カショギ事件を巡り、サウジアラビアに依然として注目が集まっている。昨日(26日)にはトルコ当局がカショギ氏の遺体を探索すべく西部ヤロバ県の別荘地を探索したという。他方で、同事件の首謀者とされるムハンマド・ビン・サルマン皇太子は外遊を続けており、アラブ首長国連邦に続き昨日、バーレーンに到着した。
サウジアラビアと言えば世界最大級の原油生産国であり、同国の行方が原油マーケットに大きなインパクトを与えるのは言うまでもない。そうした中で、カショギ事件を巡り米国がサウジアラビアに経済制裁を科す可能性が危惧されてきた。なぜならばカショギ暗殺は前述したビン・サルマン皇太子が命令したものであるという趣旨の報告書を、今月15日(米西部時間)にアメリカのインテリジェンス機関である中央情報局(CIA)がトランプ大統領に提出したとリークされたからだ。結局トランプ大統領はその報告を受け入れなかった。それにもかかわらず、原油価格は不思議と下落を続けてきた。10月2日(米西部時間)には75.16ドルあったWTI価格は今や30パーセント弱も下落している。
そもそも今月12日(米国西部時間)にトランプ大統領は「原油価格は供給量に沿ってずっと下がるべきだ(Oil prices should be much lower based on supply!)」とツイートしている。弊研究所が半年に1回公表し次回は来年1月に発刊予定である「予測分析シナリオ」で過去詳しく述べているとおり、トランプ政権になってから米国はシェール・オイルの生産を増大させてきたのであり、それはグローバル経済・金融マーケットに大きな影響を与える重要な要素である。シェール・オイルは通常の原油よりも生産コストが高いため、WTI価格を高止まりさせておくことは同政権の政策に沿っているはずにもかかわらず、このような奇妙な発言をしている。
オバマ前政権においてシェール・オイルやシェール・ガスがハイライトされた2010年代前半から中盤にかけて原油価格は低迷を続けたが、それはサウジアラビアが原油を増産させ続けたからだという声もある。当然これは原油生産・輸出が主要な産業であるサウジアラビアにとって諸刃の剣であったわけだが、カショギ事件を受けて米国がそれへの意趣返しをしたとも取れなくもない。
その意趣返しの真偽はともかくとして、読者にとって気になるのは原油価格がこのまま下がっていくのかということであろう。そうした原油価格の行く末を考えるのが本稿のテーマである。
サウジアラビアを始めとして中東諸国、特に湾岸諸国は原油生産量が多いため、中東情勢が原油価格に影響を与えるのは明らかだ。しかし、近年にわかにプレゼンスを高めてきているのが、米国を含む米大陸なのである。
原油生産量ではなく埋蔵量を見ると、実は米大陸にある諸国がトップ10の少なくない地位を占めていることが分かる。英国の石油メジャーであるBPが毎年公表している統計の2017年版を見ると、原油確認埋蔵量の首位はベネズエラである。昨今、米国から経済制裁を受け、またデフォルト宣言をしていないとはいえ一部不払いを起こしハイパーインフレーションに困窮する同国だが、第2位のサウジアラビアの1.2倍近い確認埋蔵量を誇る。また第3位はイラン、イラク、ロシアを抑えてカナダがランク・インしているのだ。ブラジルやメキシコもまた、トップ10にはランク・インしてはいないものの世界でも有数の産油国である。この統計からも明らかな様に米大陸は原油マーケットにおいて隠れた影響力を有しているのだ。
その米大陸の諸国が、実は軒並み原油マーケットを「上昇」させていくような動きを見せにかかっていることに注意しなければならない。まず注目したいのがブラジルである。先月28日に大勝し新大統領となったブラジルのボルソナロ大統領は「ブラジルのトランプ」と呼ばれるほどの極右とされており、その大勝にトランプ大統領が歓迎のコメントを寄せたほどである。そのボルソナロ新政権はブラジルの重債務を受けた政策としてオフショア油田の売却を推進する旨明言しており、同政権はそれが270億ドル相当の価値に達するとの試算をはじき出している。
その次に注目したいのがメキシコである。中南米では第2位に位置する産油国である同国は12月1日(メキシコシティ時間)にオブラドール新大統領が正式就任する予定である。2013年には原油開発・精製を行う上流部門に関し民間企業の参入を許可し、ますます原油開発が加速化する可能性がある。しかし、国営石油企業であるPEMEXは世界でも最も重債務を抱える国営石油企業でもある。
そして世界最大の原油埋蔵量を誇るベネズエラを忘れてはならない。非常に厳しい経済状況にある同国はその困窮のため原油生産を昨年1月から40パーセントほど減じている。しかし昨日、国営石油企業であるベネズエラ国営石油会社(PDVSA)がカナダ企業との間で子会社売却を巡る判決に従い、カナダ企業に対し支払いを行うことを約すると興味深い発言を行っているのだ。国庫に資金が殆ど無いにもかかわらず、非常に奇妙な動きをしていると言わざるを得ない。
そうしたベネズエラに勝訴したカナダにおいて、ガス価格や原油価格が低迷した結果、経済的な危機状態に陥る恐れが国営メディアによって報じられた経緯がある。カナダも米国に負けずシェール・オイルを生産している。カナダもまた原油価格の上昇を望んでいるのである。
米国は米国で、トランプ大統領が原油価格は下落すべきというツイートを行った。しかしトランプ政権が方針を二転三転させることは何度も我々が見てきたとおりである。それ以上に興味深いのがブラジルに米国が異常接近しているということだ。今週(25日週)、ボルトン米国家安全保障問題担当大統領補佐官がボルソナロ新大統領と、キューバ動向を巡りブラジルを訪問すると報道されている。前述のとおり、ボルソナロ政権はオフショア油田を売却するとの方針を提示しているが、それに当たっては売却価格を増加させたく、それには原油価格高騰が続いて欲しいというモチベーションを有している。米国もまた、長期金利の上昇が続く中でシェール・オイル企業が倒産する危険性がにわかに深刻化する恐れがあるため、このまま原油価格の低迷が続くことは望ましいわけではない。
以上の米大陸の動向を踏まえると、この異常な原油価格低迷は弊研究所が分析を行う際に基本とする「ルシャトリエの原理」(「上げ」は「下げ」のためであり、「下げ」は「上げ」のためであるという原理)に則った動きであると考えるのが自然であると考えている。すなわちこの下落はこれからの上昇を睨んだものである、ということである。
無論、中東情勢がここに加わるため、仮に上昇に至ったとしてもそれが長続きするという保障は無い。しかし、まずは今までの下落から一転して上昇に、そしてさらに下落へ、という非常にボラティリティーの激しい展開になる蓋然性が高い。この様な不確実な未来における羅針盤を弊研究所はたとえば定期セミナーにおいて示してきた。来年1月19日(土)開催予定の「年頭記念講演会」でも、この様な不確実な金融マーケットや経済の見通しについて言及する予定である。
原油マーケットは単なる投資ポートフォリオにのみならず、自動車や船舶、はては農業(ビニールハウスでの暖房)を通じて実体経済にまで影響する。金融マーケットの乱高下が続くことは言うまでもない。その中で何を考えるべきか。その一助としてまずは原油マーケットの現状と近未来を示す次第である。
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。
大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。