貿易問題と北朝鮮問題は、複雑に絡み合って先行きを読みにくいものにしている。ともにイベントのクライマックスは6月になるとみられる。人々を楽観させているのは、まず北朝鮮が柔軟姿勢に転じたことがある。貿易問題は、日米首脳会談が思いのほか成功したことがある。しかし、米中摩擦は糸口がつかめない。それが世界経済の歯車を逆転させると、リスクが顕在化したことになる。まだ楽観するには早すぎる。

楽観の背景分析

 米朝首脳会談が2018 年6 月12 日と決まった。場所は、シンガポールである。現在、会談の1ヶ月前ということになる。そこで、貿易問題を含めて、今のところまでの中間評価をしておきたい。

 日本を巡る海外情勢は、未だに極めて流動的である。①米中などの貿易戦争と、②北朝鮮問題という、複雑な連立方程式を解かない限り、当面の霧は晴れない。振り返ると、この図式は、3 月8 日にトランプ大統領が、鉄鋼・アルミの輸入制限と、米朝首脳会談を決めたことに端を発する。奇しくも同日のことである。ひとつは、悪いニュースで、もうひとつは良いニュースである。

貿易と北朝鮮、2つの火種
(画像=第一生命経済研究所)

 人々の心理を知るために、日経平均株価の推移を参照してみよう(図表1)。株価は2018 年初に一旦上昇した後、1月中旬(1 月23 日)にピークアウトした。その後の下落過程の中、3 月8 日を迎える。もっとも、その後のボトム(3 月23 日、20,617 円)から現在まで回復が続いている。株価の変化は、揺れ動く投資家の心理を代表しているようにみえる。

  今後は、6月がこの2つのイベントのクライマックスになるとみられている。米朝会談は6 月12 日に開催。米国が対中貿易の制裁品目を決定するのも6月とされる。両者は微妙に関連しており、北朝鮮の後ろ盾になる中国に、北朝鮮の非核化がうまく運ぶように米国は暗にプレッシャーをかけている。

 2つの問題のうち、北朝鮮問題は、ここにきて楽観的なムードが強まっていることも確かだ。その背景には、北朝鮮の柔軟姿勢がある。朝鮮半島の非核化に向けて、金正恩委員長は、ベールに包まれていた姿を明らかにして、積極的に首脳外交を展開する。中朝首脳会談、南北首脳会談、ポンペオ国務長官との会談と、ごく短期間に何度も顔を出している。極め付けは、米国人3人の解放である。

 多くの人は、かつて顔が見えない金正恩委員長には疑心暗鬼を抱いていたが、逆に顔が見えるようになると不信感が後退することになる。これは心理バイアスが大きい。もちろん、北朝鮮の演出が成功しているという見方もできる。

 トランプ大統領も、北朝鮮の柔軟な対応ひとつひとつに、ツイッターで賞賛を送るから、米朝がともに以前のチキンレースに戻ることがないと思わせる面はある。

 もっとも、これは「目には目を、歯には歯を」という典型的なしっぺ返し戦略を採っているので、一度流れが変わると再びチキンレースに戻る可能性を否定するものではない。外交ゲームとして最強の戦略を米朝がなぞって行動していることを、冷静にみる必要がある。

 その図式を踏まえた上で言うと、韓国や中国が北朝鮮の融和ムードをことさらに強調するのは、6月の米朝会談が決裂しないように外濠を埋めようとしているのであろう。中国・韓国と北朝鮮の融和が崩れる潜在コストを北朝鮮に意識させて、決裂させない路線の上を走らせようとしている。この点に対しては評価してよい。

日本にとっての楽観

 北朝鮮と米国の間だけで楽観ムードが出来上がっている訳ではない。もうひとつの貿易問題の方に日本が楽観しやすい要因がある。それは、4 月17・18 日の日米首脳会談が予想外にうまくいったことがある(図表2)。これは、2017 年2 月の安倍・トランプの初会合を再現するかのような成功だった。貿易摩擦の矛先が日本に鋭く向くことにはならなかった。

貿易と北朝鮮、2つの火種
(画像=第一生命経済研究所)

 さらに、TPPを巡っても、タイが2018 年内に参加を表明するなど、自由貿易に追い風が吹く。米国自身も完全否定していた復帰への検討まで言及してきた。

 また、日中韓の間でも、保護主義への対抗を確認する流れが生まれようとしている。保護主義のカウンターパワーが徐々に醸成されつつあることは良い兆候である。

 北朝鮮と日本との関係は、米中間がそれぞれ北朝鮮と接近するのに対して、依然として遠い位置にある。日本の孤立にも見えるが、それは仕方がない。

 むしろ、先々を展望すると、6月の米朝会談後に変化が起こり得るだろう。おそらく、その後は日米首脳会談が予想される。そこでは、米国人の解放は、日本人の拉致被害者の解放を連想させる。支持率の低下した安倍首相が、それを強く望んでいるだろうことは、言うまでもないだろう。総選挙が9月だとすれば、6~9月の間に何か動きがあるかもしれない。

全体的評価

 北朝鮮問題と貿易問題の2つを合算して、今のところの中間評価を行ってみたい(図表3)。まず、貿易問題は、日本とは予想外に摩擦が強まらなかったが、全体としては3 月8 日以来、「改善せず」とみることができる。米中の貿易摩擦はまだ改善の糸口がみえない。

貿易と北朝鮮、2つの火種
(画像=第一生命経済研究所)

 もう一方の北朝鮮問題は、チキンレースから柔軟な対応に変化したことは改善とみることができる。楽観が強すぎるとは思うが、方向感は良くなっている。

 貿易問題について評価すると、問題は摩擦自体が悪いと言うよりも、潜在リスクの顕在化が恐ろしいのである。すなわち、米国が中国などからの輸入品に高関税をかけると、それは中国の輸出減を引き起こす。中国の報復関税は、米国の輸出を減らす。今のところ世界経済は堅調なので、貿易問題はまだストレス要因に止まっている。これが、実際に貿易停滞を引き起こすと悪影響は長期化する。その手前で、貿易戦争を止める必要がある。

 少し心配なことは、こうした要因とは別に、スマホ分野で調整圧力が生じていて、2018 年1~3 月の経済指標が足踏みしてきたことである。トランプ政策は、1月の減税で米景気を押し上げる効果をもたらした後、3月以降は停滞感のある景気を下押ししていることが気になる。

 まだ、景気後退ではないとしても、要警戒であることは注意が必要である。つまり、景気への潜在リスクはま だ大きいとみられる。

6月より先の見通し

 筆者の中間評価は、多くの人が楽観しているよりは少し割引いてみている印象である。

 中間評価から離れて、2018 年6 月に米朝会談が行われれば、先行きがクリヤーになるのかを考えてみたい。結果は米朝会談次第であるが、それで終わらない可能性もある。現在、北朝鮮に対する「完全かつ、非可逆的、そして検証可能な」核放棄をどう実現するかが焦点になっている。さらに、北朝鮮の放棄が部分的でなく、全体的である必要も問題となっている。外交上、そうした対応について取り決めをすることができても、そこで北朝鮮と米国の関係がにわかに良好になるとは言えない。

 例えば、北朝鮮への査察が実際に行われた後、そこでの結果を巡って問題が起こる可能性はある。また、過去の北朝鮮の人権問題を看過してよいかという問題もある。仮に、北朝鮮の体制維持を米国が約束しても、新しい出来事で米朝が再び対立することもあり得る。6月以降に事態が悪化する悲観シナリオもあり得るということだ(前掲図表2)。トランプ大統領は、11 月に中間選挙を控えており、6~11 月はまだ予断を許さない情勢の中にいるとみた方がよい。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生