医療保険制度の破綻とは?
自分が加入している医療保険制度が破綻することはないのだろうか。仮に、破綻してしまったら、自分の医療保険のカバーはどうなってしまうのだろうか、というのは誰しもが不安に思うものです。
「破綻」という意味合いをどのように定義するのかにもよりますが、「制度を運営する保険者が、財政的に苦しい状態になって制度を継続できなくなり、制度を廃止し、保険者が解散する」という意味合いで考えるとすれば、個々の保険者ベースではこのような状況も十分に考えられることになります。
実際に、昨今は、健康保険組合が、財政的に苦しい状況から「解散」するというニュースを聞く機会が多くなっているのではないかと思われます。因みに、健康保険組合連合会が2018年4月に公表した資料(1)によれば、2018年度決算で赤字となる健康保険組合は6割を超えると想定されており、こうした状況を踏まえて、今後も健康保険組合が「解散」するケースが増加してくることが懸念されることになっています。
以前に、日本の医療保険制度が、「大きくは被用者保険と地域保険という2本立てて構成された「国民皆保険」制度となっており、10の保険制度、3000を超える保険者から構成され、多数の制度や保険者が存在する複雑な制度となっている。」ということについて、基礎研レター「医療保険制度にはどんな種類があるの?」(2018.4.23)で説明しました。
これらの各種の医療保険制度については、その根拠となる法律が定められています。その中に制度によっては「解散」についての規定も存在しています。
以下では、このような「解散」の規定がある制度として、健康保険法における健康保険組合の例を中心に、どのような状況になったら「解散」になるのか、「解散」した場合にはどのような対応が行われることになるのか、また「解散」したら、その制度に加入していた被保険者(加入者)はどうなるのかについて説明します。
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(1)https://www.kenporen.com/include/press/2018/20180423.pdf
組合管掌健康保険組合(組合健保)の場合-組合の解散-
ここでは、組合管掌健康保険組合(組合健保)の場合について、説明します。
結論を先に言えば、組合健保が財政的に苦しい状況等のため解散した場合、組合健保の被保険者は、全国健康保険協会管掌健康保険(協会けんぽ)に移行することになります。
以下では、健康保険組合の解散について、健康保険法の規定に従って、その概要を説明します。
●健康保険法等の規定による解散
健康保険組合の「解散」については、健康保険法及び健康保険法施行令等に規定されています。
健康保険法第26条の規定によれば、健康保険組合は、以下の理由により、解散することになります。
(1) 組合会議員の定数の四分の三以上の多数による組合会の議決
(2) 健康保険組合の事業の継続の不能
(3) (健康保険法) 第二十九条第二項の規定による解散の命令
ここで、(3)のケースには、「事業若しくは財産の状況によりその事業の継続が困難であると認めるときは、厚生労働大臣は、当該健康保険組合の解散を命ずることができる。」と規定されています。
即ち、健康保険組合の収支状況が著しく悪化して、積立金等もなく、「その財産の状況によりその事業の継続が困難である」時には、健康保険組合の解散が行われることになります。
●健康保険組合が解散を迫られる状況とは
それでは、「解散が迫られる状況」とは具体的にはどのような状況になっている場合を指すのでしょうか。
これについては、例えば、健康保険法第28条に「指定健康保険組合」という概念が規定されています。これによると、「指定健康保険組合」とは、「健康保険事業の収支が均衡しない健康保険組合であって、政令で定める要件に該当するものとして厚生労働大臣の指定を受けたもの」と定義されています。
「指定健康保険組合」は、財政の健全化に関する計画「健全化計画」を定め、厚生労働大臣の承認を受けなければなりません。
なお、「指定健康保険組合」に指定される「政令で定める要件」としては、健康保険法施行令第29条に以下のように規定されています。
第二十九条 法第二十八条第一項の政令で定める要件は、一の年度の決算において支出(経常的なものとして厚生労働大臣が定めるものに限る。)の額が収入(経常的なものとして厚生労働大臣が定めるものに限る。)の額を超える状態が継続し、かつ、一の年度における健康保険組合の保険給付に要した費用の額(前期高齢者納付金等、後期高齢者支援金等及び日雇拠出金並びに介護納付金の納付に要した費用の額(高齢者の医療の確保に関する法律の規定による前期高齢者交付金(第六十五条第一項第一号イ及び第六十七条第三項において「前期高齢者交付金」という。)がある場合には、これを控除した額)を含む。以下この条及び第四十六条において同じ。)から法第五十三条に規定するその他の給付及び介護納付金の納付に要した費用の額を控除した額を当該年度における当該健康保険組合の組合員である被保険者の標準報酬月額の総額及び標準賞与額の総額の合算額で除して得た率が千分の九十五を超える状態が継続する健康保険組合であって、準備金その他厚生労働大臣が定める財産の額が同項の指定をすべき年度の直前の三箇年度において行った保険給付に要した費用の額の一年度当たりの平均額の十二分の三に相当する額を下回ったものとする。
即ち、概ね、「健康保険組合の支出が収入を超える状態が継続し」かつ「『保険給付に要した費用の額から介護納付金の納付に要した費用等の額を控除した額』を、『当該年度における被保険者の標準報酬月額の総額及び標準賞与額の総額の合算額』で除して得た率が、9.5%を超える状態が継続する」健康保険組合であって、「準備金等の財産の額が直前の3年間における保険給付に要した費用の額の1年度あたりの平均額の3/12に相当する額を下回った」場合とされています。
つまり、毎年の収支が赤字で、その水準が一定水準を超える状態が継続しており、さらに準備金等の積立額の給付額に対する割合が一定水準を下回っている場合、が該当していることになります。
●健康保険組合の健全化対策
「指定健康保険組合」に指定されると、「財政健全化計画」の提出を求められることになります。
財政健全化計画は、3年間の計画で、次の事項を記載する必要があります。
一 事業及び財産の現状
二 財政の健全化の目標
三 前号の目標を達成するために必要な具体的措置及びこれに伴う収入支出の増減の見込額
それでは、ここで規定されている「具体的措置」としては、具体的にどのような対応策が考えられるのでしょうか。
まずは、医療費の削減に向けた各種の取組みが求められることになります。この中には、組合健保の場合で、法定給付を上回るいわゆる「付加給付」(例えば、各組合健保が独自に行っている高額療養費に対する給付)を行っている場合の、その削減や廃止等も含まれることになります。
さらには、「保険料率の見直し」も行われることになります。これには、事業主と被保険者の合計の保険料率の引き上げに加えて、事業主が全体の保険料率の過半以上を負担している場合の「事業主負担から被保険者負担へのシフト(和半が限度)」も考えられます(全体の保険料率が変わらない場合には、事業主と被保険者の負担割合を変更しただけでは、収支への直接的な影響はありませんが、被保険者のコスト意識を高める効果は考えられることになります)。
このような給付や保険料率の見直し等を通じて、実質的に、各被保険者の実質的な負担が増加していくことになります。
●健康保険組合の解散時の対応
健康保険組合が解散しようとするときは、厚生労働大臣の認可を受けなければなりません。それでは、実際に解散する際にはどのような対応が行われることになるのでしょうか。
(1)健康保険組合の債務等
健康保険組合が解散する場合には、当然にその財産をもって債務を完済することが求められることになります。ただし、健康保険組合の財政状態によっては、これができない場合も考えられます。
この場合には、健康保険組合は、設立事業所の事業主に対し、「政令で定めるところにより」、当該債務を完済するために要する費用の全部又は一部を負担することを求めることができる、ことになっています。ここでいう「政令の定め」によれば、健康保険法施行令第27条の規定により、「設立事業所の事業主に負担することを求めることができる費用の額は、債務を完済するために要する費用の全部に相当する額とする。」となっています。従って、健康保険組合が負担できない場合には、事業主が残りの全額を負担する義務があることになります。
ただし、破産手続開始の決定その他特別の理由により、当該事業主が当該費用を負担することができないときは、健康保険組合は、厚生労働大臣の承認を得て、これを減額し、又は免除することができることになっています。
(2)健康保険組合の権利・義務の承継
健康保険組合が解散した場合、全国健康保険協会が、解散により消滅した健康保険組合の権利・義務を承継することになります。
●健康保険組合の解散時の被保険者の取扱と保障内容の変更
健康保険組合が解散した場合、組合の被保険者の保険カバーは、全国健康保険協会によって行われることになります。即ち、組合健保が解散した場合、被保険者は、全国健康保険協会管掌健康保険(協会けんぽ)に加入して、カバーされることになります。
ただし、移行に伴い、新たな協会けんぽでの給付内容等はこれまでとは異なってくることになります。必ずしも以前と同様の保険料負担で同様の給付が得られるとは限らないことになります。組合健保においては、基礎研レター「医療保険制度は、保険者ごとに給付の内容が違うの?」(2018.10.20)で説明したように、「付加給付制度」があり、充実した給付内容が設定されている場合がありますが、協会けんぽには付加給付はありません。さらには、傷病手当金や出産育児一時金のような給付も多くの組合健保は協会けんぽよりも充実しています。従って、一般的には、被保険者にとっては、以前の制度に比べて不利な状況になることが多くなります(一方で、協会けんぽに移行することで、将来の保険料率について、組合健保のままでは相当の上昇も覚悟しなければならないことも不安視されていたものが、比較的安定的になることが想定されるというメリットも享受できることになるという言い方もできるかもしれません)。
(参考)健康保険組合の財政収支が悪化し、解散が増加している理由
健康保険組合の財政収支が悪化して、解散するケースが増加しているのは、主として、①組合の被保険者の高齢化が進んで、医療費が増加していることに加えて、②65歳以上の高齢者の医療費を賄うための支出額が大きくなっている、ためです。
これらの給付の増加を賄うために、保険料率を引き上げていくことも考えられますが、一方で協会けんぽの保険料率が約10%であることから、組合健保の保険料率がこの水準を超えてくると、健康保険組合を組織する意味合いが薄れてくることになります。
保険料率が高いことに対応して、先に述べたように給付内容も充実している場合もありますが、付加給付などのメリットは、病気やケガ等をして、実際にその制度の恩恵にあずかるまでは、なかなかその存在の有り難さを認識することができないものです。これに対して、保険料の負担は被保険者全員が直接的に認識できるものです。従って、組合の被保険者の観点からも、健康保険組合を解散して、(保険料率が相対的に安くすむ)協会けんぽに移行するというインセンティブが働きやすい形になります。
全国健康保険協会(協会けんぽ)の場合
それでは、このように赤字で解散した健康保険組合の被保険者が、協会けんぽに移行していった場合、協会けんぽも財政的に苦しくなって解散することはないのでしょうか。
全国健康保険協会の解散については、健康保険法第7条の40の規定により、「協会の解散については、別に法律で定める。」と規定されています。
現時点ではこの法律は存在していません。この規定の意味するところは、「必要な状況になった場合に、国会審議等を経て、別途の法律を定める」という趣旨と考えられています。
協会けんぽは、現在国から切り離された公法人となっていますが、健康保険を運営する目的と被用者保険の最後の受け皿となる目的があります。従って、基本的には解散することを想定しておらず、現時点では「別の法律」は定められていません。
国民健康保険等の場合
その他の医療保険制度としては、特定被用者保険と呼ばれる各種の共済組合・共済制度や地域保険としての国民健康保険(市町村国保)や後期高齢者医療制度等があります。これらの制度については、実質的に国や国に準じるような法人が運営している制度であり、基本的にはこのような制度についての根拠法には(いわゆる制度の統合等の特殊な状況におけるケースを除く、上記の組合健保の例で述べたようなケースでの)「解散」についての規定はありません。このような制度が「解散」した場合には、その受け皿になる他の医療保険制度もなく、このことは「国民皆保険」制度を崩壊させることになってしまいます。
ただし、地域保険のうちの国民健康保険組合(国保組合)については、国民健康保険法にその「解散」について規定されています。国民健康保険組合は、自営業であっても同種同業の者が連合して作ることが法律上認められている健康保険組合です。同じ事業や業務に従事している300人以上の人で構成されています。このような性格のものであることから、国民健康保険(市町村国保)とは異なり、「解散」についても規定されています。
国民健康保険法第32条の規定によれば、国民健康保険組合は、以下の理由により、解散することになります。
①組合会の議決
②規約で定めた解散理由の発生
③第百八条第四項又は第五項の規定による解散命令
④合併
例えばこのうちの、第108条第5項には、「組合又は連合会の事業若しくは財産の状況によりその事業の継続が困難であると認めるときは、厚生労働大臣又は都道府県知事は、当該組合又は連合会(都道府県知事にあっては、当該都道府県知事が統括する都道府県の区域内の当該組合又は連合会に限る。)の解散を命ずることができる。」と規定されています。
国民健康保険組合が解散する場合の取扱について法令等に規定されている内容は、組合健保の場合とは状況が若干異なっていますが、基本的に解散する場合には所定の手続き等が行われていくことになります。
なお、国民健康保険組合が解散した場合、基本的にはその加入員は国民健康保険に加入することになりますが、加入員の状況によっては協会けんぽに加入する場合も考えられることになります。
まとめ
以上、ここまで述べてきたように、ご自身の加入している健康保険組合等が財政的に苦しい状況等になって「解散」を余儀なくされる場合は、別の医療保険制度に加入することになり、保険料や給付内容の変更が行われることになります。ただし、国の「国民皆保険」制度がなくならない限りは、何らかの医療保険制度でカバーされることになりますので、過度に心配する必要はないものと思われます。
ただし、ご承知のように、医療保険制度の財政収支は、さらなる高齢化社会を迎えていく中にあって、今後とも厳しい状況が続くことが想定されています。その意味では、個々の健康保険組合と同様に、国や公法人等が運営する医療保険制度についても、財政収支の改善に向けた努力がより一層求められてきているものと思われます。
中村亮一(なかむら りょういち)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長
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