シンカー:日銀の金融政策は、2%の物価目標の達成に向けた積極的な緩和から、我慢の緩和に転換したとみられる。まだ景気拡大が強くない失業率が3%台では、物価とのフィリップス曲線の関係は一時的に消滅し、日銀の政策コミットメントによるインフレ期待の大幅な上方シフトなど、無理をしなければ2%の物価上昇率へのシナリオを作れなかった。しかし、失業率が2%台に定着し、賃金上昇と内需拡大が時間はかかるが物価上昇率を2%程度に押し上げていくという、フィリップス曲線上の自然なシナリオが使えるようになるだろう。政府の骨太の方針で2%の物価目標とそのできるだけ早期の実現の方針も維持されていることもあり、現行の緩和政策の枠組みは目標達成まで維持されるだろう。安倍首相が自民党総裁選で勝利して2021年までの新たな任期を得るとみられることも、2025年度のプライマリーバランスの黒字化目標に抑制されず、デフレ完全脱却を目指し財政政策を拡大することができるようになることで、2%の物価目標への動きへのサポート要因となろう。設備投資が強い拡大を始めたことにより企業貯蓄率が正常なマイナスに向けて低下する中で、財政政策が緩和すれば、ネットの資金需要が復活し、それをマネタイズしてはじめて働くことになる金融緩和の効果も強くなるとみられる。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

9月18・19日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き、量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金残高の一部の金利を-0.1%程度、長期金利を0.0%程度とする政策の現状維持を決定した(7対2)。

「所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大している」とされ、需要超過の領域に入りながら景気が引き続き上向いていることを示す「拡大」という判断が維持された。

先行きについても、景気が「緩やかな拡大を続ける」中で、「マクロ的な需給ギャップがプラスの状態が続けることや中長期的な予想物価上昇率が高まることなどを背景に、2%に向けて徐々に上昇率を高めていく」との判断も大筋で維持された。

7月の金融政策決定会合で、日銀は消費者物価指数(除く生鮮食品、消費税)の見通しを、2018年度は+1.3%から+1.1%へ、2019年度は+1.8%から+1.5%へ、2020年度は+1.8%から+1.6%へ、下方修正した。

2%の物価上昇率の目標の達成にはより時間がかかるとみられるため、日銀は「0%程度」の誘導目標から長期金利が離れるバンドを10bp程度から20bp程度に拡大、マイナス金利が適応される日銀当座預金残高の部分を減少させるなど、現行の金融緩和の枠組みが長期化することへの体制を整えた。

更に、日銀は「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」というフォワードガイダンスを導入した。

日銀が、「0%程度」の長期金利の誘導目標自体を引き上げでることができるための最も重要な必要条件は、展望レポートでの経済と物価のリスク判断が「下振れリスクの方が大きい」という下方から中立化されることである。

デフレ完全脱却に向けたポリシーミックスの共同歩調をとるため、政府・日銀ともに2019年10月の消費税率引き上げに対する警戒と景気下押し緩和対策の必要性が認識されていることもあり、日銀の長期金利の誘導目標自体の引き上げは消費税率引き上げによる景気底割れが回避されたことが確認できる2020年度中頃まで先送りされることになるだろう。

グローバルな金利の上昇や日本の物価上昇を含めたファンダメンタルズの好転を反映して、日本の長期金利のフェアバリューが上昇すれば、「0%程度」の誘導目標を維持しているだけで、緩和効果は強くなってくるというロジックが引き続き政策の軸となるだろう。

それ以外の緩和の早期出口の思惑などでの長期金利の上昇は、緩和効果を維持するため引き続き抑制していくことになろだろう。

日銀の金融政策は、2%の物価目標の達成に向けた積極的な緩和から、我慢の緩和に転換したとみられる。

まだ景気拡大が強くない失業率が3%台では、物価とのフィリップス曲線の関係は一時的に消滅し、日銀の政策コミットメントによるインフレ期待の大幅な上方シフトなど、無理をしなければ2%の物価上昇率へのシナリオを作れなかった。

しかし、失業率が2%台に定着し、賃金上昇と内需拡大が時間はかかるが物価上昇率を2%程度に押し上げていくという、フィリップス曲線上の自然なシナリオが使えるようになるだろう。

日銀は中長期的な物価上昇率に関する見通しを「徐々に高まっていく」から「高まる」に微修正している。

政府の骨太の方針で2%の物価目標とそのできるだけ早期の実現の方針も維持されていることもあり、現行の緩和政策の枠組みは目標達成まで維持されるだろう。

安倍首相が自民党総裁選で勝利して2021年までの新たな任期を得るとみられることも、2025年度のプライマリーバランスの黒字化目標に抑制されず、デフレ完全脱却を目指し財政政策を拡大することができるようになることで、2%の物価目標への動きへのサポート要因となろう。

設備投資が強い拡大を始めたことにより企業貯蓄率が正常なマイナスに向けて低下する中で、財政政策が緩和すれば、ネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)が復活し、それをマネタイズしてはじめて働くことになる金融緩和の効果も強くなるとみられる。

我慢の緩和が維持される中で、超低金利政策の副作用に対する懸念で日銀が早期に緩和の出口に進むのではないかとのマーケットの見方は更に縮小してくるだろう。

図)フィリップス曲線

フィリップス曲線
(画像=総務省、SG)

図)ネットの資金需要

ネットの資金需要
(画像=日銀、内閣府、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司