ドイツのG20 サミットは、日欧EPAをまとめあげる原動力になった。トランプ大統領が孤立主義を採ろうとすると、米国抜きのTPPと日欧EPAが先行して、新しい自由貿易圏に参加しない米国の貿易が不利にみえる。そうした包囲網は、トランプ大統領の次のリーダーがTPPに復帰する動機をつくる。1929 年の大恐慌とは異なり、今回は人類の知恵によって、保護主義は台頭できないだろう。

保護主義の逆襲

 ドイツ・ハンブルグでG20 サミットが7月7・8日にかけて開催された。米中露の首脳が直接顔を合わせるのは、このサミットが初めてになる。特に、トランプ大統領とプーチン大統領は、予定時間を大幅に超過して、2時間15 分の会談となり、次の会談相手だった安倍首相は待たされるかたちになった。話題は様々にあるが、経済分野からみると、日本が直前に日欧EPA交渉で大枠合意を決めて、トランプ大統領に対して貿易連携の新しい包囲網を敷いたことが重要だと考えられる。

 鳥瞰すると、2016 年に英国がEU離脱を国民投票で決め、その後、孤立主義のトランプ大統領が選挙で勝利して、TPPからの永久離脱が決まった。経済連携は、一旦、空中分解の危機に直面する。世界の貿易取引は、新興国の需要が低迷し、資源価格も落ち込んで、リーマンショック後の長い低迷期に向かう予兆を見せている。このダメージが相対的に大きいと予想されるのは、日本とドイツを中心とするEUであり、その警戒感が背景となって4年越しの日欧EPA交渉が大枠合意を得たのであろう。

 日本は、事前に米国の確認を取って、米国抜きのTPPを発効させる道を模索している。世界貿易に占める日欧のシェアは36.8%であり、米国を除くTPP参加11 カ国のシェアは14.9%であり、両者が併さる効果は大きい。もしも、米国抜きTPPと日欧EPAが始まれば、孤立した米国を包囲する体制を築くことができる。こうしたマルチ交渉では、一度決まった開放ルールを一国が変更することができないので、米国といえども後から加わることが不利になる。これが孤立を唱える米国に、TPPに戻るプレッシャーになる。

 関税率のない貿易圏は、関税のかかる貿易圏よりも取引を活発化させて、参加国の間に求心力を生み出す。例えば、韓国は日本よりも先にEUとEPAを結び、自動車などで取引実績を伸ばしている。このことが、日本がEUとEPAを早く結びたいという動機を強めさせた。従って、将来、米国を置き去りにした巨大な自由貿易圏で、貿易取引が活発化すれば、米国が2021 年にトランプ氏の次の大統領がTPPに戻ってくる圧力を生み出すことになる。

 他方、日本にとっては、トランプ政権との間で日米経済対話が進んでいる。そこで法外な要求を突きつけられても、日本は他の開放基準と比べて大幅な譲歩をしなくても済む。米韓FTAを結び直したいとするトランプ政権にとっては、別のところで幅広く貿易連携の話が進むことは本当は不都合なことだろう。

 表面的には、G20 で議長国のドイツ・メルケル首相は声明をまとめるのに苦労したようにみえるが、包囲網をつくって作戦勝ちしているのは日本とドイツだろう。世界は、孤立化・保護主義の台頭に2016 年は振り子が振れたが、2017 年になって再び振り子は元に戻ろうとしている。筆者は、「保護主義に対するカウンターパワー」(逆襲の力)が徐々に力をつけてきたからだと理解している。

トランプ封じ込め

 米国は、誰が大統領になろうと、安全保障を重視する限りは孤立主義を採り得ない。現在、トランプ大統領は、北朝鮮への経済制裁を徹底すべく包囲網を築くことに腐心している。そうした協力を重視することは、ロシア・中国に対しても妥協を余儀なくさせる。この点は、ロシア・中国もよく心得ていて、北朝鮮に決定的制裁を敢えて行わないことで、対トランプのカードを温存している。今回のG20 で初めてトランプ大統領は、プーチン大統領と顔を合わせて会談したが、そのことで譲歩は得られなかったようだ。米国にとって、相変わらず思い通りにならない大国はロシアと中国なのである。日本の立場からみれば、米国との協調が取り易いのは、日本と欧州であり、この順序はトランプ大統領個人がどう考えようとも変わらない。G20 では、トランプ大統領が価値観を共有している日欧とまずは協調することの重要性を思い知ったことであろう。

 翻って、トランプ大統領の行動が就任後に警戒されたことを思い出してほしい。個別にFTAを結び直して改めて不公正取引を洗い出す。NAFTA も見直す。国境調整税を課する。ドル安を志向して貿易赤字を是正する。こうした政策がトランプ・リスクと言われた。しかし、ほとんどは実現されていない。G7 サミットでパリ協定からの脱退を決めて、TPP離脱と併せて実現化したものもある。全体としては、今のところ、トランプ・リスクは封じ込められていると言える。その理由は、安全保障や自らのリーダーシップの発揮のために、他国との協調を余儀なくされるからだ。G20 のような協調の場は、その存在そのものが孤立主義を採らせない役割を持っている。

 G20 は、リーマンショック後、世界経済の停滞から抜け出すために、新興国を含めて政策協調を行う必要性に迫られて始まった。リーマンショックが一服するとG20 は役割が低下して、社交の場と揶揄された。しかし、2016 年のように孤立主義が台頭してくると、G20 を通じて分裂をつなぎ止める意義は大きくなる。フランスのマクロン大統領や韓国の文大統領は、G20 で初めて各国首脳と個別に会談を持った。G20 の役割は、当初とは変わって、協調を壊さないための利害調整を目指す枠組みになっている。かつて、1929 年の大恐慌は、その後英米仏のブロック経済へと移行して、世界貿易を落ち込ませた。リーマンショック後、歴史は繰り返すという既視感もあったが、現在はそのリスクは遠退いている。これもG20 などの枠組みの効果といえるだろう。

日欧EPAの効果

 日本とEUのEPAは、2019 年中の発効を目指す。今回は、大枠合意だから、各種ルールなどの詰めを行って、2018 年中に協定書をまとめて、EU28 カ国と日本でそれぞれ承認をする必要がある。大筋合意をしてTPPのときは、協定内容が固まっていたから、それよりも柔らかい段階である。従って、詰めの時間や承認の遅れによって2019 年中の発効も先送りされる可能性は残っている。

 日欧EPAは、暗黙のうちにTPPとの競合圧力が働いているように思える。例えば、乗用車はTPPでは25 年かけて2.5%の関税率を撤廃することになっていた。日欧EPAは、日本から欧州に輸出する完成車の関税率10%を8年目に撤廃する。この点は前進である。欧州から日本へ輸入するワインは、関税の即時撤廃、乳製品は低関税の輸入枠を設けて、その枠内税率を16 年目にゼロにするという。TPPでもそうだったが、日本国内の乳製品を作る農家には競争圧力が加わりそうだ。TPP発効で求められる競争力強化が、日欧EPAでも同様に求められる。

 筆者が注目するのは、自動車部品の関税撤廃である。日本からEUに対する輸出のうち、自動車は15.7%、自動車部品は5.8%と大きい(財務省「貿易統計」2016 年)。完成車の関税撤廃は8年後と遅れるが、部品は即時撤廃率は9割と高い。品目数では91.5%、輸出金額では92.1%が即時撤廃される。このことは、EUと韓国のEPAで、間接的に不利になっている日本の部品メーカーには朗報とされる。

 部品の関税率がなくなれば、現地化している日本メーカーの部品輸入にも有利になる。また、欧州メーカーが日本の部品メーカーから調達することも有利になる。自動車部品メーカーは、電気自動車への移行を特に恐れている。完全電気自動車化は、欧州メーカーが先行していて、その動向が未来の需要を占う。だから、日本の部品メーカーは、欧州との取引関係を密にして、未来の需要消滅を避けたいと考えるだろう。部品の関税率が即時撤廃されることは、日本の部品メーカーが生き残るために様々な意味で朗報なのだろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生