例えば、熱が出て病院に行こうとします。その際、日本では自分でどの病院にかかるか、自由に決めることができます。近所の小さなクリニックでも、施設の整った隣の市にある総合病院でも、健康保険証があれば一律の自己負担割合で受診できます。これが日本の医療保険制度の特徴の1つである「フリーアクセス」です。

「ごく当たり前」と思われるかもしれませんが、普段、中国など海外の医療保険制度をウォッチしている筆者にとって、日本ほどユーザーフレンドリーな医療保険制度をもつ国はないと思います。でも、ユーザーフレンドリーであればあるほど、制度の維持にはコストがかかります。

「フリーアクセス」であるがゆえの弊害

大病院の初診料
(画像=PIXTA)

日本の社会は高齢者が急速に増え、若い働き手が減少する中で、医療保険の財政も厳しい状況に置かれています。しかも「2025年問題」として取り上げられているように、同年には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になり、今後、医療財政が更に逼迫すると予測されています。制度を維持していくためにできることとして様々な改革が進められていますが、そのうちの1つとして2016年度の診療報酬改定から導入されたのが、「紹介状なしの大病院受診時の定額負担(初診時・再診時の選定療養費)の義務化」です。

実は、病床が200床以上の病院では、すでに初・再診において定額の料金を徴収しています(1)。この定額負担の目的は、病院と地域の医院や診療所の役割分担をはかることにあります。日本の医療保険制度は、「フリーアクセス」の浸透とともに、更に良い医療サービス、環境が求められるようになり、軽度な症状や症状が比較的安定している慢性病などでも、高度な医療技術や設備が整った大病院に患者が集中するようになりました。これによって、医師の仕事量や病院の業務にも大きな負担がかかる状況が醸成されてしまいました。

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(1)厚生労働省「外来医療(その2)紹介状なしの大病院受診時に係る選定療養について」、なお、400床未満については義務化されていません。

2016年度から、紹介状なしに大病院を受診した場合、定額負担として最低5,000円(税抜)が別途かかることになりました。

上掲の状況を改善すべく、軽度や初期の治療は地域の医院や診療所のかかりつけ医で、高度で専門的な治療は規模の大きな病院で行うという、それぞれの病院が持つ機能や役割を分担し、且つ業務の連携をより推進することを目的として、定額負担制度が導入されることになりました。2016年4月に導入された「紹介状なしの大病院受診時の定額負担」は、ユーザー(患者)側に相応の負担を求めることで、自身の症状に見合った医療機関を選択するように促した策とも言えるでしょう。

定額負担の対象となる大病院には2種類あります。

1つ目は、「特定機能病院」と呼ばれる病院で、高度の医療の提供・医療技術の開発・研修を実施する能力などを備えた病院となっています(2)。2017年6月1日時点で、日本では85の病院が指定されており、多くが大学病院の本院となっています(3)。

2つ目は、一般病床400床以上の「地域医療支援病院」に分類される病院です。制度導入当初は500床以上を対象としていましたが、2018年の診療報酬改定で対象が拡大し、400床以上となりました。地域医療支援病院とは、地域医療を担うかかりつけ医を支援する能力を備え、地域医療を支えるに相応しい設備などをもつ病院のことです。2018年11月末時点で571病院が指定されています(4)。

患者による定額負担は、最低金額として、初診については5,000円(歯科は3,000円)、再診については2,500円(歯科は1,500円)となっています(5)。

ただし、定額負担を求めない例として以下の内容も決められています。例えば、救急の患者、公費負担医療の対象患者、無料低額診療事業の対象患者、HIV感染者などです。また、その他、定額負担を求めなくても良い場合として、自施設の他の診療科を受診中の患者、医科と歯科の間で院内紹介した患者、特定健診・がん検診などの結果により精密検査の指示があった患者が挙げられています。

なお、紹介状について、少し詳しく説明をしますと、紹介状の正式な名称は診療情報提供書と言います。患者の病歴やこれまでの治療、病状など、医療機関が患者情報を共有し、紹介先の医師が助言をするために必要な情報を記載した文書です。地域の中小病院や診療所が発行し、費用全体は2,500円ですが、3割負担の場合の自己負担費用は750円となります。病院によっては紹介状以外に検査や診断の結果やデータが必要となる場合もあります。

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(2)厚生労働省「特定機能病院について」
(3)特定機能病院の85病院中、大学病院の本院は78病院となっています。
(4)厚生労働省「医療施設動態調査」(平成30年11月)
(5)具体的な定額負担の金額については、各病院が任意で決定することになっています。

制度の浸透や効果がでるには一定程度の時間が必要

それでは定額負担制度の実施状況はどのようになっているのでしょうか。

少し前の調査になりますが、中央社会保険医療協議会による実施状況の調査報告によると、導入後半年が経過した2016年10月時点では、500床以上の病院において、紹介状なしの患者の比率は前年より2.9ポイント減少し、39.7%となりました(6)。義務化となってそれほど時間が経っていないこともあるかと思いますが、効果は小さく、初診患者のうち、およそ4割が紹介状なしの状態で受診していることが分かります(図表1)。紹介状なしの患者のうち、定額負担の対象となる患者はおよそ34.1%と3割程度に留まっています。つまり、大部分を占める残りの65.9%は定額負担の対象外の患者になっています。

大病院の初診料
(画像=ニッセイ基礎研究所)

紹介状を持たない患者であるものの、受診時の定額負担を徴収しない患者については、自院の他の診察科を受診中(97.4%)、公費負担医療の対象患者(95.3%)、医科と歯科の院内紹介(88.5%)などの状況もありますが、救急の患者(85.9%)、災害により被害を受けた患者(75.9%)や、周辺に診療できる医療機関がない疾病の患者(8.4%)など、自然災害などやむを得ない状況や、地域の医療環境なども影響しているようです(図表2)。

大病院の初診料
(画像=ニッセイ基礎研究所)

一方、定額負担の制度導入に際しては、外来診療の機能分化、医師や病院の業務負担の軽減も期待されていました。上掲の調査によると、外来の機能分化については「一定程度進んだ」が28.3%を占める一方、「変わらない」(38.2%)、「あまり進んでいない」(7.9%)、「全く進んでいない」(0.5%)と変化がないことを示す回答を合計すると46.6%を占めました(500床以上の病院、図表3)。加えて、勤務医の負担軽減に関する効果についても、「一定程度軽減された」が9.9%を占める一方、「変わらない」(53.9%)、「あまり軽減されていない」(9.4%)、「全く軽減されていない」(1.6%)と、軽減効果を感じないことを示す回答の合計が64.9%を占めました(500床以上の病院、図表4)。外来診療の機能分化、医師や病院の業務負担の軽減は、一定程度の効果はあるものの、多くが実感できていないと言えるでしょう。

大病院の初診料
(画像=ニッセイ基礎研究所)

制度としての義務化が浸透し、その効果が出るには、制度の必要性への理解や周知に加えて内容の改正など、一定程度の時間が必要となるでしょう。2018年の診療報酬改定では増加傾向にある400~499床の病院も定額負担の対象に加わり、今後、その効果がより高まることが期待されています。

医療サービスのユーザー(患者)側としては、そもそも住んでいる地域に病院が少ない、細かい条件など制度が分かりにくいといった問題や、病院側としては患者の減少の懸念など経営上の課題、周知や理解への人的・時間的コストなど様々な課題があるかもしれません。

いずれにしても、全ての国民が医療サービスのユーザーでもある以上、現在の医療保険制度を将来にわたって維持していくにはどうするべきか、受ける利益のみならず、自身の負担についても再考する必要があるではないでしょうか。

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(6)中央社会保険医療協議会、平成28年度診療報酬改定の結果検証に係る特別調査「かかりつけ医・かかりつけ歯科医に関する評価等の影響及び紹介状なしの大病院受診時の定額負担の導入の実施状況調査」 、なお、調査時は500床以上が定額負担の対象となっていたため、調査は500床以上と200~500床未満、200床以上の全病院など設問に応じて分類されています。

片山ゆき(かたやま ゆき)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 准主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

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