多くの経営者はM&Aにおいて、売買価格を始めとする諸条件や契約内容など売買のプロセスのほうに意識が向きがちだ。しかしM&Aで売買プロセスより大切なことは、購入した企業のビジネスが支障なく続くことだ。
そのために欠かせないものが組織自体の円滑な引継ぎである。M&A後に組織をうまく機能させていくにはどのような点に気をつければ良いのか、本稿ではそのポイントを解説する。
中身が機能しなければ会社は無用の長物
M&Aは一般的に多額の費用を必要とするものであり、特に買い手の企業にとっては、本業に大きく影響を及ぼすこともある。大金を出して買った会社であるにも関わらず、もしも従業員が協力してくれなかったり、集団で退職したりするようなことがあれば、その損失は計り知れない。
買収される企業の従業員にとっても、オーナーの変更によって不安な気持ちが生じるのはごく自然なことだ。新しいオーナー企業のやり方に協力したいと思っても、新たな経営方針など、以前と変わることがしっかり伝わっていなければ、仕事がうまく進まなくなる恐れもある。
法律や形式の上では会社を手に入れることができても、中身である人や組織が機能しなければ、会社は無用の長物になってしまう。
まずは現状の把握が大切
こうした事態に陥らないようにするためにはいくつかの対策が必要だが、そのうち最も早い段階で着手すべきなのは、対象会社の組織についての現状分析だ。
具体的には、①組織体制、②役員や従業員の構成、③年齢、④能力などを把握することだ。あわせて役員に対して支払う退職慰労金や、従業員による自社株式の保有状況なども把握しなければならない。これらを把握することが、会社の財務的な負担や、役員や従業員がどれだけのモチベーションを持っているかを理解できるのだ。
さらに、残業代の支払状況、従業員のメンタルヘルス、組織に不満を抱いている従業員の有無なども分析できると望ましい。
キーパーソンや優秀な人材を見極める
さらに、従業員の中でリーダー的な存在や社内の調整役などキーパーソンも見極めたい。彼・彼女たちとの関係を良好にすることは、多くの従業員をまとめるのに役立つ。
M&Aでは一般にキーパーソンや優秀な人材をつなぎ止めておくための費用を見込んでおく。人材をつなぎ止めておくために通常より多く支払われる給与は「リテンション・ボーナス」などと呼ばれる。
ただし、金銭的なインセンティブだけでは限界がある。人材つなぎ止めに必要な金銭がどんどん膨らんでしまう恐れもある。金銭だけでなく他の施策も合わせて実施することが重要となる。
従業員とのコミュニケーション
従業員との良好な関係を構築するには、M&Aにより組織がどのように変化するのか十分に情報を開示したほうがいいだろう。これにより従業員が、M&Aが必須なものであり、合理性があることを理解するはずだ。真摯な姿勢で従業員とコミュニケーションをとることは、信頼関係の醸成にもつながる。
また組織をあるべき方向に導くためには、新たな経営者として経営理念を明確にし、役員や従業員にしっかりと説明することが欠かせない。従業員が何かしらの判断を迫られた時、その基準となるのは突き詰めれば経営理念である。理念の浸透には注力しめなければならないのは自明だ。
従業員が効果的に働けるよう、職務分掌や権限に関する規程も見直し、必要であれば整備したい。経営理念とともに、職務レベルの決まりについても、社内マニュアルや規程などの形で文書化しておきたい。
引継成功のカギは人との信頼を築くこと
企業経営に必要な経営資源として、ヒト・モノ・カネがよく挙げられるが、中でもとりわけヒトという要素は重要だ。M&Aは企業という組織の売買のことだが、その組織を構成するのはヒト。買収後のビジネスを円滑に進めるためには、この対策に最も力を注いでおきたい。