カルロス・ゴーン日産会長(当時)の逮捕劇は我が国の社会全体に大きな衝撃を呼んだ。同氏は一時瀕死の状態にまで陥った日産を「リバイバル」させた張本人としてこれまでマスメディアで大々的に取り上げられてきた人物である。今回、我が国の検察当局はフランスの国家的企業であるルノーの会長を兼任している同氏の「不正行為」に果敢にも切り込んだ。これに対してルノー側は同氏の会長職からの解任をさしあたり決定してはいない。ここに日仏間に巨大な溝が出来始めていることが誰の目にも明らかになっている。
マスメディア各社はこの事件の「真相」について次々に自論を展開し始めている。金商法など我が国の法令に同氏の報酬受け取りに際しての行動が違反していたといった指摘、あるいはそもそも「巨額の報酬」を得ていたにもかかわらず、日産という大企業を私物化し、私的な利益のために不動産の実質保有を図っていた等などである。だが、これらはいずれも我が国世論に対して観測気球を上げることを通じて、自らの有利な論調が醸成されるのを待ち、もって容疑者本人とその周辺を追い込もうとする検察当局特有の戦術であるのは明らかなので、ここではこれ以上顧慮しない。
むしろ私としては「なぜこのタイミングなのか」という点に拘りたいのである。日産とルノーの経営統合が前者の取締役会の議題に上っていたことは明らかなようである。だが、そうであるからといって「今このタイミングで逮捕すべき」という判断には直ちにはならないのである。そしてまた、繰り返しになるがフランス勢は今回の逮捕劇に対して明らかに不満を述べているのである。フランス大手メディアの中では「これは陰謀だ」と騒ぎ立てるものまで現れていると聞くのである。そうであるにもかかわらず、我が国の検察当局は対決路線をまっしぐらに突き進んでいるのだ。これは「異様」と言わざるを得ない展開である。
他方でここに来て突然進んだ話がもう一つあるのだ。それは日露交渉である。9月にウラジオストックで開催された「東方経済フォーラム」の席上、プーチン露大統領が突然、領土問題の解決を含めた日露平和条約の締結について前向きな姿勢を公然と打ち出したのである。これに慌てふためいた日本側は当初、安倍晋三総理大臣以下、完全にいわば「フリーズ」してしまったのである。そしてややあってから「二島返還をまずは求める」というラインを打ち出し、様子を見たものの、ロシア側からは「北方領土の領土主権について何ら予断を許すものではない」と真正面から冷や水をかけられてしまった。
我が国において首相官邸以下、外交当局が大いに困惑しているのが目に見えるようだ。(実際には全くそうではないのだが)我が国の外交当局は「大統領であり、ロシア勢のトップであるプーチンが決めれば全てが決まる」と信じ込んでいる節がある。経済産業省を権力のバックボーンにし、そうした外務省とは一線を画している安倍晋三総理大臣もこの点では全く同じ思考の枠組みにとらわれてしまっている。そして半ば「外交場裏のストーカー」ではないが、事ある毎に日露首脳会談を実施し、プーチン大統領と談笑を繰り返しているのである。そして同大統領が発する一言一句に一喜一憂しているのが現実なのだ。安倍晋三総理大臣が来年夏に行われる参議院選挙での勝利の確保を最優先課題に政治判断をしていることは明らかなだけに、ロシア側からすれば我が国を揺さぶり、そこから何かを得るには絶好のチャンスなのである。
もっともそれだけならばよくあることなのかもしれない。だが、そうした中でロシア勢に潜む我がディープ・スロートからこんなメッセージが寄せられてきたのである。
「ロシア側は実のところ、北方領土について四島返還もやぶさかではないと考えている。問題は日本側がいかなる安全保障上の取極(日露安保条約の締結!)を提案してくるかなのだ。それに全てがかかっている」 フランスとロシア、そして我が国。―――以上の2つのストーリーは全く無関係の様に思えるかもしれない。だが、そうではないというのが私の考えだ。なぜか。
私の研究所が半年に1回公表している予測分析シナリオ最新版においても詳しく述べていることなのだが、これから米国は轟音と共に我が国、そして東アジアから次々に撤退して行くのである。「まさか」と思われるかもしれないが本当だ。事実、グローバル・マネーの奥底において大規模な資金を動かす権限を持つ者たちはそのことを前提としながら既に動き始めている。なぜならば「日米同盟崩壊後のニッポン」はそれまでそこに存在してきた全ての構造から解き放される以上、様々な利権が剥き身となり、かつ米国の支えが無くなったことによる価値減損を喧伝されることによって大バーゲン・セールにさらされることになるからだ。絶好の草刈り場となるのは目に見えている。
「日米同盟は絶対に変わらない」とそれでもかたくなに信じている読者は、あらためて6月に行われた米朝首脳会談を思い起こせば良いのである。確かにその後の推移は順調ではない様に見えなくもない。だが肝心なのは、北朝鮮側がミサイル開発等で引き続き米国側による非難にさらされようと、かつての様な対決姿勢に戻ろうとはしていないという点なのだ。この点でも金融インテリジェンス情報のさわりだけを述べるならば、北朝鮮のバックにはロシアがしっかりと控えているのである。中東におけるシリアと同じ構造であり、米国はグローバル社会全体に存在する多種多様な利権の中でこれをロシアに譲ったのである。そうした米国に残された道はただ一つ、北朝鮮という国家の存在を保証し、もって世界中の別のところでロシアが有する利権を譲ってもらうことだけなのだ。
そして同じことが我が国についても当てはまるのである。1945年8月15日以降、GHQという名で占領を行った米国は事実上、我が国を自らの利権の複合体としてとらえ、管理してきた経緯がある。1951年の我が国による(形式的な)主権回復の後も、である。だがこれをもはや維持しないという判断をしているのであれば、後は順次撤退を図れば良いだけのことなのである。「戦争経済(war economy)」の基本は戦闘に勝ち、現地における利権分配を自らに有利にした後、すぐさま順次撤退することである。トランプ政権下の米国が遅ればせながら「対日占領・管理」を切り上げるべく日米安保条約を自ら事実上反故にし、もってこの戦争経済の原理原則に立ち返るとしても全く不思議ではないのである。
そのことが誰の目にも明らかになる来年1月19日に開催する年頭記念講演会でも詳しくお話したいと考えているのだが、この様な動きを見せ始めている米国勢を尻目に、今度はそれ以外の諸国勢による「陣地取り合戦」が我が国を舞台に激しく行われつつあるのが実態なのだ。そしてこう考えれば先ほどの二つの事案、すなわち「ルノー・日産経営統合の議論を控えたゴーン逮捕劇」と「やおら我が国を煽り始めたプーチン露大統領の態度」はともに至極納得が行くものなのである。ちなみにカルロス・ゴーン元会長を逮捕した東京地検特捜部はGHQによる占領統治時代に米国勢の管理政策を補助するために設置された司直における特別部隊であることも思い起こしておく必要がある。これから撤退するからといって「米国勢の島」に対してフランス勢が許容限度以上に素早く進出して来るのであれば米国勢が不満を強く感じるのは当然であり、それを忖度するというのが我が国のしかるべき者たちが守るべき行動原則なのだ(なにせ「日本管理政策」は未だ続いているのであるから)。
他にも例を挙げたらばきりがないわけであるが紙幅の都合上、一つだけに止めておくことにする。それは英国勢の動きだ。英国はこの数年でなぜか「日英同盟」の再立ち上げを持ち掛け、これを実現し、「ロンドン・シティと東京が金融協力協定を締結」し、あるいは「我が国国内における陸軍演習として米軍以外の外国軍としては初めての合同演習を陸上自衛隊と英陸軍が実施する」といった挙に出ている。このことも以上の文脈の上であれば素直に理解することが可能なはずだ。
ミクロで見ると全く分からないが、マクロで見ると最も注目が集まっているのは他ならぬ我が国である。我が国を巡ってはこれからますます不可思議なことが、諸外国の各種勢力を交える形で起きるはずだ。その当事者に他ならぬ祖国・ニッポンで私たち日本人が本当の意味で成り得るか否か。歴史の最初の審判は今、下されつつある。
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。
原田武夫 (はらだ・たけお)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所代表取締役 (CEO)。社会活動家。
1993年東京大学法学部在学中に外交官試験に合格、外務省入省。アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を最後に2005年3月自主退職。2007年4月同研究所を設立登記、代表取締役に就任。多数の国際会議にパネリストとして招かれる。2017年5月よりICC(国際商業会議所) G20 CEO Advisory Groupメンバー。「Pax Japonica」(Lid Publishing)など日独英で著書・翻訳書多数。