世界経済の先行きが暗くなってきた。米中対立が貿易赤字問題からデジタル覇権争い、中国締め出しに変わってきたからだ。日本経済は、中国の打撃が貿易を通じて波及してくる。いくつかの選択肢を考えると、日本政府がトランプ大統領の強硬姿勢に乗るのは間違いだし、かといって何も関与しないこともできない。今、何をするのが正解なのかを考えなくてはいけない。
新しい対立の段階
12 月1 日は、ターニング・ポイントだったかもしれない。米中首脳会談では、米国が2019 年1 月からの2,000 億ドルの制裁関税を25%に引き上げるのを、90 日間延長して2月末までの協議中は棚上げにすることを決めた。筆者は、その時点では、中間選挙後、トランプ大統領が軟化したと喜んだ。しかし、これは完全なぬか喜びであった。同日、カナダでファーウェイの副会長が逮捕されていたことが判明したからである。この逮捕は、トランプ大統領自身は当日は知らなかったという。また、貿易交渉とも関連するものではない。しかし、12 月10 日に日本政府は、中国製通信機器の排除に向けて指針をまとめる。米国から同盟国への要請を受けてのことである。日本の携帯大手は5Gへの切り替えに向けて中国の通信機器を基地局に使用しない方針である。もしも、中国企業が自国製品を通じてデジタル・データを収集しているとすれば、安全保障上、重大なことになる。サイバー・セキュリティの観点から、中国企業を排除する。また、サイバー・セキュリティ問題は、中国企業以外のプラットフォーマーに対しても顧客情報の流出リスクとして共通する難題でもある。日本政府は、急遽、情報管理のルールづくりに動き始めている。
こうした一連の措置は、今までのトランプ大統領が貿易赤字を問題視している問題とは次元が違っている。むしろ、中国がデジタル覇権を狙って、国際的シェアを拡大させようとする活動に待ったをかけるものである。これは、米議会も同じ考え方を持ち、自由貿易のメリットよりも安全保障上の必要を優先させたものである。米中の新冷戦という人もいる。少し詳しく言えば、相手が白旗を上げるまで、長くて出口のない持久戦が続くことを冷戦という言葉は象徴している。
中国包囲網
今回の対立に至るまでの伏線になる事件が2つある。ひとつは、トランプ大統領が2018 年4 月に中国通信会社ZTEに対して部品供給を停止する措置を実行しようとしたことである。ZTEは、イランと北朝鮮に米国製の機器・部品を組み込んで2010~16 年にかけて輸出していた。それに対して部品供給を米国が止めようとしたので、ZTEは破綻の手前まで行った。このとき、習近平主席がトランプ大統領にかけ合って罰金と経営陣の交代を決めることで切り抜けている。このときも、ファーウェイは次のターゲットとして名前が挙がっていた。
さらに、2018 年8 月には、「国防権限法2019」が、米議会を通ってトランプ大統領も署名した。中国の通信5社を締め出すことを決める法案だ。この法律は、2019 年8 月までに米政府機関が、中国の通信5社の製品またはその部品を組み込んだ他社製品の調達を禁止する。そして、2020年8月からは、この通信5社の製品を利用する世界中の企業が、米政府機関と取引できなくなる。こういった対応は、米国が北朝鮮やイランに対して行っている締め出し策とよく似ている。中国が、北朝鮮やイランと同列に扱われてよいかどうかは、疑問が残る。
米国が狙っているのは、中国の通信会社が国際シェアを広げて、米国と同盟国の安全保障を脅かすことを許さないということだ。「中国製造2025」は、次世代技術、IT産業などの国際シェアを高めることを目標に揚げている。それが、軍産複合体の活動に見えるので、米国からみると、中国は経済覇権の名を借りて軍事的台頭を目指しているように感じられるのだ。米国は、中国のハイテク企業が地力をつけて、デジタル・エコノミーの下克上を果たそうとする動きを潰しにかかっている。観測報道では、中国政府は「中国製造2025」を手直しするという話もあるが、小手先の変更でトランプ大統領が納得するとは到底思えない。日本は、否定なく、米国の利害に巻き込まれている。日本は中国との間で、政経分離を貫くことはできない命運にある。
日本にとっての利害
日本経済にとって、米中対立は害ばかりが大きい。中国通信大手に対して、日本企業が部品供給を停止すると、日本企業は中国という大きな販路を失う。また、中国通信5社の製品をよく知らないで利用していた日本企業が、後から米企業との取引きを停止される事態も起きないとは限らない。カナダで起きた事件は、そうした不安を連想させるものでもある。そうした事故が起きない防止措置を徹底させるだけで相当なコストがかかる。仮に、中国貿易の一部が完全に禁止されると、それは保護貿易のデメリットの究極の姿となる。
また、中国経済も、日本などからの直接投資を失い、マクロ経済は停滞する。その打撃は、間接的に日本からの輸入減へとつながる。中国に進出する日本企業は、ベトナムなど中国以外に工場移転する。そこでの投資の損失もまた巨大であろう。
おそらく、同様のショックは、米企業や台湾・韓国、欧州企業にも起こり得る。中国市場が成長できなくなることは、リーマンショックの次に襲ってくる大波となる。今度は、安全保障上の問題が絡んでいるので、貿易問題と違って元に戻ることはできない。また、結果として生じる貿易取引の停滞は各国の経済対策だけで乗り切れない。ポスト・リーマンショックとしての中国リスクを警戒しなくてはいけなくなる可能性がある。
いくつかの選択肢
不透明な未来について、いくつかの日本の選択肢を考えてみたい。
ひとつは、米国がつくる包囲網の中で、日本が積極的な役割を果たすシナリオである。すでに、知財問題は、米国だけでなく、日本やアジア諸国でも問題視されている。中国企業が知財の侵害をすることに強硬な態度で臨み、中国流の商慣行が国際的な基準からみて是正すべきものだと批判する対応である。
しかし、こうした厳しい態度は、中国から米国以上に恨みを買うだろう。中国は日本に対して政経分離の原則を守り続けてほしいと期待するだろうから、日本は積極的な圧力に組するよりは、どこかに節度を持って臨むという態度をみせる方がよい。また、中国に対するメッセージとして中国の取引慣行には体質改善を促す方がよい。
次に、日本の別の選択肢として、なるべく関与しないという立場もある。トランプ政権の保護主義にはなるべく妥協しないという点で、日本は欧州とも利害一致している。だからこそ、カウンターパワーとして2019年に入ると日欧EPAが発効し、TPP11も動き出す。米国には、貿易連携で別の包囲網をつくって、TPPなどの域内貿易を活発化させる。そして、いつかトランプ大統領がいなくなって、自由貿易の陣営に戻ってくるのを待つ。
しかし、こうした関与しない姿勢は、米中対決が尖鋭化する中でどこまで保っているかは疑問だ。米国は中国に対して次々に要求を出し、包囲網を強化していくだろう。日本は、旗色をはっきりさせることを要求されるだろう。この間、欧州のリーダーたちは、一昔前よりも政治基盤が安定していない。安定しているのは日本の方である。
筆者は、日本の採るべき選択肢に関して、具体的な解答を持っていない。究極的な着地点は、中国が習近平体制になって様々に覇権を唱えるようになったことが、米国に脅威を与えているので、その覇権を降ろすことが正解であると考える。伝統的には日本は政経分離の原則で中国との関係を維持してきた。この原則は、中国が覇権を唱えない限りにおいて、過去も未来も有効である。覇権を求めている点では、中国もトランプ大統領もあまり変わりがなく、ともに全面的な賛成ができない。覇権争いに加わらず、政経分離を唱え続けることが唯一の解に思える。
もともと自由貿易は、経済の相互依存関係を強めることで、軍事的対立のデメリットを大きくするベースをつくっている。日本でも、昔は石橋湛山が小日本主義を唱えて、満蒙権益など小さいから放棄せよと喝破した。歴史に学ぶと、中国がかつて日本にあった小日本主義をもっと理解すれば、もっと良くなる。経済外交の具体策はないが、理念としての小日本主義はよい知恵だと考えられる。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生