4 月12 日にトランプ大統領は、永久離脱したTPPに復帰する条件について検討するように指示した。このままTPP11 が発効すると、米国としては不利になる。自国に有利な条件を認めさせてTPPに復帰するのか。それとも再交渉に11 か国が応じるのか。この再交渉が決裂した場合、11 か国の損害は大きく、米国は何の損失もない。それでも日本はこれに応じるのか。

隠された思惑

 トランプ大統領は、4 月12 日にUSTRのライトハイザー代表とクドローNEC委員長にTPP復帰の条件について検討するように指示した。「より良い協定に交渉できるか改めて考えるように」ということだ。この行動を額面通りに受け止めることは到底できない。言葉とは別のところに真意が隠されているように思えてならない。4 月17・18 日は日米首脳会談を控えている。トランプ大統領の思惑を考えてみた。

今、なぜ再検討するのか

 なぜ、今、トランプ大統領はTPPへの復帰を検討するなどと言い始めたのか。2018 年1 月のダボス会議で、トランプ大統領はTPP復帰を示唆している。

 米国は片方で中国への報復関税を細かく詰めようとしている。もう片方で、日本などとのTPPを結ぼうというのは、矛盾している。米国は、TPPという名前で、自国に有利な関税率の設定をして、保護貿易の実績をつくりたいのであろう。そう考えると、論理は一貫している。保護主義は変えられないということだろう。

 米国の目的は、自国に有利な条件を他国に認めさせるということで、その前提を維持したまま、TPPに復帰できないかと議論を蒸し返そうとしている。日本はそのつもりで、日米首脳会談に臨む方がよい。

 TPP11 の中で、日本は要の存在である。要になっている日本が、米国の要請に応じてもよいとガードを低く下げたならば、11 か国の結束は崩れるだろう。そのことで喜ぶのはトランプ大統領である。

 米国にとって、TPP発効が遅れると、11 か国の貿易が活発化して対米輸出がそちらにシフトするのを防げる。TPPが発効したとき、輸入牛肉は米国よりもオーストラリアから安く買える。米国産牛肉は、日本市場で豪州産牛肉にシェアを奪われる。また、TPP再交渉が決裂すると、相対的に米国が2国間FTAを結ぶのに有利になる。

 トランプ大統領は、日米首脳会談を前に日本がNo と言いにくいタイミングを捉えて、踏み絵を提示してきた。

 今、日本は、リスキーな交渉にYes と言わされそうになっている。

トランプ大統領は妥協しそうにない

 米国が望んでいるのは、自動車などの関税率を高くして自国保護をすることである。高関税は、米国にとって好ましく、相手国には都合が悪い。高関税を掲げることは、ゼロサム・ゲームに陥って決裂する公算が高い。だから、本来は多国間交渉で一斉に各種関税を下げる方が交渉は妥結しやすい。それでも、各国は関税を下げて痛み分けを甘受しなくてはいけない。

 トランプ大統領は、関税を下げるというハードルを越えられないから交渉がうまくいきそうにない。逆に、ゼロサム・ゲームであっても、米国は優越的地位を使って勝てると思い込んでいる。

 整理すると、トランプ大統領は、①TPPの交渉に入っても自国保護の条件を譲りそうにない、②万一、TPP再交渉が決裂しても、TPPの発効が遅れて対米輸出がシフトするのを防げる、③TPPが頓挫すると、2国間FTAを結びやすくなるメリットがある。そうした読みから、TPPと距離を置くのではなく、敢えてTPP復帰をちらつかせる戦略を採っているとみられる。

米国とTPPを組むメリット

 少し前提を甘くして考えてみよう。まず、米国と日本がTPPの中でやっていくメリットは何だろうか。

 それは、米国との間で今よりも輸出を増やすメリットである。米韓FTAの再交渉では、韓国は決裂するよりも、一部の関税率を維持・延長してでも、そのメリットを優先した。この韓国の妥協は、トランプ大統領を勢いづかせたことだろう。

 日本も、韓国と同じように、妥協して最大限のメリットを追求することは可能であろう。一方で、当初のTPPで狙っていたハイレベルな自由貿易圏づくりは二度とできない。短期的メリットを妥協で選ぶのがよいのか、長期で理想を求めるのがよいのか。

 トランプ政権が相手でなければ短期的メリットをひとまず得て、それから理想として広大な自由貿易圏を目指しても構わないだろう。その点、トランプ政権は、一度、TPPに入らないといって前言を翻した。TPPで合意することができても、再びそれを反故にしてくる可能性がある。ゴールポストを動かすリスクである。

 信用できない相手とは、セカンドベストの約束をしても、そこからベストを目指す交渉はできないだろう。むしろ、セカンドベストは、ベストから遠ざかるリスクが大きい。

最初はお断りする選択

 信用の乏しい相手とは、信じる選択を避ける方がよい。どういう対応かと言えば、米国抜きのTPPの原則を貫く姿勢をみせて、その後、米国に参加する条件を公開することを求めて、11 か国でその条件を吟味する。ゴールポストを移動できないように、条件をクリヤーにして交渉するのである。

 反対に、まず米国を11 か国と同じテーブルにつけて、再交渉するのはまずい戦略だ。11 か国は交渉決裂を防ごうと、米国の条件に妥協しやすくなる。交渉決裂のダメージを11 か国は人質に取られたも同然になる。ホールドアップという戦略である。

 米国に、ホールドアップ戦略を採らせないためには、まずはTPP11 はすでに妥結したと丁寧に復帰をお断りする。次に、復帰の条件を提示されて、それを公開の場で審議する。TPPの個別の交渉は秘密となっていた。これとは異なるルールで米国と交渉していく。

 信用の乏しい相手であっても、手の内をオープンにして、公衆の面前で約束を破るが、コストをより大きく感じさせることで、フェアな妥結を導くことはできる。

理と情

 トランプ大統領が保護主義の姿勢を採る限り、保護主義とは一線を画した自由貿易圏は相対的優位を持てる。これは、先進国の法人税率の引き下げと同じで、最も法人税率の低い国が企業進出を引き寄せられる理屈である。

 TPP11 を早急に発効させ、日本が日欧EPAも発効させると、各国では関税率を上げにくい圧力が生じる。この戦略が、米国などの保護主義が広がりにくくなる最良の環境づくりになる。TPP11 に米国を含めて再交渉すること自体、最良の環境づくりを遅らせることを意味する。安倍政権は、トランプ大統領との友好関係を重視して、米国のTPP復帰を完全に無視することはできないと思うだろう。理と情のうち、情に流されることになる。理は、米国の復帰条件を公開させて、一旦は厳しくNo ということも検討する対応である。当初はお断り して、その次に復帰条件をより好ましい内容に修正してもらう。少し厳しい姿勢に思えるが、情に流されるのはリスキーである。

 米国が、法外な条件を引っ込めて、TPP11 が米国を含めて質の高い自由貿易圏にまとまる可能性はゼロではない。ただし、その可能性は小さく10%くらいだろう。90%くらいは、米国に翻弄されて、TPP11 の足並みが崩れる可能性である。最初からリスクが高いとみて、条件を詰めて米国と接する方がよい。

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生