次世代の銀行のあり方、これからのお金との付き合い方についての考察を深めたムック『NEXT GENERAION BANK』(日本経済新聞出版)の出版を記念したトークイベントが2月23日、東京・渋谷のWeWorkアイスバーグで開催された。アリババ、アントフィナンシャル ジャパンの香山誠代表や元ソニー会長の出井伸之氏(クオンタムリープCEO)らが登壇、伸長著しいアリババの現状や狙いについてのプレゼンや、課題、日本として取り組むべきことについての議論が行われた。また憲法学者と弁護士がスコアリングについての是非を考えるセッションもあった。
「NEXT GENERATION BANK and BEYOND お金が変わると社会が変わる 次世代銀行から見える、次世代社会の設計図」と題して行われたこのイベント。WeWork Japan、博報堂コンサルティング、そして同ムックを編集した黒鳥社(blkswn publishers Inc.)の三者による共催で、100人近くが来場した。(取材・濱田 優 ZUU online編集長)
アリババグループが起こしつつあるデジタルディスラプション
まずアリペイ(支付宝)ジャパン執行役員の小滝浩哉氏が登壇、「アリペイからみる、新しいデジタル社会のかたち」と題して話した。アリペイを、7億人以上が利用している世界最大のQRコード決済サービスと言われていると紹介。同社の発表ではないものの、中国のキャッシュレス決済市場は2017年時点で500兆円以上の規模といわれている一方、日本は64兆円にとどまっているなどと指摘した。
中国でアリペイが普及した要因として、オンライン決済ユーザーの多さだけではなく、初期費用0からという安価な店舗導入コスト、アプリ内の強力なマーケティング機能にあると説明。そのうえで、同社のサービスを消費者向けと事業者向けに分けて解説した。
消費者、事業者の両者向けに提供している「決済」のほか、消費者向けには、「資産運用」と「信用証明」のサービスを提供している。「資産運用」の分野では、18年春の段階で残高24兆円ともいわれるMMF・余額宝や、分割・後払いできるサービス花唄などを紹介。信用証明では、芝麻信用が提供しているスコアリングサービスについて説明した。これは個人の信用力を950点から350点の間で数値化するもので、たとえば700点以上あれば自動車に試乗する際の保証金が無料になったり、シンガポールのビザの審査が簡易化されたりといったメリットがあり、中国では既にかなり浸透しているという。
事業者向けサービス・機能としては、「1to1」で、「位置情報」や「効果分析」を活用したマーケティング機能を提供していると説明した。
アリババはオンラインとオフラインを組み合わせた「新零售」(新小売。ニューリテール)という概念を打ち出し、進めている。具体的には、統合マーケティングツール「Uni Marketing(ユニマーケティング)」を活用、Uni IDと呼ぶビッグデータを活用し、購買や決済などのデータから、個人情報にはタッチせず属性分析をしてマーケティングに活用できるという。
グループの実際の取り組みとして、スーパー「盒馬鮮生」(フーマ)の事例が紹介された。フーマの店舗では、利用者は商品のコードを無人レジで読み取って購入するため、接客の必要がないという。またオンラインでも注文できるため、店内にはオンラインで受けた注文をさばく店員が存在するという。また、あらゆる商品の購入・配達してくれるサービス「ウーラマ」は、年間利用者が1.67億人以上にのぼる。
これらの説明は、ニューリテールの概念を説明した映像のプレゼンとともに行われ、会場からはその先進性に驚きの声があがっていた。
デジタルディスラプションは欧米ではなく中国から起きている
次のセッションでは、アリババ(日本法人)の香山代表、出井・クオンタムリープ代表が登壇。「デジタル中国に日本が今学ばなければならないこと」と題して議論を交わした。ムック責任編集の若林恵氏がモデレーターを務め、中国のパパママストアの存在について触れると、香山氏は「そうした店をつぶすことなくデジタルラッピングして新しい価値を持たせている」と意義を強調。出井氏は「アリババは個人やベンチャーの生きざまを変えている」「アリババはGAFAがやっていることを1社でやっている」と評価した。
香山氏は日本や欧米の常識と、中国を中心としたアジアの常識は違うと指摘。たとえば日本は近代の工業化とネット化・デジタル化が段階を踏んで進んだが、中国は同時に進んでいると説明。既にアリババは不動産大手の大連万達集団(ワンダ・グループ)に出資したり、業界3位の百貨店を買収したりしていることについて触れたうえで、日本の小売業界は「デジタルに攻められて嫌々デジタル化をやっているが、それではカスタマーエクスペリエンスがよくなるはずがないし、でき上がったものが違って当然」と指摘した。
香山氏はまた、先述したニューリテールの説明映像の中で、ショッピングモール内の女性化粧室にある鏡がデジタル化され、待ち時間にリップスティックを試したり買ったりできる事例が紹介されたことを引き合いに、「デジタルディスラプションは米国でも欧州でもなく中国で起きている」と話した。
信用スコアが進むことによるメリット・デメリット 法律の専門家が議論
次のセッション「デジタルマネーVS個人データ」では、著書『AIと憲法』(日本経済新聞出版社)などで知られる慶應義塾大学法科大学院の山本龍彦教授と、佐藤明夫弁護士(佐藤総合法律事務所代表)が信用スコアや個人データの是非、課題などについて議論した。
山本教授はスコアそれ自体には基本的に賛成としたうえで、ポジティブな側面として、(1)効率化(それによる余暇の増大)、(2)取引の安全の向上、(3)社会の安全の向上(規範の内面化)――を挙げた。その一方、ネガティブな側面として、(1)過去の差別の再生産(人種、ジェンダー、特定地域の居住者等へのバイアスなどが入り込む危険)、(2)超監視社会の出現(AI社会とはより多くの情報を必要とする「モアデータ社会」であり、監視社会を加速化させうる)、(3)バーチャル・スラムの誕生(ロースコアの者が社会の下層に固定化される問題)、(4)スコアに遺伝情報などが使われることによる、生まれによる差別の復活などを挙げた。
佐藤弁護士は、百科事典とWikipediaを引合いに出してネット前の時代とネットの時代における個人の心理の変化を説明。前者は「無謬」(間違っていないこと)が当然の前提だったが、後者は、利用者も「間違っているかもしれない」という推定の下で使っている、つまりネットの情報そのものが、ある程度間違っていても社会的に許容されることを前提になっていると解説。それゆえ「ネットの削除要求、つまりネットの情報を正しいものにしようとすることは、本気でやろうと思うと相当タフ」として、一度誤った情報がネット上に記録されてしまうと、それを正しくしていくことは現実問題として相当難しいと話した。
また佐藤弁護士は、「日本は歴史的にはムラ社会で、自分のプライバシーに対してある程度寛容だった結果、現在でも、諸外国と比べ、自分の情報がネットに出ていくこと、スコアリングされることについて感受性が低いのではないかと疑っている。ただし、それをそのままにしていると、スコアリングが進んで格差が広がり、さらには格差が固定化される社会になっていくが、それは、戦後の極めて平等な社会を生きてきた我々にとって、経験したことのない、恐ろしい社会と向き合うことを意味する」とも述べた。
山本教授は「スコアリングは100%ではないので、これに対して争うことができないといけない」と認めたうえで、中国でさえ、法律により争う権利を認めるなどGDPR(EU一般データ保護規則、「忘れられる権利」などプラットフォーム企業による個人データの濫用に対するけん制・規制を目的とするEUのルール)のスタンスを部分的に採用していると解説した。
信用スコアは誰のものか
若林氏は、企業による個人データの利活用はクレカ会社などもやっているとして、「要は新しい問題ではない」と指摘。「学校の成績は個人のものか学校のものかという議論がある。『自分のデータ(成績)を自分のもの(適切に評価されたもの)と認めない』という人もいるはずだ。(企業も従業員を評価することから)企業在籍時のデータは企業のものか従業員のものかという点については、GDPRの原則では個人のものであり、データポータビリティの原則から活用できるはずだが、果たして信用スコアはどうなのか。複数のスコアリング事業者ができた時にどういう取り扱いになるのか」といった疑問を提示した。
山本教授は、スコアについては利用目的や範囲を限定すれば、従来と(運用や課題は)変わらない部分があると指摘。しかし、高いスコアを得た人はどんどん使いたくなるので、事実上スコアが広がっていく可能性があると話した。
佐藤弁護士は、個人データの利活用の延長におけるリスクとして、Facebookの情報漏えいの問題を例にとり、「あの事件によって、個人情報保護の重要性についての社会の認識が劇的に上がった気がする、つまり、最も怖いことはデータが政治利用されることと、初めて具体的に認識したと思う」と話すと、山本教授は、Tカード情報が裁判所の令状なしに捜査当局に提供されていると報じられたニュースを引き合いに、(これが事実だとすると)事実上の官民共有が行われる可能性もゼロではないと指摘した。
高い利便性などのメリットや、企業や行政による個人の監視といったデメリットに目が行きがちだが、その他にも議論すべきポイントが多く存在することを示唆したセッションとなった。
「お金のパーソナルトレーニング」のブーキー、「CFOコンシェルジュ」のビズバルも登壇
このほかのセッションでは、「インディアスタックと21世紀のビジネスインフラ」と題して、経済産業省の瀧島勇樹氏が「インディアスタック」と呼ばれるインドのデジタル・インフラについて解説。「公共インフラとしてのデジタルプラットフォーム」とのセッションでは、瀧島氏と岩田太地・NECフィンテック推進室長が議論を交わした。
各セッションの間には、WeWorkに入居しているスタートアップ企業がプレゼン。お金のパーソナルトレーニングを提供している株式会社bookee (ブーキー)の児玉隆洋社長と、CFOコンシェルジュサービスを始めた株式会社BIZVAL(ビズバル)の中田隆三社長が登壇し、各社のビジネス概要やWeWorkの良さを紹介していた。