経済産業省が2018年3月に公表した「我が国企業による海外M&A研究会報告書」では、海外M&Aを成功させるための示唆に富んだ内容が記されている。本稿では、この報告書から、海外M&A成功のために重要と思われる部分をピックアップして紹介する。
海外M&Aの成功に必要な3つの要素
近年、⽇本企業が海外企業を買収するIN―OUT型のM&Aが活発になりつつある。国内市場の成熟に伴い、日本企業にとって海外への投資は今後の成長を占う上でも重要なものと言えるだろう。
そこで経済産業省では、海外M&Aに関する学識や実務経験を有する専門家を集め、2017年8月より数次にわたって「我が国企業による海外M&A研究会」を開催してきた。
上述した研究会の報告書では、海外M&Aを成功させるのに必要な要素を3点提示している。項目は、①M&A戦略ストーリーの構想力、②海外M&Aの実行力、③グローバル経営力の強化である。
「海外M&Aがなぜ必要なのか」への問
海外M&Aで課題となるのは、目的よりも目先の成果に走りがちになる点だ。企業にとって海外市場でのM&Aは大きな事業だ。成熟化や豊富な剰余金などから「まずは成立させたい」という、過程を目的化しがちな傾向がある。
これに対して「M&A戦略ストーリーの構想力」では、企業の成長戦略や将来に目指す姿から逆算したストーリーを具体化し、「海外M&Aがなぜ必要なのか」という位置づけを明確にすることを挙げている。
戦略決定の在り方を見直してみると、たとえば、自社のリソースで成長を目指す「オーガニック成長」やM&A以外の方法でパートナーシップを模索する「提携」などの代替案も出てくる。結果として、必ずしも海外M&Aをする必要もなくなる可能性もあるだろう。
また、逆にしっかりとした比較検討にもとづいてM&A戦略を採用したのであれば、今度は経営トップがストーリーテラー(語り部)として、これから企業が目指すビジョンや経営戦略などを社内外にも発信することができるようになる。
主体的なM&A遂行能力の育成
前項において「海外M&Aがなぜ必要なのか」の答えが明瞭に出た上で必要と判断したのであれば、次に課題となるのは「どうすればいいのか」という実行の段階になる。
そして実行のためには、ただ待つのではなく、能動的に準備をすることが奨励される。能動的な準備とは、企業自身がM&Aに関する十分なリテラシー(知識や能力)を身につけ、外部のアドバイザーに過度に依存することなく、主体的にM&Aを遂行する能力を身につけることだ。
海外に限らず、M&Aを実行する過程では、各工程において専門知識やスキルが要求されることが少なくない。これらは例えば「詳細な財務調査(デューデリジェンス)」、「企業価値の評価(バリュエーション)」、「条件面での交渉」、「契約の締結」、および「取引後の統合プロセス(PMI:Post Merger Integration)」といったものが挙げられる。
海外M&Aを考えるのであれば、上述のような能力を平素より身につけ、かつ準備しておくことで、いざ実行の段階において各プロセスが成功してゆくのである。
海外M&Aを通じたグローバルカンパニーへの変革
海外M&Aを行うとは、経営力の強化であると同時に企業が世界に進出したことをも意味する。そして買収した海外子会社から成果を得るには、国内にある本社そのものもよりグローバルな体質になるような変革を行わなければならない。
これは例えば、海外でも通じるスキルの高い人材の育成や経営手法の学習、国際的な体質になれるような組織作りなど、買収先のグループ全体に変革をもたらす企業になることを指している。
国内のみにおける「ローカルカンパニー」ではなく、世界で通じる「グローバルカンパニー」になることは企業が進化することでもある。海外M&Aを契機に、企業はグローバルカンパニーを方針として掲げてゆくことが大切である。
海外M&Aの成功に向けた、経営トップが行うべき変革とは
さて、海外M&Aの成功に向けた3つの要素を満たすには、経営者自身の変革も要求される。海外M&Aを行うにあたり、経営者自身は何もわからないまま、ただ外部任せ、部下任せにするのではなく、経営者自身も海外M&Aについて学び、その本質を理解し、自ら音頭を取る気概が求められる。そしてその上で人に任せることが大事なのである。
3つの要素を兼ね添えた経営者として、グローバルカンパニーを目指す
企業にとって初めての海外M&Aは大きな事業となることだろう。しかし買収をしたからといって、買収先の企業が必ずしも自社のニーズを満たしてくれるとは限らない。良い買収先が現れるまで「待ち」の姿勢で臨んだり、ときには断腸の思いで撤退の決断をしたりすることもあるかもしれない。
しかし、これらの課題を乗り越えた向こうにはグローバルカンパニーとしての繁栄が広がっている。グローバルカンパニーになることを目指し、経営者自身もさらなる変革を自らに課してゆくことを心がけよう。