<課題山積の保育施策>

 本稿では、保育施策の優先課題を論じる。不況のために働こうとする母親が増えたことで、認可保育所に入所することを希望しても、入ることができない待機児童が増えている。2008年4月時点の認可保育所の定員数約212万人に対して、待機児童は19,550人であった(図表1)。昨年以降の景気後退に伴う保育所への入所希望児の増加で、今年4月時点の待機児童数は2万人をゆうに超えるだろう。しかも、待機している家庭の多くは、昨年以上に経済的に困窮しているとみられる。

 しかし、いま保育において求められている施策は、決して待機児童対策のみでない。例えば主なところでは、自宅で乳幼児を預かる保育ママの普及、認定こども園の増設と幼保一元化、幼児教育にかかる費用の無償化、幼児教育・保育のハードとソフトの質の向上、私立保育所・幼稚園における保育士・教諭の待遇改善、子どもが病気になったときの預け先である病児保育の普及などがあげられる。保育をめぐる課題はあまりに多いため、一気に全てを解決することは難しい。それでは、どの課題から優先して解決していけばよいだろうか。

時間軸をもうけた保育施策の推進を
(画像=第一生命経済研究所)

<財源と時間という2つの制約>

 山積する課題の解決策を考えるには、次の2点を念頭におく必要がある。第一は、保育関係予算は限られているという「財源の制約」である。少子化対策の重要性から保育予算は増加する傾向にあるものの、依然として絶対額は不足している。これはわが国の財政が逼迫しているためであり、不足しているものは保育関係予算に限った話ではない。

 第二は、「時間の制約」である。今後数年の間は産まれる子どもの数は比較的多いため、供給量が問題となる施策は、今後数年のうちに手を打たなければならない。

 総務省統計局が推計した2008年10月時点の人口をもとに、出産する者が多い25~39歳の女性人口が今後どのように変化するかを示したものが図表2である。この年齢層の女性人口は、2008年時点で約1,260万人である。現在生存している者が今後も全て生存すると仮定しも、今後25年間でこの年齢層の女性人口は、13年には約1,127万人(2008年比10%減)、18年には約990万人(同約21%減)、23年には約919万人(同27%減)、28年には約865万人(同約31%減)、33年には約830万人(同約34%減)になる。わずか20年近くで、25~39歳の女性人口は現在の2/3に縮小する。この変化はほぼ確実である。

 これに伴い、新たに産まれる子ども数も大幅に減少していく。国立社会保障・人口問題研究所が2006年に行った推計によると、出生率1.55と最も高い仮定をした高位推計でも、08年を基準とすると出生数は10年後に約11%、25年後には約21%減少すると予測されている。これは母親となる女性の人口自体が大幅に減少していくためである。合計特殊出生率が多少増加したところで、出生数全体の減少を食い止めることはできない。

 以上の点は、供給量が課題となる待機児童問題が、今後数年における対処を必要とすることを意味する。その間に待機児童対策をしなければ、将来いくら行っても手遅れである。出生数が減少した後は、待機児童の問題は解消され、むしろ保育所の統廃合の方が問題になる。保育予算が一定だとすれば、将来的に供給量の問題は緩和されるため、その分の予算を質の向上に振り向ける余裕が生まれる。

時間軸をもうけた保育施策の推進を
(画像=第一生命経済研究所)

<短期的課題と長期的課題>

 現在、先述した保育施策の議論は同時並列ですすめられている。しかし、施策を有効にすすめるためには、「時間軸」を設定した展開が求められる。時間軸の上に保育施策を並べて、短期に解決すべき課題、長期に解決すべき課題を仕分けして、取り組むことが必要である(図表3)。

 短期的課題は、待機児童対策である。問題はその方法である。子ども数の将来予測をみれば、待機児童数は今後数年間が山である。スピード勝負であるため、これから新しい保育所をつくる計画を立てていては間に合わない。既存の施設を十二分に活用することが必要でる。認可保育所についてみれば、待機児童数の多い地域において、既に定員数を超える児童数を収容している。しかし、不況で生活のために働く人も増える中、認可保育所、特に定員超過が相対的に少ない公立保育所は、緊急的に追加で児童を受け入れることが求められる。0~1歳児の1人当たり3.3m2という現行の基準面積が乳児の受け入れ数の増加を阻んでいるのであれば、不況下においては家庭の生計維持が優先課題であるため、少しでも多くの児童を受け入れられるように時限的にその基準を緩和することも必要だろう。なお、子ども数の将来的な減少をにらめば、超過受け入れ状態は恒久的に続くものではない。その他には、既にある認可外保育所に対する公的支援を厚くして、その受入れ児童数を増やすことが求められる。

 以上の既存施設活用のみでは限界があるならば、需要の多い0~2歳児向けのコンパクトな施設を新設して対応することが望ましい。具体的には、低年齢児を受け入れるために、既に一部で実施されている認可保育所の分園の設置や認証保育所のような小規模施設があげられる。0~6歳児全体を受け入れる認可保育所を新規に整備することは、現在の待機児童の多くが低年齢児であることにマッチしていない上、将来子ども数が減少した場合に小規模施設よりも撤収が難しいため、適当ではない。なお、並行して保育ママの普及もすすめることが求められるが、供給量は多くはならない可能性がある。

 また、一見緊急性は低いようにみえる一時保育等の地域子育て支援の拡充も、直ちに行うことが望ましい。なぜならば、専業主婦世帯においても子育ての負担は重く、保育所整備のみでは彼らの負担を軽減することができないからである。少子化対策のためにも、地域子育て支援の拡充による子育てそのものの負担の軽減が必要とされている。その他、病児保育の整備も緊急の課題である。加えて、保育施策ではないが、不慮の事故等による死亡率が比較的高い幼児の救命体制の整備も課題である。

 長期的課題は、認定こども園の増設、幼保一元化の推進、幼児教育の無償化、幼児教育・保育の質の向上、保育士の待遇改善である。これらは、実現するには準備・調整が相当必要であるため、短期にすすむものではない。例えば、幼保一元化についてみれば、保育所と幼稚園では関係法から行政所管、運営する法人等まで異なっている。一元化の方法をめぐっても、法制度レベルで統一すべきか、それは現状のままとし機能的な一元化をはかるべきかなど、意見は一致していない。認定こども園も、現状において幼稚園と保育所の二重基準が適用されているため、真の意味での幼保一元化した施設ではない。以上をみれば、真の幼保一元化を行うには、時間をかけた議論、調整が必要になる。また、幼児教育の無償化は、幼保一元化がなされなければ、対象となる幼児教育の範囲は定まらない。実現には膨大な予算も必要であるため、直ちに行えば他の施策に予算は回らなくなる。念のため断るが、以上の話は、決して長期の課題を軽視して述べているわけではない。ここで長期に仕分けした課題も、時間をかけて調整・準備し、全て解決されることが望ましい。

 従来の保育の議論においては、本稿で論じたように時間軸を設けた上で優先順位をつけて施策を展開していくという視点が弱かった。今後は短期、長期の課題を仕分けした上で、保育対策をすすめていく戦略的な施策展開が必要であろう。(提供:第一生命経済研究所

時間軸をもうけた保育施策の推進を
(画像=第一生命経済研究所)

研究開発室 松田 茂樹