもたらしている可能性がある。
本来は、将来の雇い止めのリスクを負う分、有期雇用の方が賃金や待遇が良いのが労働市場の自然な姿である。しかし、正規・非正規の二分構造にある日本の労働市場では、正社員は「無期雇用かつ非正規より高待遇」という歪んだ状態にある。実際に有期雇用者の待遇改善が続くようであれば、労働市場の二分構造を是正する効果は見出せよう。無期雇用の拡大や雇用の安定化という改正法の意図とはやや違う形で、労働市場に影響を及ぼすかもしれない。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 担当 副主任エコノミスト 星野 卓也