要旨
① 少子化対策における仕事と家庭の両立支援策に焦点を絞り、両立のための問題点を指摘し、支援策の一つとして期待されている事業所内保育所の現状について調査を行い、そのあり方について考察する。
② 主に都市部での保育所の供給不足を背景に、最近、都心のオフィス内に事業所内保育所を設置する企業等が目立っている。事業所内保育所は、不足している認可保育所の単なる補完にとどまらず、従業員の育児と仕事の両立を保障するものとして重要な役割を担っている。
③ 今後は、公的責任で地域の認可保育所を増やすことも必要であるが、両立支援策のための国と企業の役割分担を再確認して、例えば、企業に対する助成制度の弾力化・拡大を図ることによって、事業所内保育所の設立障壁を低くし、子育て環境整備の充実を図ることも必要であろう。
1.はじめに
少子化の進展は、労働市場に影響を与え、経済活動の縮小、国際競争力の低下を招くばかりでなく、社会保障面等わが国の社会システム全体に影響を及ぼすものである。
そのため、政府は1989年の「1.57ショック」以降、育児休業法の制定(1991年)、「エンゼルプラン」(1994年策定)、「新エンゼルプラン」(1999年12月策定)、「仕事と子育ての両立支援策の方針について」(2001年7月閣議決定)等を打ち出し、仕事と子育ての両立のための雇用環境の整備等を含め、少子化対策を実施してきた。
それでも少子化に歯止めがかからず、2002年9月に「少子化対策プラスワン-少子化対策の一層の充実に関する提案-」が策定された。そして、これらの支援策の推進体制を整備するために、2003年7月、少子化に対処する国の基本理念を示す「少子化社会対策基本法」と、地方公共団体や企業(従業員301人以上)に、両立を図るために必要な雇用環境の整備等を進めるための「行動計画」を策定し、実施することを義務づける「次世代育成支援対策推進法」*1が成立した。
その他、これまでに「ファミリー・フレンドリー企業」表彰(1999年度から)や「両立指標に関する指針」*2(2003年策定)等、企業が仕事と家庭の両立への取り組みを実施するよう、国の施策として様々な奨励策が図られている。しかしながら、その効果が現れるにはもう少し時間を要するようで、現時点では、少子化傾向に一向に歯止めがかかっていない。2002年度の合計特殊出生率は、昨年度の1.33より、0.01ポイント減少し1.32であり、戦後最低を記録した。
本稿では、こうした少子化対策の中でも、仕事と家庭の両立支援策に焦点を絞り、両立のための問題点を指摘し、支援策の一つとして期待されている事業所内保育所の現状を明らかにする。その上で、両立支援策としての事業所内保育所の役割及び今後のあり方について考察する。
2.仕事と家庭の両立
仕事と家庭の両立支援策の一つの大きな柱は、子育て環境の整備である。出産しても、育児をしながら働ける環境なくしては、両立はありえない。そのための代表的な制度として、育児休業制度と保育制度がある。以下に、これら両制度の現状を紹介し、両立のためにどのように機能しているかをみてみよう。
(1)育児休業制度
2002年度の「女性雇用管理基本調査」によれば、前年度に出産した女性労働者の育児休業取得率が64.0%であり、1999年度の調査(56.4%)より、7.6ポイント上昇している。育児休業からの女性労働者の復職率は88.7%(1999年度82.1%)であり、6.6ポイントの上昇である。
このように、1991年に育児休業法が成立して以来、同制度は着実に育児支援策として定着しつつあることがわかる。ただし、そのことは、あくまでも出産しても仕事を継続する女性労働者の間において定着していることである。一方、図表1に示されているように、出産を機に大多数の女性が仕事を辞めているという現実もあり、女性が出産退職をする傾向にはあまり変化が見られていない。
(2)保育制度
保育所については、2004年度までの5カ年計画である「新エンゼルプラン」(1999年)や、2004年度までの目標を掲げ「待機児童ゼロ作戦」を盛り込んだ「仕事と子育ての両立支援策の方針について」(2001年)等により、整備が進められている。実際に、2003年4月1日現在、対前年度比83カ所増の2万2,355カ所が整備されており、利用児童数は、都市部では対前年度比およそ5万5,000人増加している。しかしながら、保育所の供給不足は一向に解消されず、厚生労働省資料によると、2003年4月1日時点で2万6,383人が待機しており、前年に比べ936人増えている。待機児童数を年齢区分別にみると、0歳児2,932人(全体の11.1%)、1・2歳児1万4,961人(同56.7%)、3歳以上児8,490人(同32.2%)であり、0歳から2歳児が約7割を占めている。また、地域別にみると、首都圏(埼玉・東京・神奈川)と近畿圏(大阪・兵庫)の5都府県(政令指定都市・中核市を含む)及びその他の政令指定都市・中核市の合計が2万166人であり、全待機児童数の76.4%を占め、まさに都市部に集中していることがわかる。
さらに、厚生労働省が把握している顕在化した待機児童数のほかに、内閣府の推計によると、「潜在的な保育需要者」が首都圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)だけでも約24万人存在しているということである*3。これら4都県の公表された待機児童数の合計は、約1.4万人(内閣府の調査時点と同じ2002年4月現在)であるから、保育サービスの供給がかなり不足しているということになる*4。
今後、働く母親が増え、入所資格を持つ世帯が増加することのみならず、保育所の供給不足のために当初から入所をあきらめていた世帯が、保育所の増加により需要を顕在化させる可能性も大きく、需要に合わせた供給体制を維持するまでにはかなりの時間を要することが懸念される。
以上のように、都市部での保育所の供給不足を背景に、また出産退職による人材流出を防ぐねらいもあり、最近、都心のオフィス内に事業所内保育所を設置する企業等が目立っている。エトワール海渡の「エトワール保育園」(設立1977年)、文部科学省の「かすみがせき保育室」(同2001年)、日本郵船の「郵船チャイルドケア 丸の内保育室」(同2002年)、資生堂の「カンガルーム汐留」(同2003年)等である。次に、このような事業所内保育所について、その事例紹介をもとに現状を明らかにし、両立支援策における企業の役割について考えてみよう。
3.事業所内保育所の現状
(1)事業所内保育所の現状
事業所内保育所とは、企業等が従業員の子どもを対象として、事業所内または隣接地に設置する保育所のことである。一般の保育所では対応できない深夜や休日等の勤務に応じた保育にも対応しているところもある。
事業所内保育所は児童福祉法の認可外保育施設に該当するので、その運営や保育内容等は、都道府県における保育行政の指導の対象となる。
なお、事業所内保育所を設立するにあたっては、設置基準を満たすことを条件として、財団法人21世紀職業財団から、設置費(支給限度額2,300万円)及び運営費(設立後5年間までであり、限度額は規模及び運営形態による)、保育遊具等購入費等について助成金を受けることができる。
財団法人こども未来財団の調査によれば、2001年9月現在、全国に3,793施設がある(図表2)。業種別に見ると、医療機関が設立している保育所が最も多く、全体の約6割を占めている。現員規模別に見ると、20人未満規模の施設が全体の7割以上を占めている。入所している児童数は5万2,568人であり、年齢別に見ると3歳未満が約6割を占めている。
以上が、事業所内保育所の概要であるが、次に、事業所内保育所の具体的事例を見てみよう。
(2)事業所内保育所の事例紹介
事業所内保育所には様々なものがあるが、その運営の仕方について、大きく「直接運営型」と「委託運営型」に分かれる。従来のものは自社で保育士等を採用して直接運営する「直接運営型」が多いが、最近新設されたものは、保育サービス事業者に運営を委託する「委託運営型」による運営が目立っている。
1)自社による直接運営型 ここでは、自社が直接運営している事業所内保育所の例として、株式会社エトワール海渡の「エトワール保育園」と、千葉中央ヤクルト販売株式会社の「ヤクルト保育室」の事例を紹介する(図表3)。
両者とも、20年以上の実績があり、主に3歳以下の低年齢児を対象とし、母親の職場に近い場所で保育がなされているという点で共通している。また、会社と保育園との情報交換を積極的に行い、保育園から会社へは子どもの保育状況等について、会社から保育園へは母親の仕事状況並びに会社の経営状況等を報告し、相互理解を深め、子どもの保育及び母親の就業を支援する体制を構築している。さらに、保育の質の維持も徹底しており、会社から直接雇用されている経験豊かな保育士による指導、管理のもとで、目の行き届いた保育が日常的に実施されるような体制を整えている。
両保育所とも保育の質の維持・管理の徹底を図っているが、その保育体制は20年以上の歳月をかけて自らノウハウを吸収しながら構築したものである。このためには、かなりの時間コストを投入しているとみられるが、これまで続けてきているのは、優秀な人材の確保、活用によるメリットの方が長期的な視点でみて大きいとの経営的な判断からである。費用対効果でみると、多額の運営コストや保育の質の維持、事故リスクの対応等、負担はかなりの大きさであるが、保育所の効果を考えるに当たっては、長期的な視点が必要であるということである。
2)委託運営型 次に委託運営型の例として、丸の内第一号として2002年4月にオープンした日本郵船株式会社の「郵船チャイルドケア 丸の内保育室」と、2003年9月に開設された株式会社資生堂の「カンガルーム汐留」の事例を紹介する(図表4)。
委託運営型の場合、運営を委託した保育サービス事業者から保育士が派遣される仕組みになっており、保育の質は保育サービス事業者に依存する。信頼できる事業者に委託した場合、設立当初から保育の質は一定に保たれるということが最大のメリットである。保育サービス事業者への委託料として保育士の人件費や管理費を支払うことによって、保育士の募集や育成にかかる費用(時間コストも含めて)を必要とせずに、開設と同時に、一定の質を保った保育サービスの提供が可能である。このような利点から、最近では、保育サービス事業者との連携による委託運営型が増えており、今後、注目される設立パターンであると思われる。
4.まとめ
事業所内保育所は、優秀な人材の確保・維持という企業目的のために設立されるにしても、その効果は一企業内に留まらず、社会全般にとって、潜在的な待機児童を含めた待機児童数の削減を図り、不足している認可保育所の補完にも寄与し、仕事と家庭の両立支援を保障するものとして重要な役割を担っている*5。実際、事業所ごとに、利用しやすいような料金や時間設定にする等、従業員の勤務形態に応じて、出産後も安心して働けるように柔軟性のある保育環境を整えている。
企業も少子化対策の一翼を担う存在として、一定の負担は必要とされているとはいえ、現状を見る限り、設立・運営コストの負担や事故リスクへの対応、さらに保育所の立地に伴う不公平感の解消への対応等を考えると、設置にかかる企業負担はかなり大きい。このような企業負担を軽くするために、設置費や運営費等を助成する「事業所内託児施設助成金」の制度が(財)21世紀職業財団によって施行されている。しかしながら、運営費の補助が設置から5年間で打ち切られる等、限定的な助成に留まっている*6。最近の少子化対策において、事業所内保育所の設置が奨励されていることを鑑みると*7、今後は、企業が事業所内保育所を設立しやすいような誘導策がもっと講じられてもいいはずである。例えば、事業所内保育所を地域に開放し、地域の子どもも受け入れることも可能にしたり、低年齢児保育に特化している場合や、数社の企業が共同で保育所を設立する場合でも補助を受けられるようにする等、いろいろなバリエーションを想定した事業所内保育所の設立に対しても、柔軟に助成できるような仕組みに変えていく必要がある。
このように、企業による事業所内保育所の設立障壁を低くすることによって、地域の認可保育所の不足、さらに低年齢児保育の不足にも対応できる。つまり、事業所内保育所を設立した企業に対する支援策を図ることが、保育所の供給不足の解消に大きく寄与することになるのである。
したがって、今後は、公的責任で地域の認可保育所を増やすことも必要であるが、例えば、助成制度の弾力化・拡大を含め、両立支援策のための国と企業の役割分担を再確認し、子育て環境の整備の底上げを図ることも必要であろう。(提供:第一生命経済研究所)
【注釈】 *1 同法において、事業主等は、2005年3月31日までに一般事業主行動計画を策定し、同年4月1日以降、「行動計画」を策定した旨を都道府県労働局に届け出なければならないとされている。 *2 これは、2001年6月の男女共同参画会議や同年7月の閣議決定「仕事と子育ての両立支援策の方針について」において指摘されていたものである。 *3 内閣府国民生活局物価政策課(2003)における推計結果である。また清水谷諭・野口晴子(2003)では、同じ都県(東京・神奈川・千葉・埼玉)の潜在的な待機児童数は、保育料の平均値30,637円では26.9万人と推定している。 *4 このように、潜在的な需要者数と公表された待機児童数の間に差があるのは、厚生労働省が定義する「待機児童数」が「保育所入所申込書が市区町村に提出され、入所要件に該当している者(すなわち親の就労等のために保育に欠ける児童)のなかで、実際に入所を行っていない児童数」であり、保育所の利用要件に該当しない世帯(すなわち共働きでない等)や、利用意向がありながら立地条件や利用時間、保育料等の面であきらめている世帯、さらには他の保育サービス(無認可保育所や地方単独保育事業等)を利用しながら待機している世帯等は、公表されている「待機児童数」から除外されていることによる。 *5 最近では企業の社会的責任投資として設立される等、両立支援をアピールし、対外的なイメージアップのために活用する動きもある。 *6 ちなみに、6年目以降は、同じ(財)21世紀職業財団による「育児・介護費用助成金」(上限年額360万円)を受けることができるが、受け取り額は大幅に下がる。なお、同助成金や事業所内託児施設助成金は、企業が拠出する雇用保険を原資としている。そのため、受給対象事業者は、雇用保険の適用事業主または事業主団体と限定されている。また、事業所内保育所の条件として、小学校就学の始期に達するまでの子どもが利用できるものであることと定められており、3歳までの低年齢児に特化した保育所に対しては助成されない。 *7 「ファミリー・フレンドリー企業」の概念や「両立指標」、「次世代育成支援対策推進法」で義務づけている「行動計画」における例示項目の一つに、それぞれ「事業所内保育所の設置」が挙げられている。
【参考文献】 ・ 清水谷諭・野口晴子(2003)「保育サービス需要の価格弾力性と潜在需要推計-仮想市場法(CVM)によるアプローチ-」(ESRI ディスカッション・ペーパー・シリーズNo.83) ・内閣府国民生活局物価政策課(2003)「保育サービス市場の現状と課題-『保育サービス価格に関する研究会』報告書-」 ・前田正子(2003)『子育ては,いま-変る保育園,これからの子育て支援』岩波書店
研究開発室 副主任研究員 的場 康子