米国の1,300品目の制裁に対して、中国がただちに報復を発表した。多くの人は、6月頃まで貿易戦争を回避する猶予があると楽観する。しかし、下手な落とし所が決まると、トランプ大統領はディールに味を占める。報復関税は、結局、米中以外の第3国に漁夫の利を与える。そうなると輸出がシフトした日本などに貿易戦争の矛先が向くことになる。
チキンゲームは楽観できず
4月3日にUSTRは、中国に対する約1,300品目の制裁対象品目の原案を発表した。すると、4月4日に中国は米国産大豆・航空機など106品目への報復関税を準備することを発表した。ポイントは、鉄鋼などの輸入制限に対する128品目の報復関税で外されていた大豆や航空機など重要品目を入れてきたことだ。米国の輸出企業や農業生産者への打撃は今回の106品目の方が大きい。前は少し弱く平手打ちをして返したのを、今回はグーで強く叩き返したことになる。貿易戦争への現実味は増したのだ。
米中の際限のない貿易戦争への突入には、まだ楽観論が多い。トランプ大統領の1,300 品目、500億ドルの制裁は6月頃まで発動が先になる。中国の106品目(金額は同規模とされる)は、チキンレースである。最後まで米中がハンドルを切りそうにない。しかも、6月頃まで追加的な脅しを行う可能性もある。
問題は、落とし所である。立場が弱いのは、中国の方である。中国が米国との間で輸入量の自主規制や、米国に便宜を図るような妥協をすると、トランプ大統領はディールで勝ったと錯覚する。こうした着地は最悪である。
トランプ大統領は、ディールに味を占めて、他国にも仕掛けてくるからである。日本やEUは、その先にある標的である。すでに、韓国との間でトランプ大統領はディールを成功させている。それに乗じて、中国へと牙をむいてきたという見方もできる。楽観してはいけない。
国内産業保護のメリットはほんの少し
米国と中国が互いに 5億ドルずつの25%の関税率をかけると何が起こるのかを考えたい。
まず、米国内のメーカには利があるか。鉄鋼などがそうであるように、中国からの輸入コスト関税で割高になると、他の第3国から輸入にシフトすればよいという見方ができる。国内メーカーは保護のメリットが乏しい。メリットは、中国製品と競合する第3国のメーカーである。そこに日本企業が含まれる場合もある。
一方、中国製品でしか米国への供給がまかなえない場合は、米国の消費者が損をする。トランプ大統領は、スマホ部品・パソコンなどは1,300品目から外してある。これは、スマホ・PCのコストアップが消費者に打撃だからである。
次に、中国の輸入品への報復関税は、中国へと輸出している米輸出企業にデメリットがある。米製品が中国から締め出されることが、米企業に打撃を与える。米中が互いに関税をかけ合うと、米中の輸出企業にはマイナスである。しばしば報復関税は「我慢比べだ」と言われる。誰と誰との我慢比べなのかと言えば、米中の輸出企業がダメージに対して我慢するということになる。両国の輸出企業がトランプ大統領と習近平主席に助けを求めたとき、チキンレースは終わりに近づく。ここでも、米中市場で両国メーカーが輸出を制限される分、日本などの輸出メーカーが漁夫の利を得る図式を思い描くことができる。
整理すると、
米国内産業保護 ○小
米消費者 ×
米輸出産業 ×大
となる。
同じことは中国でも起こる。中国は国内産業保護のメリットはほとんどなく、中国消費者がダメージ(×)を受け、中国輸出産業はより大きなダメージ(××)を受ける。
その後の展開を考える
米中が互いに高関税をかけ合った後で何が起こりそうかを考えてみた。中国企業は、米国への関税をかけられると、第3国に輸出を迂回させるだろう。もしくは、生産拠点を第3国や米国に移すことになる。これは、産業空洞化圧力である。
迂回輸出が見逃されていると、米国の貿易赤字は全体として減らない。鉄鋼の場合も中国産がメキシコを迂回して輸出されているという批判がつきまとう。
さて、第3国の迂回輸出や日本などの輸出シフトが進むと何が起こるのか。トランプ大統領は、日本やEUアジア諸国の輸出増に対して、 高関税をかけに来るだろう。いたちごっこである。トランプ大統領は、全体の貿易赤字を減らすことができずに、輸出がシフトした先の国・地域を叩き続ける。これは、モグラ叩きと言った方がよいかもしれない。
米国は、すべての国々に対して保護貿易をするしか方法はなくなる。日本は、米国以外の国々と貿易取引を強化していき、米抜き自由貿易圏へとグローバル化した企業の活動はシフトしていくことになる。TPPは、米国以外の国々にとって求心力を高める。米国もトランプ大統領が去った後、その自由貿易圏に戻ってきたがるだろう。そう考えると 、今はTPPのルールを普遍的なものにすることが大切だ。そして、トランプ大統領のディールに乗らないことを首尾一貫することが、それぞれの国にとって国益となる。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 担当 熊野英生