要旨

① 事業所内保育施設は女性の継続就業の手段として有望であるが、設置・運営のための企業負担が大きいこと等により、その普及を難しくしている。

② 最近は多様な事業所内保育施設が設置されている。中でも複数の企業による共同設置・運営型の事業所内保育施設の事例は、企業による導入障壁を低くし、その普及のためのヒントを提供するものである。

③ 今後、事業所内保育施設を設置しやすくするためには、共同設置・運営の利点を含め、多くの企業にとって事業所内保育施設の設置にあたり参考となる情報が求められる。またこれに併せて、事業所内保育施設の多様性に適合した公的助成制度の充実も必要であろう。

1.はじめに

 2003年7月に成立した「次世代育成支援対策推進法」により、企業は仕事と家庭の両立が可能となるような雇用環境の整備を行うことが求められるようになった。このような企業による次世代育成支援策の一つとして、事業所内保育施設が注目されつつある。

 事業所内保育施設は企業等が従業員の子どもを対象として、事業所内または隣接地に設置する保育施設のことで、「認可外保育施設」に該当する。そのため自社の勤務時間に合わせて、一般の認可保育所では対応できない深夜や休日等にも対応した保育運営を行っていることが特徴である。また最近では、都市部を中心とした認可保育所不足による待機児童問題を背景として、従業員が産後休暇や育児休業後すぐに職場復帰できるように事業所内保育施設を設置している企業もある。まさに事業所内保育施設は、認可保育所の代替施設としての役割も担っている。こうした機能が注目され、保育サービスの供給増を図るために今年6月に発表された「子ども・子育て新システムの基本制度案」においては、事業所内保育施設も多様な保育サービスの一つとして新システムに位置づけられることとなった。

 しかしながら現在、企業による事業所内保育施設の導入率は2.5%にすぎない(厚生労働省「平成21年度雇用均等基本調査」)。短時間勤務制度の導入率は47.6%、所定外労働の免除は40.8%等、仕事と家庭の両立のために設けられた他の支援制度と比較すると事業所内保育施設の導入率は低い。事業所内保育施設の設置にあたり、国や一部の自治体による助成制度が整備されつつあるものの、設置・運営のための負担が大きいこと等が、企業による事業所内保育施設の導入を難しくしている。

 そこで、事業所内保育施設を普及させていくための課題及び方策を整理することを目的として、経済産業省が「平成21年度サービス産業生産性向上支援調査事業(事業所内保育施設等実態調査事業)」(以下「経済産業省調査事業」)を実施し、当研究所が受託して調査研究を行った。同調査事業では特に、複数の企業による共同設置等、中小企業を含む多くの主体が設置しやすい事業所内保育施設のあり方を検討した。本稿は同調査事業の結果の一部を紹介するものである。

 ここではまず、既存文献により事業所内保育施設の現状を踏まえ、次いで経済産業省調査事業で実施した事業所内保育施設に対するヒアリング調査結果をもとに、複数企業による共同設置・運営をしている事例等の紹介を行い、事業所内保育施設の普及のための課題を示す。

2.事業所内保育施設の現状

(1)事業所内保育施設数

 厚生労働省によれば、2008年度の事業所内保育施設数は3,869施設である(図表1)。そのうち、病院内の事業所内保育施設である「院内保育施設」が2,371施設であり、「その他の事業所内保育施設」が1,498施設である。先述の通り、企業による導入率は低いものの、施設数の推移をみると、ここ数年は増加傾向にある。

これからの事業所内保育施設
(画像=第一生命経済研究所)

(2)事業所内保育施設の利用状況

 次に利用状況をみると、仕事と家庭の両立のために設けられた他の支援制度に比べ、事業所内保育施設は女性の就業継続のために有効に利用されているといえる。

 事業所内保育施設がある事業所では、女性の育児休業からの復職者がいる事業所割合は40.6%であり、他の支援制度と比較して最も高い(図表2)。また、事業所内保育施設がある事業所においては、復職者の63.2%が同施設を利用しており、利用率においても他の制度に比べ最も高い。

 事業所内保育施設を設置している事業所の場合、多くの女性が復職する傾向があり、また同施設を利用しながら働いている人も多い。まさに女性の継続就業を支援する手段の一つとして、事業所内保育施設の設置が有望であることを示しているといえよう。

これからの事業所内保育施設
(画像=第一生命経済研究所)

3.事業所内保育施設に対するヒアリング調査結果

(1)ヒアリング調査概要

 このように両立支援策として有効な事業所内保育施設の設置がしやすいような方策を検討するために、経済産業省調査事業では事業所内保育施設を保有する企業13社に対し、2009年11月から2010年1月にかけてヒアリング調査を実施した。その結果、最近では自社の事情に合わせて設置・運営の手法を工夫して、事業所内保育施設を設置している事例が多いことがわかった。

 本稿ではそのうち、設置・運営面で特徴的と思われる6社の事例をもとに運営実態や課題を示す。この6社の事業所内保育施設の概要は図表3の通りである。

これからの事業所内保育施設
(画像=第一生命経済研究所)

(2)運営実態

1)施設定員
 施設定員は12名から50名の幅がある。国からの助成金を得て設置した場合、定員数は保育施設の面積との関係で決まることが多い。助成要件に、乳幼児「1人当たりの面積が原則として7㎡以上であること」とあり、これを遵守する必要があるためである。

2)利用率
 利用率(定員に対する利用者の割合)は1割程度から満員まで様々であるが、定員に満たない施設の方が多い。

3)年齢構成
 利用児童に占める0~2歳児の割合が高い施設が多い。待機児童問題から、地域の認可保育所を利用できない人の職場復帰を事業所内保育施設が支えているといえる。

4)開園日・時間
 地域の認可保育所を利用できない日曜・祭日や夜間等の勤務が必要な場合、自社の勤務日・時間に合わせた設定をしている。

5)設置・運営費用
 上記6社はすべて保育事業者に委託をして運営を行っている。実際には事業所内保育施設全体でみると、設置企業による直接運営が多いが、最近では保育事業者による委託運営が増えている*1。

 設置費用については、土地取得から建物を建設する場合と建物の一部を改装する場合とでは、当然ながら設備費用が大きく異なる。例えば、土地取得から建物を建設する場合は、1施設あたり平均でおよそ1億3,000万円である。建物の一部を改装する場合は、1施設あたり平均でおよそ5,000~6,000万円である。

 運営費用についてみると、定員数が少ない施設(小規模施設)の方が費用は少ない傾向がある。ただし、定員1人あたりの運営費用でみると、定員数が少ない方が金額は大きい。例えば、約15人定員の施設の年間支出額は約3,000万円(定員1人あたり約200万円)、約30人定員の場合は約4,000万円(同約130万円)である。定員が多い施設(大規模施設)の方が効率的な運営ができるようだ。

 ちなみに、概して企業は利用者から利用料金を徴収している。その際、利用する子どもの年齢に応じた料金設定をしている場合が多い。具体的な料金は、おおむね、2歳までは5~6万円、3歳以上は約3万円となっている。

(3)設置理由

 事業所内保育施設を設置した理由としては、女性の継続就業支援と社会貢献があげられた(図表4)。ただし女性の継続就業支援のためといっても、以下に示すように企業によってその内容は様々である。

 まず、待機児童問題への対応のため、事業所内保育施設の役割を育児休業からの「復職支援」とし、地元の保育所を利用できるまでの「避難所」として設置している企業がある。この場合、限られた定員の中、多くの社員が育児休業から復職するときに利用できるよう、年度ごとの契約としている。

 また別の企業はワーク・ライフ・バランスを重視し、出産しても継続就業ができるという安心感を与えるために、事業所内保育施設を用意している。

 さらに、企業トップの強い意向により、たとえ現在は利用者が少なくても、これから利用する可能性のある人が増えることを見込んで、長期的な女性活用の企業戦略として設置している企業もある。

これからの事業所内保育施設
(画像=第一生命経済研究所)

(4)設置・運営形態

 上記6社における設置・運営形態は、次の4形態に分けられる。

 第一は1社単独での設置・運営である。現在設置されている事業所内保育施設のほとんどはこの形態である。単独設置・運営の理由は、他社の従業員の子どもを預かることの責任の重みを感じているということや、そもそも定員が自社の利用者でいっぱいであること等である。

 第二は1社が単独で設置・運営している事業所内保育施設を他社に開放する形態である(図表5)。この形態には、「他社」をグループ会社に限定している場合と、限定しないで近隣の他社に開放している場合がある。グループ会社に限定しているケースでは、事業所内保育施設の設置者である本社の近くにグループ会社が集積している場合が多い。他方、近隣の他社に開放しているケースは自社のみでは十分な利用者が集まらないことから、利用者数の安定的な確保を図るために開放している場合が多い。

これからの事業所内保育施設
(画像=第一生命経済研究所)

 第三はグループ会社との共同設置・運営である(図表6)。これは、利用者数の確保及び費用負担の分散がねらいである。この場合、別企業との共同設置・運営よりも利害関係の調整がしやすいという利点もある。

 第四は複数企業との共同設置・運営である。この事例では、複数企業が共同出資をして、新たに「運営会社」を設立し事業所内保育施設を運営している。共同設置の場合、企業によって利用者数が異なる場合が多く、保育士人件費等の運営費負担のバランス調整が必要である。こうした企業間の調整役に加え、保育の質を保つための保育事業者への指導等の役割を担う「運営会社」の設置により、複数企業による効率的な運営を図っている。

これからの事業所内保育施設
(画像=第一生命経済研究所)

(5)助成制度に対する評価

 国や一部の自治体において、事業所内保育施設の設置・運営費用の一部を助成する制度がある*2。これを活用して事業所内保育施設を設置した企業が目立つが、中には、施設の仕様が助成制度で定められている支給要件に合わないために助成を申請しないで設置した企業もある。助成制度活用の有無にかかわらず、企業からは助成制度をもっと利用しやすくしてほしいとの意見が多かった。具体的には、面積基準、施設基準、支給対象基準の緩和等があげられた(図表7)。

これからの事業所内保育施設
(画像=第一生命経済研究所)

4.事業所内保育施設の普及に向けて

 以上、事業所内保育施設は女性の継続就業支援のために設立され、実際に継続就業の手段として有望であることがわかった。一方、企業による設置・運営負担の大きさは軽視できない。また、ある程度規模が大きい施設の方が効率的な運営ができるものの利用者数の安定的な確保が難しいようで、利用率の低い施設も少なくない。こうした事業所内保育施設の実態が、普及を困難にしていると思われる。

 しかしながら、本稿で紹介した複数の企業による共同設置・運営型の事業所内保育施設の事例は、現状では少数派であるが、企業による導入障壁を低くし、普及のためのヒントを提供するものと思われる。

 単独設置・運営タイプの事業所内保育施設でも、グループ会社を含め他社に開放すれば、空いている定員枠を有効に活用できる。しかし他社との共同設置・運営は利用者数の確保及び費用分散は狙えるものの、利用人数の多寡等による利害調整が困難な場合がある。この点、グループ会社との共同設置・運営は、別企業よりも調整しやすいというメリットがある。また、複数企業による共同設置・運営にあたり、事業所内保育施設を管理・運営する専門会社を共同出資により組織する方式も、企業の運営負担の軽減のために有効である。

 今後、事業所内保育施設を設置しやすいものとするためには、共同設置・運営の利点を含め、多くの企業にとって事業所内保育施設の設置にあたり参考となる情報を提供することが求められる。またこれに併せて、事業所内保育施設の多様性に適合した公的助成制度の充実も必要であろう。(提供:第一生命経済研究所

【謝辞】
本調査研究事業におけるヒアリング調査にご協力いただいた企業の皆様に深く感謝申しあげます。

【注釈】
*1  財団法人こども未来財団「事業所内保育施設の保育に関する調査報告書」(2010年3月)によれば、事業所内保育施設の運営主体は「事業所の直営」が78.3%、「外部への委託」が18.3%である(その他1.3%、無回答2.1%)。「外部への委託」の割合は同財団の2002年調査で5.7%、2006年調査で12.6%である。
2  事業所内保育施設の助成制度については、的場康子「事業所内保育施設の設置促進に向けて」『Life Design Report(2009年1-2月号)』に一部を紹介している。

研究開発室 主任研究員 的場 康子