「熱い情熱」と「冷静な判断力」をもつ
矢尾板:「熱い情熱」と「冷静な判断力」をもつことが大事ですね。いま学生たちと、政府の出しているデータについて議論をする教材を作っています。こうした教材を使って学ぶことで、「もっと深く知りたいな」とか、「自分たちの議論をもっと客観的にとらえ直してみたい」という欲求が出てくると思いますね。その時に重要になるのが、この本が提供しようとしている、状況を冷静に判断するツールですね。こうしたツールを身に付けると、「熱い情熱」と「冷静な判断力」をもった成熟した有権者になっていけるのではないかと思います。
永久:それは少し理想論かもしれませんね。こうした本を手に取る人は最初から冷静な判断をしたいという意識をもっているのだと思います。逆に言うと、政治的な情熱をもっている人たちは、ツールを用いた分析結果よりも、自分の主義信条に基づいて投票行動をする傾向があるのではないでしょうか。
川本:政治的な情熱をもつ人は人口全体からするとそんなに多くはないと思います。常識的に判断したいという人たちが大多数なんだけれども、その人たちの政治参画がまさに阻害される状況があって、そういう人たちにとってはやはり知的な武器というか、ツールが必要なのだと思います。また、政治のほうも、議論を極端化するのではなく、相互の立場を認め合うことが重要ですよね。つまり、議論のための共通言語が欲しいということですね。
永久:おっしゃるとおりです。その意味からしたら、経済学にかぎらず、安全保障や社会保障など、さまざまな分野で同様のツールを提供する必要がありますね。まぁ、いろいろ教科書があるわけですが、それを教育機関で分かりやすくきっちりと教えていただきたい。
矢尾板:「合理的無知」という問題もあると思います。知るためには時間や労力が必要だから、まあいいやとなるわけです。最初に誰が言ったか分からないですが、「経済学学」という言葉があって、経済の現実を語るより、どうしてもモデルの世界の中だけで語ることを重視してしまう傾向があります。そうなると、少し関心があって、ちょっと勉強してみようかなという人がいても、本を手に取った瞬間に読むのが嫌になる。値段も高いし。だから、学ぶことを合理的な判断でやめる。
川本:だから、ハードルを下げなければいけない。
矢尾板:そうです。世にある多くの『経済学入門』という本の中身は『経済学学入門』になっている。だから、現状を自分の頭で理解するためのツールを提供する、本来の『経済学入門』の本が必要になるということです。
永久:ツールを提供する対象は何も大学生にかぎる必要はありませんし、媒体は本である必要もないですね。弊社の近くに「キッザニア東京」という「楽しみながら社会のしくみを学ぶことができる」という子供向けの施設があります。開業して10年になるようですが、子供のころから、さまざまな職業の疑似体験を通じて社会のあり方を学ぶということが重要ですね。こうした体験を重ねていくと、自ら判断するためのツールを身に付けることの重要性を肌で感じられるようになるのではないかと思いますね。